無垢なる暴力
遅ればせながら嬉しいニュースがありました。ワールドトリガー復活です。とても嬉しいなあ。
長安から洛陽に劉秀は戻ると隗囂は今こそ好機とばかりに叛して兵を動員した。そして、王元に命じて隴坻を拠点にさせ、木を伐って道を塞がせた。
隗囂が反して兵を出したため、長安に駐屯していた蓋延ら諸将は王元軍と隴坻で戦った。
「裏切り者ども始末するぞ」
蓋延は先鋒として切り込んでいった。
「突出しないでもらいたいんだが」
耿弇は呆れながら指揮を取る。
(相手は木を切り落としてこちらの動きを狭めているのだからここは一旦、後退して別の経路も使いたいんだが……)
この辺の地形は複雑であり、難所が多い。斉は移動がしやすかっただけに耿弇は指揮のしづらさを感じていた。また、本当は先鋒を馬武に任せようとしていたのだが、その馬武は断っている。
(もう少しまとまりが欲しい……)
祭遵と王常を後方で補給を任せるのではなく、彼らと行動するべきだったと後悔し始めた。
先鋒の蓋延に対峙したのは牛邯である。彼は勇敢であり、冷静であるため蓋延の攻撃を的確にいなし続けていた。
(これが銅馬帝の軍か)
まとまりがあり、中々の練度のある兵ばかりである。その兵とこれから戦わなければならない。それに彼らは漢王朝の兵であり、官軍である。
(我らの行動に正義はあるのだろうか……)
そのような思考に陥りそうになるのを彼は振り払う。
(戦に迷いは禁物だ)
しかしながら彼の迷いは戦に現れており、地の利を得ておりながら決定だを打てないでいた。
「うむう、らちがあかんな」
王元は好転しない戦に苛立ちを持つと、傍らに控えている顔を布で隠している男を一瞥した。
「貴様らに働く場を設けてやる。行ってこい」
「承知しました。しかしながら忘れないでいただきたいものですなあ」
男……劉林は笑った。
「私どもは蜀から参った者であるということをね」
馬武は先鋒を率いるように命じられたにも関わらず、断っていた。誰よりも戦を好む彼がである。しかし、彼の野生の勘がやらないほうがいいと思ったためである。
「警戒するべきは前方では無い……」
なぜだがわからないが、そう思う。そう予感している。そして、それはもうすぐ確信に変わることを知っている。
「遊ぼ?」
聞き覚えのある声、すぐさま、馬武は臨戦態勢に移り、そして、目の前に剣先が見えた。
「ちっ」
舌打ちと共に仰け反る。完全に態勢を崩された。すぐさま、態勢を立て直す。しかし、奇っ怪な格好をした童子は既に別の標的へと向かう姿が見えた。
「逃がすか」
駆けようとする瞬間、馬武の元へ矢が放たれた。放たれた先を見れば、布を顔に被った男たちが矢を構え、こちらに向けていた。
「こいつら」
馬武は降り注ぐ矢を払いながら距離を取る。後方では配下の兵の悲鳴が聞こえる。
「ちっ飼い主がいたのか」
舌打ちしながら馬武は矢を放った一団を見る。
劉林は今までの董訢の戦いを見て、彼が強い存在と戦ってしまうとそれに集中してしまうところがあると思った。
(できる限り、被害を大きくしないとな)
彼にとって目的は劉秀の邪魔をすることであり、彼からすればもはや天下に対してどうしたなどという理念は無いのだ。
(強いやつに強いやつをぶつけてしまっていると被害が小さくなってしまう。あの馬武という男がまさか前ではなくこのようなところにいたのには驚いたが……)
それでもとりあえず、離すことができた。それはいい。問題は、
「まあここで飼い主を先に殺すか」
あの董訢とまともにやりあえるこの馬武を相手しなければならないことであろう。
「矢を放ちつつ逃げるぞ」
「董訢様はどうなさるのですか?」
「あの方は心配いらない。今、考えるのはあの方の楽しい時間を邪魔させないことだ」
劉林は必死の馬武の追撃を逃れるために矢を放ちながら逃走した。
この時、耿弇は蓋延に伝令を出していた。
「先ずは後退し、相手を引き込め」
伝令はすぐさま馬に乗り、前方へとかけていった。
「お馬さん頂戴」
もうすぐ前方にたどり着こうという時に耳元で子供の声が聞こえ、首元に剣が当てられそのまま引かれた。伝令は馬から落ちた。
劉林は実はこの前にその伝令を集中的に狙うように董訢を誘導していた。
「こういう旗を付けている馬はいい馬ですよ~今日はお馬さんで遊びましょう」
「うん」
劉林は漢の文字が書かれていた旗を見せながらそう言った。
情報伝達機器の無いこの時代において、伝令は戦において重要な情報伝達手段であった。その伝令を失うということは戦の勝敗を分けることを意味している。
もし敵軍の伝令を的確に始末できるというのであれば、それは相手の作戦行動を崩壊させることができるのだ。それが普通はできないのだからそのようなことを敢えて狙ってやるものは少ない。
しかも伝令を行う者は選別に次ぐ選別を潜り抜いてきた精兵中の精兵でもある。そう数は多くない。例え失った伝令が一人や二人であっても大打撃になる。
董訢によって伝令が始末されたことで、軍の動きが崩れ始めた。
「何をやっているのか」
先鋒の蓋延と本陣の耿弇は互いに激怒する。
意思疎通が上手くいかず、軍の動きに愚鈍さが見えてそれを逃すようであればそれは軍を率いる者として失格である。
「かかれぇ」
牛邯と王元はこの隙を逃さず、一気に攻勢をかけた。
一方、董訢は馬に乗りながら漢軍の間を縦横無尽に駆け回る。彼に馬術の腕は無い。しかしながら周りは全て気まぐれに殺すか殺さないかでしかなく、例え馬によって敵味方関係なく潰されようとも弾き飛ばされようとは関係無い。
まさに暴れ馬と化している馬に乗りながら楽しいことを行うだけである。
「あはは」
剣を振り回しながら笑う。彼を止めようとこの時、兵で包囲しようとしていたのは馮異の名代を勤めていた趙匡であったが、暴れまわる董訢を前に兵たちはなすすべなく殺されていった。
その姿に趙匡は体が震える。そして、こう呟いた。
「美しい……」
無垢なる暴力は時として人を魅了する。
董訢は段々とつまらなくなった。なにせ馬に乗っていると全然、剣が相手に当たらないのである。
「むうう、もういらない」
彼は剣を振りおろし、馬の頭をかち割った。
馬が倒れこむと同時に飛び上がり、着地と同時に兵たちを殺す。
「楽しいぃ」
そのまま彼は本陣に切り込んでいき、一気に指揮を取っている耿弇の前に現れた。兵がすぐに耿弇の前に立つが一瞬にしてその首を董訢によって飛ばされた。
董訢の剣が耿弇に迫ったその時、耿弇の前に矛が出されその剣を弾いた。
「馬武殿」
「総大将、下がってな」
すぐさま、馬武は矛を振るい、董訢を耿弇から離す。
「糞餓鬼、死んでなかったとはな」
「また、おじちゃんだ」
董訢はふた振りの剣を振るい襲いかかる。それを防ぎながら馬武は蹴りを叩き込むもひらりとよけられ、剣が繰り出される。
(以前よりも速くなっている)
馬武は董訢の剣と対峙しながらそう感じる。
上段から振り下ろされる剣を矛で受け止める。その瞬間、董訢は跳躍し、宙を一回転するとそのまま蹴りを馬武の顔に叩き込んだ。
「ちっ」
その衝撃によって仰け反るものの、すぐに態勢を立て直す。剣を突き出す董訢の剣を体をねじりそれを避けると右手に持っている矛を離して、突き出された形になっている彼の腕を右脇で捕らえ、そのまま後ろに周り込むと董訢の首に左腕を回し締め上げる。
「く、苦しい」
(ここで絞め殺す)
馬武は暴れ逃れようとする董訢を更に強く締め上げていく。
「むうう」
すると董訢は地面を足で力強く踏み込み、その勢いを持って足を跳躍させ、膝を馬武の頭に叩き込んだ。
それによって馬武の頭から出血し、董訢は彼の腕から逃れることに成功した。
「くそ」
馬武は剣を抜き構え、董訢もにへらと笑いながら剣を向け、どちらもにらみ合い、一歩前に出ると剣で打ち合い始めた。互いに凄まじい速さで斬り合っていく。
(以前よりも剣の扱いがだいぶ上手くなっている。ここで殺す)
董訢の剣を弾き飛ばし、更に足払いを行い、彼を地面に倒れさせ首に向かって剣を振り下ろした。その瞬間、一本の矢が馬武の右手に刺さった。
「くっ」
そこに弓を持った顔に布を被った男が現れ、倒れている董訢に手を伸ばし後ろに乗せるとそのまま去っていった。
「飼い主か……逃げられた……」
手に刺さった矢を抜きながら馬武は舌打ちする。
「握ろうとすると激痛が走るな……矛をもってこい、そのまま矛を右手に巻き付けろ」
「馬武殿、下がるべきだ」
耿弇がそう言うのに対し、馬武は首を振る。
「前陣を見てみろ、もうこれでは戦線を維持するのは難しいだろう」
完全に蓋延の軍が崩壊し、撤退を始めていた。
「まだ撤退するとは」
「いや撤退だ。負けず嫌いのくせに弱いあいつが撤退を判断しているんだ。撤退は妥当だ。あいつは馬鹿であるが、引き際だけは上手いからな」
馬武は右手に巻きつけられた矛の具合を確認すると配下に精兵を集めるように指示を出した。
「撤退はわかった。しかし殿に関しては」
「俺がやる」
「その傷でか」
頭から大量に赤い血が流れ始めている。このような状態で戦うのは無茶である。
「俺以外に殿がふさわしい男がいるか?」
馬武は振り向かずにそう言うと前陣に向かって駆け出した。
「そのとおりだな……撤退する。的確かつ素早くやるぞ」
耿弇が指示を出すと一斉に撤退の準備が行われていった。
「死ぬなよ……」
大敗した漢軍の諸将はそれぞれ兵を率いて隴山を下っていった。
王元は追撃を行ったが、馬武が精騎を選んで後拒(殿軍)になり、獅子奮迅の武勇を発揮、数千人が殺されたため、追撃をやめた。馬武は悠々と撤退した。これにより漢軍の諸将はその間に帰還することに成功したのであった。
漢軍を破る最大の好機において止めまでを指しきれなかった隗囂側と大きな被害を出してしまった劉秀側とそれぞれ痛手を負う結果となったのであった。




