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銅馬が征く  作者: 大田牛二
9/98

英雄

 周りが反乱で揺れる中、劉秀りゅうしゅうは土いじりに精を出していた。そのため穏やかな時間が過ごしていた。


(でも、きな臭い匂いがする)


 土の匂いとは違う匂いが劉秀の周りに漂い始めていた。


「秀」


 そんなある日、次兄である劉仲りゅうちゅうが突然、劉秀の元に現れた。


「どうしました?」


「兄上の賓客が罪を犯し、官吏が我々を捕えようとしているのだ」


(私には関係無いことではないか)


 劉秀は心の中でそう思ったが、その自分の理屈は通じないだろう。


「私は母の実家へ逃げる」


「では、私は義兄の元へ」


 二人は頷き合うと急いで、逃げ出すことにした。


 新野の義兄・鄧晨とうしんの元に逃げ込むとそこには長兄・劉縯りゅうえんがいた。


「長兄がいるのであれば、私は別のところに参ります」


「待て待て、落ち着け」


 鄧晨は彼を宥める。


「私は何も迷惑していない。だからここでいてもいい。妻も喜ぶ」


 そう言われたため、劉秀は大人しく居着くことになった。しかし、劉縯の近くにいたくないため、彼は宛で穀物を売って生活することにした。


 そんな風に売っているとそこに複数の男が囲んだ。


「何でしょうか?」


 官吏かと一瞬、思ったがどうにもそうではなさそうである。


「劉文叔様ですね?」


「ええ、そうですが?」


「我が兄があなた様をお呼びです」


(そう言えば……この男は見たことがあった)


 目の前の男は確か李軼りいつという。


 彼の父・李守りしゅは星暦、讖記を好み、かつて王莽おうもうの宗卿師になったことで知られていた。


 その李守が図讖を開いてかつて子の李通りつうにこう述べていた。


「劉氏が立つはずだ。李氏が輔(補佐)になる」


 やがて新市、平林の兵が起きて南陽が騒動すると、李通の従弟である李軼はそれを持って言った。


「今は四方が擾乱(攪乱。混乱)しており、漢が復興するはずです。南陽の宗室では劉伯升兄弟だけが汎愛(博愛)で衆を許容していますので、大事を謀ることができましょう」


 すると李通は笑って言った。


「我が意と同じである」


 そのため李軼が劉秀を誘いにきたのである。


(あまり兄が好いてない男だった)


 目の前の男を見ながら劉秀は思う。しかし同時に既に兄がことを行おうとしているのではないかと考えた。


(相手も断れるとは思っていないだろうし、こうも囲まれては逃がしてくれない)


 なら行ってみることにしよう。


「わかりました。参ります」


「では、こちらへ」


 李軼の案内を受け、屋敷の中に入るとそこにいたのは穏やかな表情を浮かべた男であった。


「劉文叔殿ですな?」


「はい、そうです」


「噂はかねがね、無理を言って来ていただき感謝致します。李通と申します」


 彼はそう言ってから先ほどの図讖の内容を劉秀に見せた。


「これが本当だと?」


「はい、そのためにも劉氏の中で評判のあるあなた方兄弟に正義のために立ち上がってもらいたいのです」


 劉秀は答えようとしない。そのため李通は言った。


「あなたも聞いているはずです」


 劉秀が首をかしげると李通は言った。


「蔡少公より図讖が示されているはずです」


「あれですか……」


「そうです。我が家のもあの方から頂いたものであるとお聞きしています」


 劉秀が目を細める一方、李通は劉秀を見て思った。


(噂のある兄よりもこの者の方が良いな……)


 まだ会ったことが無いためかもしれないが李通は劉秀の兄よりも彼の方が好ましい印象を受けた。


「正直、私の一存では決められません」


 この慎重さがいい。李通はそう思った。弟の李軼の話によれば、劉縯はこういう話にすぐに飛びかかる印象を持っている。実はその劉縯に自分の弟を一人殺されている。


(まあ殺されても仕方ない弟だったからなあ)


 それは別に気にしてない。だが、聞いている限りの印象ではやはり関わりになりたいかと言えば、関わりたくはない。そのためここまでこの話を伝えようとしなかった。


 そんな時、劉秀という弟がいることを知った。勤勉であり、誠実な人物であるという話を聞いた。


(そのような弟であれば、兄が暴走しても止めることができるかもしれない)


 だからこそこの話をする気になったのである。


「最後にいつぐらいに行おうとしているかお聞きしても?」


「立秋の材官都試騎士の日(都試は軍事演習。漢の法では立秋に都試を行って車騎や材官(歩兵。または予備兵)の評価をした)に」


「わかりました。兄と相談させていただきます」


 劉秀が去ると李軼が言った。


「慎重しすぎる」


「いや、そうあるべきだ」


 弟の勇ましさは劉氏兄弟を利用することだけを考えている。だが、李通は正義の戦をしたいと考えている。


「気を引き締めるべきだな」


 少し焦りしすぎるのではないか。そのような考えがよぎったための言葉であった。









 劉秀は李通の話を兄・劉縯と義兄・鄧晨に話した。


 二人は互いに話し始めた。それに対し、劉秀は眉をひそめる。


(既に計画があった)


 その様子を見て、そう考えた。


「李氏のことを知らせてくれて感謝する。お前は李氏に信頼されているようだ。李氏との交渉を任せる」


 劉秀は目をそらし答えない。


「秀」


「兄上、先ほど知ったことがあります。母のことです」


 母・樊氏の実家に母と共に逃れている次兄・劉仲りゅうちゅうから母が病に伏せていることを知らされたのである。


「母が病に伏していることはここに来て知りました。兄上は既に知っていたはずです。どうか母のために孝を尽くすことのみを考えてください」


「母上は私の覚悟を理解して下さるはずだ」


「覚悟よりも貫くべきものがあるはずです」


 二人はにらみ合う。


「母よりも大義のためにだ」


「間違っていると思います」


 劉秀は涙を流した。


「任せるぞ」


 劉縯はそう言って肩を叩いた。


(あなたは母に愛されたではありませんか)


 彼はそう思いながら睨みたかった。だが、劉秀は目を伏せ、頷いた。しかし拳を強く握って。













 英雄と言われた人物には必ず良い面、悪い面を持ち合わせたものである。


 晋の文公は長い放浪生活の中、家臣の言葉を信じ続けて、国君となった。しかし彼は放浪時代に受けた仕打ちに対しては必ずやその恨みを報いた。


 孟嘗君は身分、貴賎に問わず、多くの人々を愛したが、自分を裏切った者は絶対に許さなかった。


 秦の始皇帝は己の信じるものを信じ続けて天下統一を成し遂げた。しかし、人を人として見ず、愛さなかった。


 項羽は神がかった武勇を持って、いかなる逆境も切り開く勇気を持っていた。しかし、己の強さを信じすぎた。


 劉邦は多くの人々の才能を自由に活かし、天下を得た。しかし、猜疑心の強さから戦友たちを疑い、殺していった。


 では、劉秀は?


 劉秀は勤勉と誠実によって英雄になる。しかし、彼は愛憎の情が強かった。己の愛のために強引にことを行い、憎む時は徹底的に憎んだ。


「英雄の本性は善か悪か。それとも何かなのだか」


 黄色い服の男が笑う。


「英雄とは何か、その強さとは弱さとは、その本性とは」


 彼は手を広げる。


()()は一体、どんな答えを英雄に見るのか」


 笑い声が暗闇の中で響く。







 



 




 





 



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