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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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予想外

 劉林りゅうりん董訢とうきんと会ったのは王朗が滅亡する前に逃走している途中で、虎に襲われ、死を覚悟した時であった。


 ふらりと董訢が通りかかり、虎を見ると虎を襲い掛かり、三枚に卸した。虎を殺した彼はそのまま歩き去っていった。唖然としているとその後に布を顔に被った男たちが死体となった虎から皮を剥いでいき、それが終わると董訢を追いかけた。


「こいつらはなんだ?」


 劉林は興味を覚え、後をつけた。


 董訢と一団が話すことはあまりなかった。一団はあくまで董訢の後をつけているだけのようである。劉林は一団の目的を知るために布を顔に被り、一団へ加わった。そのことを一団は不思議がることがなかった。なぜならそれはいつものことであったからである。


 一団に加わって少し話を聞くことができた。彼らが董訢についていくのは感謝しているからである。一人はある時、賊に襲われたところを董訢に助けてもらったという。ある者は虎に襲われていたところを、賊に捕らえられた時に開放されたという者もいた。


 彼らにとって董訢は恩人だったのである。しかしながら董訢の様子を見ていれば、善意でそのような行動をしているわけではないことはすぐにわかった。


 董訢はただ歩いた先で何かを殺したいと思った時に殺し、何かを食べたいと思った時に食べ物を食べ、寝たい時には寝る。それだけなのである。助けたというのはたまたまに過ぎなかった。彼は通りかかった旅人が横を通り過ぎる時に間髪入れずに殺害することがあるのである。


 それでも一団は彼の後を追った。善意の人でもない人でも、彼らにとっては救ってくれた存在であり、また、董訢は物欲がなく、食べるにしても独り占めすることなく、自分の食べたい分を食べるとその他には手をつけなかった。それを一団は自分のものにすることができた。そのため彼らは董訢に感謝を捧げた。


 彼らの存在を一言で言えば、ある種の教団というべきものであったかもしれない。


(これは使えるのではないか?)


 劉林は彼らについて回っているうちにそう思うようになった。


(あの劉秀がついには皇帝になったという)


 忌々しい自分が掴むはずだった栄華を踏みにじっておきながら自分は栄華をつかもうとしている。


(邪魔してやる)


 そう思った彼は勇気を振り絞って、董訢に話かけた。


 一団は董訢をある種の神聖視をしているため話しかけることがなかった。そのため劉林の行動をはらはらしている様子であった。


「これからどこに行かれるのですか?」


「楽しいところ」


 董訢が笑いながらそう言った。


「楽しいところについて、知っているのですがどうでしょうか?」


「ほんと?」


「本当でございます。ここから……」


 劉林はある盗賊の根城について話、そこならば楽しいことがあると述べた。すると董訢は彼の言ったところに行き、襲いかかった盗賊を殺していった。


「楽しかったですか?」


「うん」


 董訢はある種の殺人狂であった。そのことを理解した劉林であったが、ただ彼の殺す相手と殺さない相手の違いがわからなかった。一団もわからないだろう。


(適当な説明を加えることにしよう)


 かつて王朗を担いで、河北に一勢力を築く努力をしたことがここで生きた。


「見よ、彼は罪ある者たちを誅殺された。彼は天が我々弱者のために遣わした天の使者なのだ」


 一団は董訢を神聖視しているそのため、彼の言葉に感動した。


 自由な動きをする董訢の行動を劉林は上手く説明して、一団の中で段々と地位を得ていった。


 そして、董訢は劉秀勢力の支配下にある宛へ向かったためこれを陥落させたが、董訢が眠ってしまい、抵抗する術が足りなくなったため、劉林はすぐさま放棄して逃走したが、次の行動に苦悩した。


「どうしたものか?」


 とりあえず、董訢の故郷である堵郷へ彼を唆して攻めさせて陥落させたが、劉秀はこちらに軍を向けようとしているという。


「悪逆非道なる銅馬帝は親愛なる董訢様を殺そうとしている。諸君、そのことを許してはならない」


 一団の士気を上げつつも次はどうするかと劉林が考えているとふらりと董訢が消えた。


「いないだと、くそ、こんな時に」


 少し目を離すとどこかへと行ってしまうのは案外日常茶飯事であった。しかしながら彼は探さなかった。以前、必死に探したにも関わらず、いつの間にか元の場所に戻っているということが度々あったため、今回も戻ってくるだろうと思っていたからである。


 数日して戻ってきた。しかも手土産を持ってである。董訢は漢と呉と書かれた旗と兜を被っていたのである。


(呉ということはこちらを攻めるために向かってきているのは呉漢ごかんか。そしてこの餓鬼の血まみれぐらいを見ると呉漢の軍の進軍路のどこかで襲ったというところか……)


 劉林はにやりと笑った。


「その兜は気に入りましたか?」


「うん」


「ならその兜を被って楽しいことをもっとしましょう」


「うん、楽しいことしたい」


 劉林は董訢と密かに腕の立つ者と共に城から出ると漢軍の鎧をまとわせ、呉漢軍の旗を掲げると呉漢軍の進軍路を含めた各地で略奪と虐殺を行っていった。


「呉漢将軍は略奪を命じられたのだ」


 そう宣伝してまわりながら堵郷に戻った。


「さて、これで劉秀と呉漢の間で亀裂が入るかもしれんな」


 この虐殺に関しての説明を求めて劉秀が呉漢を撤退させるだろうと思っての策である。


 しかし、この行為は予想外の出来事をもたらした。


 劉林らが虐殺と略奪を行った地域の一つに新野があった。ちょうどこの時、破虜将軍・鄧奉とうほうが謁帰(謁見して休暇をもらい、故郷に帰ること)して新野に至った。


「なんだこれは」


 故郷の無残な惨状に憤った彼はこれを行ったのが、呉漢の兵による者であることを知ると激怒して、自らの兵をまとめて呉漢の軍を攻めた。


「何事か」


 突然の襲撃に流石の呉漢も驚いた。そして更に驚かしたのは、襲撃したのは鄧奉だという。


「一体、どういうことか」


 相手は劉秀から信頼されている者の一人であり、長年劉秀を支えた一人であった。その者がなぜこちらを攻めるのか。


「仕方ない。ここは撤退する」


 呉漢は突然の襲撃と鄧奉によるものであるということからもはや軍の立て直しは困難と判断し、致命傷を与えられる前に撤退を決断して、撤退した。


「絶対に許さんぞ」


 鄧奉はその後、淯陽を占拠して駐軍し、諸賊と聨合することにした。


「連携をしたい」


 そのような要請が鄧奉から堵郷に届いた。


「承知したとお伝えくだされ」


 劉林がそう言って使者を返した。


「ふふ、これは面白くなったぞ」


 劉秀を苦しめる絶好の機会が訪れた。そのことに彼はほくそ笑んだ。











 劉秀の元に鄧奉の反乱、呉漢軍の撤退が伝えられた。


「どういうことだ。何がどうなって……」


 詳しい報告がもたらされると顔を青ざめる。


「呉漢の兵が新野で虐殺、それによって……ああなんということか」


(どうする。呉漢を処罰するのは簡単だが、それによる動揺も大きいことを考えなければならない。南方でこのような事態になるとは、ああ堅鐔けんたん萬脩ばんしゅうが南北で包囲されてしまっている。助けなければ、しかしそれには鄧奉と戦わなければ、しかし呉漢を派遣するわけにはいかない。ああ準備が、時が、人が足りない。なにもかもが足りない)


「くそっ、どうする」


(自分がもう一人、いや二人、いれば全て上手くいくというのに、全て上手くいくんだ。私がもう二人いれば……)


「北も東も西も南も、問題を起こす連中のせいで、上手くいかなくなったのは……ああ、どいつもこいつも……」


(落ち着け、一つ一つやっていくしかない)


 深呼吸して自分を落ち着かせると冷静に考え始めた。


「とりあえず、南は放置だ。南に派遣できる将の準備が済むまでは……」


 苦しい状況を打開するにはそうするしかない。そう言い聞かせながら彼は決めた。





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