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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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鄧奉

 劉秀りゅうしゅうは自ら鄧奉とうほうを討伐するため、堵陽に向かった。率いる将は以前、討伐を任されていた岑彭しんほう旗下の諸将である。


「必ず、鄧奉ならば援軍にやってくる」


(そういう男だからな)


 彼の予想どおり鄧奉は援軍を率いてやってきて、そのまま劉秀の軍の横っ腹に突撃を仕掛けた。


 賈復かふく王常おうじょうの軍がこれに相対する。


「はっ兵法知らずと賊上がりなんぞが相手になるかよ」


 鄧奉は笑いながら敵兵を蹴散らしていく。


「さて、董訢とうきんとやらはどうか?」


「動きは無いようです。以前もそうですが神出鬼没で変な格好の童子が出てきましたので、警戒は怠れないだけに不気味ですね」


 耿弇こうえんの言葉に対し、劉秀は頷きながら目を細め言った。


「でも、大丈夫、あの人を連れてきたし……鄧奉の方も……」


 戦況は賈復の突出に対し、まともに戦わず、王常の方ばかり突撃を仕掛ける鄧奉の勢いに押されつつも王常はなんとか陣営の大崩を食い止めていた。


「董訢は何をしているのか」


 苛立ちながら鄧奉は叫ぶ。


 すると変化が起きた。まともに相手してられないとして鄧奉からほぼ無視されている賈復がどうにか鄧奉の軍に突撃を仕掛けようと突出した時、


「ばあ」


 後ろから奇っ怪な格好をした男が現れ、賈復の背中に飛びついた。そのまま腕を彼の首に回し、締め上げた。


「ぐぅがあ」


 どうにか振り払おうとする賈復であったが、完璧に首を締め上げており、男の両足が彼の腹をがっちりと離さない。


「ぎゅううう」


 子供のような声を耳元に聞こえ、賈復はあの時の奇っ怪な格好の童子かと思いながらも顔は青ざめていく。


「こ、このままでは」


 どうにか振り払おうとする賈復が暴れるように動くため、周りの兵は助けるために手を出すことができない。


「後ろに倒れろ」


 その時、そんな声が響いた。


 賈復はその言葉に従い、なんの躊躇もなく後ろに倒れ込んだ。地面に叩きつけられることを恐れたのか男は素早く離れた。それにより周りの兵がその男に襲いかかるが長い袖から伸びた剣によって彼らの首が宙に舞った。


「ふうん、これが例の童子ってやつか。とりあえずお前は退け」


 咳き込む賈復の横目に矛を肩に乗せながら馬武ばぶは呟いた。その彼を見て、男……董訢は三日月型に笑みを浮かべる。


「遊ぶ?」


「ああ、遊ぼうぜ」


 馬武は笑いながら矛を、投げた。


「わっ」


 董訢は驚きながら、矛を弾く。その隙に馬武は彼に向かって踏み込みそのまま拳を彼の顔に叩き込む。


「痛い、痛い」


 殴り飛ばされた董訢は涙目になりながらも姿勢を整え、周囲の兵の首を飛ばしながら馬武を見据えようとして、視界が覆われた。


 馬武が既に距離を詰めて董訢の顔に蹴りを叩き込んだのである。


「ううん」


 二度の顔面への強撃に董訢は地面の上でのたうち回る。そんな彼に向かって馬武は容赦なく矛を振り下ろす。その瞬間、董訢は口から何かを馬武の目に飛ばす。馬武は安々とそれを掴むがその瞬間に董訢は矛から離れる。


 馬武は吐き出されたものを見ると歯であった。


「汚ねぇな」


 さっさと捨てて董訢を見据える。


「むうう、許さないぞお」


 両腕の長い袖から剣が伸びる。


「可愛ぶるなよ、殺したくなるだろ?」


 馬武は矛を構えながら笑った。










 董訢が勝手に出て行った後、劉林りゅうりんは兵を放ち劉秀軍に襲いかからせたが、以前のような手応えはなかった。


「あの餓鬼が襲いかかっているはずだが、くそ、どうしたものか」


 戦況が変わらないことに劉林は苛立つ。


 一方、鄧奉の突撃に苦しむ王常の軍に劉秀は耿植こうしょくらを援軍として出す。


「頼むぞ」


 劉秀は援軍を派遣する段階である男に言う。男は頷き、出陣した。


「どうしたぁ、その程度か」


 鄧奉はふた振りの矛を奮って兵を蹴散らしながら叫ぶ。


「てめぇらの大将は偽善者だ」


「その言葉は頂けないな」


「ああん?」


 鄧奉は反論の言葉が発せられた方を見るとそこには呉漢ごかんがいた。


「てめぇ呉漢」


「そうだ。ここにお前が憎む私がいるぞ」


「屑が、てめぇがやったこと忘れているんじゃねぇだろうなあ」


「御託はいい。かかってこい」


 呉漢が剣を構えると鄧奉はふた振りの矛をもって襲いかかった。


「てめぇ詫びの言葉も無いのか」


「何を言っても言い訳にしかならんだろう?」


 激情する鄧奉は矛を振り下ろす。それを避け、呉漢は剣を振るうのを矛で防ぎ、もう一方の矛で突くのを再び呉漢は避ける。


「てめぇみたいな屑を殺さない劉秀も屑よ」


「主上への侮辱は許さん」


 呉漢の剛剣が振るわれるとそれを防いだ矛が折れる。


「はっよく言うぜ」


 折れた矛を捨てもう一本の矛を振るう。


 矛と剣が火花を散らしながら打ち合う中、別のところからも打ち合う音が近づいてきた。


「玉遊びぃ」


 兵の首を飛ばし、董訢は飛び上がりその首を馬武に向かって蹴り飛ばす。


「もっと打ちやすく寄越せ」


 馬武は矛でその首を弾き返す。


「俺の兵の首で何を遊んでやがるか」


 それを見た鄧奉は激怒し、矛を馬武に向かって振るった。


「お前の相手は私だろ」


 それを呉漢が防ぐ。すると馬武は矛を鄧奉に向かって突き出す。それを仰け反るように避けった。そこに董訢の剣が鄧奉の首に向かって振り下ろす。


「糞餓鬼」


 鄧奉は拳でその剣を受け止め力づく剣を持ったまま投げ飛ばす。


「おいおい、お前の兵ではないのかよ」


 馬武は大笑いながら言う。


「こんな餓鬼は知らん」


 鄧奉は吐き捨てるように言いながら馬武に向かって矛を振るう。馬武は矛で受け止める。それをもって呉漢が鄧奉に向かって剣を振るうところを董訢が彼に向かって剣を突き出す。


「見境無しとはこのことか」


 呉漢は舌打ちしながらそれを防ぐ。防がれると同時に素早く移動すると次は鄧奉に襲いかかる。その隙に馬武は矛を突き出すのを鄧奉はその矛を掴み、董訢の剣を矛で防ぐ。


 董訢に向かって呉漢が剣を振るうとこれもまた董訢は防ぎ軽やかに離れる。


 それぞれ距離を取る。


「鄧奉様」


 悲鳴に似た声が鄧奉の耳に聞こえた。彼の軍を後方から突撃を仕掛けられており、大崩れになり始められていた。


「くそ、ここは退くしかないか」


 鄧奉は舌打ちしながら逃走を始めた。一方、董訢もいつの間にか消えていた。


「追いかけるか?」


「いや、ここは董訢を降してからで良かろう。協力者を失えば、もはや鄧奉はこちらに降るしか無いだろう」


「さて、いつの間にか消えたあの餓鬼はなんだったんかねぇ」


「さあ……人でありながら獣のようなやつだった」








 劉秀軍は鄧奉と董訢の軍を破るとそのまま堵郷を攻めたが、


「あっさり陥落した……」


 劉秀は呟く。


「董訢は降伏するとのことです」


「そう……」


 連れてこられた男はなんとまあ貧相な男であった。


「降伏致します」


「そうか、賢い判断だ」


(ここまで苦しめたであろう董訢がこのような貧相な男だったとは……」


「戦場で度々出てきた童子を引き渡してもらいたいのだけど、どこにいるのかな?」


「そのような者は知りませんが?」


 劉秀は渋い表情を浮かべながら男を下がらせる。


「本当にあの男は董訢なのかな?」


 劉秀は首をかしげる中、その当の董訢は……


 劉林の背中で寝ていた。


「信者どもは喜んで影武者になってくれるのはいいが、劉秀を苦しめることがほとんどできなかった……くそっ」


 イラつきながら堅牢な道を進んでいく。


「さてと、ここから再出発だな」


 彼の前に広がる蜀の地を眺めながらそう呟いた。














 


 破れた鄧奉は淯陽に逃走した。


 月が変わり四月、劉秀は鄧奉を追って小長安(地名)に至った。そこで鄧奉は軍を展開したため、そこで交戦した。しかしながら敗戦により疲弊した鄧奉の軍はかつての強さを失っており、鄧奉の力でもどうにもできなかった。そのため劉秀軍によって大破された。


「もはやこれまでにしよう。兵たちのためにも」


 劉秀が降伏勧告を行うと鄧奉は肉袒(上半身を裸にすること)して降伏の意志を示し、捕虜にしていた朱祜しゅゆうを通して降伏した。


「無事で良かった」


「ああ、また会えるとは思わなかった」


 流石の朱祜にも疲れが見えていた。


「さて、鄧奉の身柄だが……」


 劉秀は諸将を集めてそう言った。


 劉秀は鄧奉を憐れんでいた。彼が謀反を起こした経緯が経緯だけに彼の罪を赦してその命を守りたかった。


 これに岑彭と耿弇が反対した。


「鄧奉は恩に背いて反逆し、暴師(軍を外に曝すこと。ここでは対峙、交戦の意味)して年を経て、陛下が既に至ったにも関わらず、悔善(後悔して善を行うこと)を知らず、自ら行陳(行陣。隊列)におり、兵が敗れてやっと降ったのです。もし鄧奉を誅殺しなければ、悪を懲らしめることになりません」


 謀反を起こした経緯には同情するが、このような謀反を許せば、示しがつかないということである。


「わかった……」


 劉秀は鄧奉を斬首することを決め、鄧奉は何も言わずその斬首を受け入れた。


「最後に一言も無いのか……」


 劉秀は声を震わせながらそう言った。


 こうして鄧奉の反乱は終わった。




 





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