皇后
大司馬・呉漢が宛を攻めると、宛王・劉賜は更始帝の妻子を奉じて洛陽を訪れ、降伏を願い出た。
劉秀は劉賜を慎侯に封じた。
また、劉秀の叔父・劉良、族父(曾祖父の孫の兄弟。または父の世代の親族)・劉歙、族兄・劉祉も皆、長安から洛陽に来た。
劉良を広陽王に、劉祉を城陽王に封じ、自分の兄・劉縯の子・劉章を太原王に、劉興(劉章の弟)を魯王に封じた。
更始帝・劉玄には三子いる。劉求、劉歆、劉鯉という。
夏、劉求兄弟と母が東に移って洛陽を訪ねたため、劉求を襄邑侯に封じて更始帝の祭祀を奉じさせた。また、劉歆を穀孰侯に、劉鯉を寿光侯にした。
更始政権の鄧王・王常も降伏を願い出た。
劉秀は王常に会って非常に喜び、
「王廷尉に会えたのだから、南方の憂いがなくなりました」
と言った。
王常は更始政権で廷尉を勤めたため、「王廷尉」と称されていた。この王常の投降によって南陽一郡を得たため、南方の憂いがなくなった。
「ありがたいお言葉でございます」
以前、会った時よりも疲れた顔をしていた。
(ここまでだいぶ苦労されてきたのだろう)
劉秀は王常を左曹に任命し、山桑侯に封じた。
細かな事務処理を終えた中、宮中では皇后を立てるべきという声が出ていた。劉秀は陰麗華の雅性(素性。本性。性格)が寬仁であるとして、彼女皇后に立てようとしていたが、陰麗華は郭聖通に子がいるとして、いつまでも同意しなかった。
最近、劉秀は郭聖通とは会っていない。彼女の叔父が謀反を起こし、始末したこともあり、あまり会おうとは思えなかったのである。
しかしながら陰麗華は会うように進めていた。
「事実をしっかりとお伝えするべきです。叔父の死について謀反を起こしたから始末したのだと、下手に隠し事をせずに長引かすべきでもありません。淡々と事実のみをお伝えするべきです」
陰麗華がそう言ったため、劉秀は淡々と結果について話した。郭聖通は悲しみながらも頷いた。
「叔父の罪は明らかでございます。謀反を起こした罪を叔父に変わり、謝罪致します」
「謝ることはない。君に罪はないのだ」
劉秀は彼女を労わりながら言った。
「今、君を皇后に据えたいと考えている」
「私よりも陰貴人の方がよろしいのではないでしょうか?」
「いや、君との間には長子を得ている。皇后としての資格は君の方があるんだよ」
郭聖通は泣いた。彼女自身はここで皇后になったところで劉秀がいずれ陰麗華を皇后に据えることになるだろうという思いが既にあった。女性というものは男性の心をよくわかっているものである。しかしながら彼女は皇后の件について同意した。
その後、彼女は息子の劉彊を呼び、こう言い聞かせた。
「あなたは皇帝となることはありません。あなたは良き兄でありなさい。かつての劉肥のように良き兄となり、今後の弟たちに尽くしなさい」
まだ幼い劉彊にその意味が通じたのかは微妙であったが、彼はその思いを受け継ぎ、貫くことになる。
六月、劉秀は貴人・郭聖通を皇后に、その子・劉彊を皇太子に立てて、大赦を行った。
秋、執金吾・賈復が南の召陵、新息を撃って平定した。
賈復の部将が潁川で人を殺した。潁川太守・寇恂はその犯人を逮捕して獄に繋いだ。
当時は草創(創建)の時期で、完全な法制が確立していなかったため、軍営で法を犯した者がいても、多くは互いに容認していた。しかし寇恂は市で犯人を処刑した。市で処刑するということは重罪を犯した者へ行う行為である。
法の運用としては正しいが、あまりにも賈復への配慮が足りていない。そのため賈復はこの一件を恥(自分に対する軽視、侮辱)と考えた。彼は真面目であるため、捕らえたところでこちらに送ってくれれば同じような処罰を行ったと思っている。
(本来であれば、こちらに送って処罰をこちらで行わせるべきだ)
賈復はそう考えながら、帰還して潁川を通った時に、左右の者にこう言った。
「私と寇恂は共に将帥に列したにも関わらず、こうして陥れられることになった。今、寇恂に会えば、必ずやこの手で剣を加えん」
寇恂はこの賈復の考えを知って会おうとしなかった。
寇恂の姉の子・谷崇が言った。
「私は将なので、剣を帯びて側に侍ることができます。突然異変があっても当たるに足りましょう(対応できます)」
しかし寇恂は首を振った。
「そうするべきではない。昔、藺相如が秦王を畏れず廉頗に屈したのは国のためであった」
寇恂は属県に命じて豊富に酒食を準備させ、酒醪(酒)を蓄えさせた。
賈復の将兵が入界すると一人ごとに二人分の饌(食事)を提供した。
その後、寇恂が城を出て賈復を迎えに行こうとしたが、途中で病と称して引き返した。
賈復は兵をまとめて後を追おうとしたが、吏士が皆酔っていたため、結局、手を下すことができず、潁川を通過した。
(さて、次の手だ)
寇恂は谷崇を先回りさせて、洛陽に送って状況を報告した。劉秀はまさかの事態で、仲直りさせるために寇恂を招いた。
寇恂が洛陽に到着して劉秀に引見された時、賈復が先に坐っていた。賈復は寇恂が来たと知ると、立ちあがって避けようとしたが、劉秀が止めた。
「天下がまだ定まっていないにも関わらず、両虎はどうして私闘しようというのか。僕が仲介しよう」
座るように指示され、賈復は座る。
「さあ、言いたいことを言うといいさ」
劉秀はにこやかに発言を促す。
「できればこちらに送ってもらいたかった」
賈復がそう言うと寇恂は言った。
「法の運用に沿ったまでである」
「わかっている。そのことについては反論しない。私もこのことを知れば、同じ処罰を行っただろう。しかしながらあの者は私の指揮下にあった者である。私の方に引渡し、処罰を任せてもらいたかった。私を信じてもらいたかった」
「あなたを信じなかったわけではない。しかしながらあなたは討伐の最中であり、このような処罰のために手を煩わしたくなかった。また、陛下が尊号を得ておられる。今後の国を運営するためにもいつまでもこの混乱期における特例をそのままにしておけば、やがて間違いが起こるとも考えていた」
「あなたの意見はわかる。しかしながら確かに陛下は尊号を唱えられたが、未だ抵抗する勢力は残っており、皆、強敵だ。彼らへの対処を行う上でそれらを整備していくことは後回しにしておくべきだと私は考えている」
賈復と寇恂は段々と国政の内容についての議論を初めて行った。その二人の様子を劉秀はにこやかに眺める。
二人はこうして仲直りをし、共に車に乗って出ていった。その後、友人の関係を結んでそれぞれの任地に去っていった。




