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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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来歙

二日も投降できず申し訳ございません。

 公孫述こうそんじゅつ王元おうげんを将軍に任命し、領軍・環安かんあんと共に河池で中郎将・来歙らいきゅうが率いる虎牙大将軍・蓋延がいえん、揚武将軍・馬成ばせいら漢軍を防ぐことにした。


「王元が大将か」


 来歙は相手の大将が王元と聞くと笑った。


「王元は激情の人であり、守りには向いていない。こちらが先手を取ることを考えれば、十分に勝てる相手だ」


 彼はそう言うと馬成に本陣に守りを任せ、蓋延と共に騎兵を用いて、奇襲を仕掛けた。


「ふん、奇襲なんぞ防げば良いのだ」


 王元は奇襲に対し、すぐに対抗策を出すが、そこを馬成が守りから一転して、攻めに転じる。


「小癪な」


 王元はすぐさま、馬成の攻めに対応しようとするが、そこを来歙、蓋延の騎兵が翻弄する。


「ぬうう」


 完全に後手ばかりになってしまっている王元は相手の攻撃によって軍がどんどん削られていっているのを感じた。


「守りを固め続け、時間を稼げば援軍が来るはずだ。耐えろ」


 王元はそう指示を出す。


「王元が完全に守りを固め始めたな」


 来歙は蓋延に騎兵での翻弄を続けるように指示を出すと自らは王元の後方にいる環安の軍に後ろから回り込み、襲撃した。


「くそ」


 後方が崩れたことで包囲されることを恐れた王元はもはや時間稼ぎも難しいと判断し、撤退を決めた。


 王元、環安は大敗を喫した状態のまま撤退したことで、漢軍は下辨を攻略することに成功した。


「このまま一気に進軍を続ける」


 来歙は勝ちに乗じて進軍を続けた。


「漢軍は強い……」


 王元は環安と共にどうするべきかを話し始めた。


「なにより来歙だ。やつはこちらの手の内を知っている」


「ならば……」


 環安はちらりと横にいる男を見た。


「汝の手を借りるしかないか」


「ほう、それはそれは光栄なことですなあ」


 劉林りゅうりんはほくそ笑んだ。








 


 夜、来歙は一人陣幕の中で書を読んでいた。


「もうすぐで、天下統一はなされることになるだろう」


 あの時の少年が天下統一、漢王朝の復興を成し遂げようとしている。


「あの時の気弱な少年がだ」


 誰よりも優しく、誰よりも努力をし続けた彼が志という翼を広げ、ここまでやってきたことを思えば、その少年と関わりを持つことができた自分はなんと幸せなことであろうか。その助けになれていることのなんと誇らしいことか。


 その時、陣幕の中に入ってきた者がいた。その者は奇っ怪な格好をしており、その要望はまるで童子のようであった。


「遊ぼ?」


 その瞬間、その童子は来歙に向かって剣を投げつけた。


(噂の奇っ怪な童子か)


 来歙は倒れるように剣を避ける。そこに董訢とうけんはもう一本の剣で彼の首元に振るう。それを持っていた書で来歙は防ぐ。


(助けを呼ばねば)


 しかし、その余裕を与えてくれないほどに董訢は剣を彼に向かって突き出してくる。


(剣を)


 今、自分は剣を持っていない。なんとかしねければと思い、董訢の投げつけて避けたことで落ちている剣を来歙は拾おうとする。しかし、その拾おうとした手を董訢は剣で斬り飛ばした。


「ぐう」


 痛みで来歙は斬られた手首を持つ。それを受けて董訢は近づき、左手で来歙の口を押さえ、右手に持っている剣で来歙の胸を貫いた。


 ここまで暴れれば、音が出る。それにより陣幕の外にいる兵も何かと思い、陣幕の中に入ってきた。


「将軍っ」


 この状況に気づいた兵の一人が援軍を呼び、数人は董訢に襲いかかった。


 そんな彼らをみて、剣を抜かずに董訢はすぐさま逃走した。


「将軍の傷を」


 董訢を追いかけるように指示を出しつつも兵たちは来歙の治療を優先した。例え助からないと思いながらも……


 来歙はこの状況でも意識を保っていた。しかし、もうすぐ死ぬということもわかっていた。そこで彼は息が絶える前に急いで人を駆けさせて蓋延を招いた。


 急いで駆け付けた蓋延は来歙を見ると伏して悲哀し、仰ぎ見ることができなかった。


 それを見た来歙はもうすぐ死ぬというのに蓋延を叱咤して言った。


「虎牙(虎牙大将軍・蓋延)はなぜそのようであるのか。今、使者(来歙。天子の命を受けた者)が刺客に中り、国に報いられなくなったために、巨卿(蓋延の字)を呼んで軍事を託そうと欲したにも関わらず、何故、児女子(女や子供)に倣って涕泣しているのか。刃は我が身にあるが、兵を指揮して公を斬れないと思っているのか」


 蓋延は涙を収めてなんとか立ち上がり、来歙の誡(命)を受けた。


 いつ死んでも可笑しく無いにも関わらず、来歙は筆と木管を持っていくように指示し、兵が持ってくると自分で表(上奏文)を書き始めた。


「私は夜、人定(「人定」は深夜の意味)の後に、何者かに賊傷(殺傷)され、私の要害に中りました。私は自分を惜しいとは思いませんが、職を奉じたにも関わらず、それを全うできず、朝廷の羞と為してしまったことを誠に恨みます。理国(国を治めること)とは、賢人を得ることを本(根本)とするものでございます。太中大夫・段襄だんじょうは骨鯁(実直)ですので任用できます。陛下の裁察(判断・明察)を願います。また、私の兄弟は皆、不肖で、いずれは罪を被る恐れがあります。陛下が彼らを哀憐し、しばしば教督(教育監督)を賜ることを請うばかりでございます」


 来歙は書き終わると筆を棄ててから刃を引き抜き、息絶えた。


「なんということか。なんということか」


 来歙の死を聞いた劉秀りゅうしゅうは大いに驚き、書を読みながら涙を流した。思い出すのは初めてあった時のことである。あの時の出会いがなければ、自分はこのようでいただろうか。あの時の励ましが、あの時の言葉の一つ一つが自分という者のどれほどの救いになったと言えようか。


「来歙殿……」


 悲痛の表情のまま劉秀は来歙の中郎将の代行として揚武将軍・馬成を守中郎将(中郎将代理)に任命した。


 蓋延ではなく、馬成を選んだのは蓋延が病気として帰還したからである。


(蓋延……)


 劉秀は僅かに不快になったが、敢えてそれを言葉にも表情にもしなかった。


 来歙の喪(霊柩)が洛陽に還ってきた。


 劉秀は縞素(喪服)で弔に臨み、送葬を行った。


 また、来歙は羌・隴を平定した功績があったため、汝南の当郷県を征羌国に改めて来歙を追封し、節侯の諡号を贈り、来歙の子・来褒らいほうにその侯位を継がせた。


 来歙の子孫は長い間、後漢王朝を支える一族となることになる。



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