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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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裏切り

 この頃、潁川の盗賊が一斉に蜂起し、属県を攻略した。河東の守兵も後漢王朝に叛したため、洛陽が騒然となった。


 これを聞いた劉秀りゅうしゅうは、


「私は郭子横(郭憲の字です)の言を用いなかったことを後悔している」


 八月、劉秀は上邽を発ち、昼夜兼行して東に駆けた。


 また、岑彭しんほうらに書を与えてこう伝えた。


「両城(西城と上邽)がもし落ちれば、そのまま兵を率いて南の蜀虜を撃て。人は満足を知らないことに苦しむものである。既に隴を平定したにも関わらず、また蜀を望む。毎回兵を発する度に頭須(髪や髭)が白くなってしまうばかりである。」


 ここから「隴を得て蜀を望む」という言葉ができた。「一つの欲求が満たされれば、すぐに次の欲求が生まれ、欲望にはきりがない」という意味である。


 劉秀は皇宮に帰還した。


 彼は執金吾・寇恂こうじゅんを呼び言った。


「潁川は京師に迫近(近接)しているからすぐに平定しなければならない。思うにあなただけがこれを平定できる。既に九卿の高位になったものの、国を憂いてまた出撃してもらいたい」


 寇恂が応えた。


「潁川は陛下の隴・蜀での有事を聞いたため、狂狡(狡猾な者)がその隙に乗じ、互いに詿誤(過ちを犯すこと。過ちに誘うこと)しただけのこと。もし乗輿(皇帝の車)が南に向かったと聞けば、賊は必ずや惶怖して死罪を受けに自ら出頭することでしょう。私は武器を持って先鋒になることを願うのみでございます」


 彼らは劉秀が遠くにいったから反乱を起こしただけなのである。


 劉秀はこの意見に従って親征することにした。


 すると果たして潁川の盗賊が全て投降していった。


(ふう、なんとかなったか)


 劉秀は慰撫する意味で潁川郡を周ると穎川の民衆が道を遮って願い出た。


「再び陛下から寇君を一年間借りることを願います」


 寇恂はかつて潁川太守を勤めていた。


(これほど寇恂が慕われていたとは)


 劉秀は寇恂を長社に留め、吏民を鎮撫して投降に来た残りの者も受け入れさせた。


 すると今度は東郡、済陰の盗賊も蜂起した。


 劉秀はこれを受けて李通りつう王常おうじょうを送って撃たせた。


 東光侯・耿純こうじゅんはかつて東郡太守を勤めており、威信が衛地(東郡)で顕著であった。そこで劉秀は使者を派遣して耿純を太中大夫に任命し、大兵(李通、王常の大軍)と東郡で合流させた。


 東郡では、耿純が境内に入ったと聞くや否や、盗賊九千余人は皆、耿純を訪ねて降っていった。


「もやは我々が出る幕はございませんなあ」


 李通と王常は戦わずに引き還した。


 それを聞いた劉秀は璽書(詔書)によって再び耿純を東郡太守に任命した。







 東方での混乱を劉秀が収めた一方、隗囂かいごうが頼りとした西城の楊広ようこうが死んでしまい、隗囂は窮困していた。


 この時、隗囂の大将・王捷おうしょうが本隊から分かれて戎丘にいた。


 王捷は城壁に登って漢軍にこう叫んだ。


「隗王のために城を守る者は皆、必ず死ぬものの二心は無い。諸軍がすぐに解散することを願う。自殺によってこれ(決死の覚悟)を明らかにすることを請わん」


 王捷は自刎して死んだ。これにより、隗囂の諸将は意気盛んとなり、彼の死に様をたたえ漢軍打倒を掲げ、士気が高揚した。


 劉秀が洛陽に戻る前、彼は呉漢ごかんこう命じていた。


「諸郡の甲卒はただ坐して糧食を消費するだけである。もし逃亡する者がいれば、衆心を沮敗(挫折)させてしまう。全て解散させるべきだ」


 無理をしなくても隗囂は倒すことができるため無理することも無いというのが劉秀の考えであった。


 しかし呉漢は多数の兵を集めて隗囂を力攻めにしようと考えていた。


(ここで一気に決着まで持ち込みたい)


 呉漢はそう考えて、諸郡から集めた兵を解散させなかった。


(食料に関しては馮異ふういによって送られている陛下が問題としている部分に関しては大丈夫だ)


 しかしながら呉漢の考えとは裏腹で、糧食が日に日に少なくなり、吏士が戦に疲れて逃亡者が増えていった。


「どういうことか」


 呉漢は馮異へ譴責の書簡を送りつけた。


「どういうことかと言われても困るな……」


 馮異はしっかりと趙匡ちょうきょうに命じて物資を送っていた。


「趙匡へ確認の使者を送れ」


 現在、趙匡は物資と兵を率いて呉漢の援助を行うため呉漢の元に向かっているはずである。


「食料が心もとない以上、決着を急ぎましょう」


 岑彭しんほうは再び膠着状態になったこの状況を打開しようと谷水を塞いで西城に水を注いだ。城はまだ水没しなかったが、城壁の上から一丈余しか残されていないという状況になった。


「ここで一気に攻勢をかけるぞ」


 呉漢が一斉攻撃を始めようとした時、後方からこちらに向かって来る音が聞こえてきた。


「まさか敵だというのか」


 そのはずは無い。後方に回り込まれることがないようにしっかりと警備は行っているはずなのである。


 しかし王元おうげん行巡こうじゅん周宗しゅうそうが蜀(公孫述こうそんじゅつ)の救兵五千余人を率いて、突然、呉漢の軍から後方の高地から現れた。


「ふむ、汝のおかげで後ろに回り込めたぞ」


 王元は趙匡に向かってそう言った。


 趙匡は呉漢への支援を行う振りをして、王元とたちと合流していた。そこで疲弊している彼らに物資と武器を援助し、更に呉漢の後方に回り込める進路を教えたのである。


「いえ全ては劉林様の采配によるものです」


「ふん、忌々しいが結果を出していることは認めよう。しかし、やつは勝手に自らの私兵を率いて別の元へ向かっている。独断専行が過ぎる」


()()()には壮大なお考えがあるのでしょう。今は呉漢らの軍を破ることに集中を」


「わかっておるわ」


 王元らは戦鼓を敲いて喚声を上げ、


「百万の衆がもうすぐ到着するぞ」


 と叫びながら襲いかかった。


 漢軍は大いに驚いて混乱し、陣を構える余裕も無い有様であった。王元らは殊死(決死)の戦いで漢軍の包囲を破って入城し、隗囂を脱出させて冀に還っていった。


 呉漢は軍の食糧が尽きたため、輜重を焼き、兵を率いて隴山を下っていった。


 蓋延がいえん耿弇こうえんもそれを受け、前後して退いた。


 隗囂はこの勢いのまま兵を出して諸営(諸軍)の後ろを撃とうしたが、岑彭が殿軍になって防いだため、諸将はなんとか全軍そろって東に還ることができた。


 祭遵さいじゅんだけは汧に駐屯したままで、呉漢、蓋延らはまた長安に駐軍し、岑彭は津郷に還ることになった。


「馮異、食料の件について聞きたいことがある」


 無表情な馮異に呉漢は迫った。それでも馮異は表情を変えずに言った。


「今回の一件についてお話しなければならないことがあります」


「なんだ?」


「裏切り者が出ました」


「それは誰だ?」


「趙匡です」


 呉漢は眉をひそめた。趙匡と言えば、劉秀に大いに信頼されている文官の一人である。その彼が裏切る理由がわからなかったためである。


「理由はわかりませんが、今回、食料の運搬に関して私は彼に任せていました。全ては私に責任がございます」


 馮異は頭を下げた。


「頭を上げてくだされ、今回の責任は私にもある。せっかくの陛下の功績を無駄にしてしまった」


 漢軍が退却したため、安定、北地、天水、隴西が反して再び隗囂の支配下に入った。これにより一気に勢力を盛り返したことになる。


 漢の校尉で太原の人・温序おんじょが隗囂の将・苟宇じゅんうに捕えられた。


 苟宇は温舒を何回も諭して投降させようとした。


 すると温序は激怒して苟宇を叱咤し、こう言った。


「虜がなぜ敢えて漢将を迫脅(脅迫)するというのか」


 温序は符節を持って数人を撃ち殺していった。


 苟宇の衆(部下)が争って温舒を殺そうとしたが、苟宇が制止して言った。


「この義士は節を守って死のうとしている。剣を与えるべきである」


 温序は剣を受け取ると髭を口に含んでから左右を顧みてこう言った。


「賊に殺されることになったが、須(鬚)を土で汚してはならないものだ」


 温序は剣に伏して死んだ。


 従事・王忠おうちゅうが温舒の喪(死体)を運んで洛陽に帰還した。


 劉秀は詔を発して冢地(墓地)を下賜し、三子を郎に任命した。


 隗囂が勢力を盛り返したことから劉秀は汧にいる祭遵が孤立すると思い、彼を退却させることを考え始めた。


 その祭遵は顔に布を被った一団と奇っ怪な童子と対峙していた。





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