劉楊
赤眉の諸将によって長安城中の食糧が尽きた。そのため諸将は陵墓から珍宝を集めて車に積み、大火を放って西京(長安)の宮室や市里を焼いた。しかもほしいままに殺掠(殺人略奪)を行ったため、長安城内はまた歩く人がいなくなってしまったというありさまであった。
その後、赤眉は兵を率いて西に向かった。南郊を通って祭祀を行い、車甲・兵馬が最も猛盛になり、百万の大軍を号した。
劉盆子は王車に乗り、三頭の馬が牽いた。数百騎が従っている。
赤眉は南山から移動しながら城邑を侵した。更始政権の将軍・厳春と郿で戦い、これを破って殺してから、安定、北地に入った。
その間に大司徒・鄧禹が兵を率いて南下し、長安に至った。
昆明池に駐軍し、高廟(西漢時代に建てられた長安の高廟)を拝謁して祭祀を行い、十一帝の神主を回収してから府掾を派遣して洛陽に送った。神主は洛陽の高廟に納められることになる。
鄧禹は同時に園陵を巡行し、吏士を置いて奉守(管理、守備)させた。
「そうか長安を得たか」
劉秀は横になりながら長安から赤眉が去り、鄧禹が入ったという報告の書簡を読んでいた。
(やっと長安を得たとはいえ、赤眉の勢力は残っている……)
まだまだ時間がかかりそうだと思いながらため息をつく。
また、赤眉らの長安での所業や赤眉によって立てられた劉盆子の言動の内容についても書簡に書かれていた。
「不憫だ」
無理やりに皇帝とされた者であり、その言動の節々から彼の嘆きが聞こえるようであった。
「どうかされましたか?」
陰麗華が書簡を見て渋い表情を浮かべている劉秀の横に座り、問いかける。
「赤眉によって皇帝となった不憫な少年がいてね」
「そうですか。ならば、早く救ってあげませんといけませんね」
劉秀は彼女の言葉に目を丸くし、笑った。
「救うか……」
その発想はなかったと思いながら劉秀は目を細めながら彼女に微笑んだ。
「なら救わないとね」
「ええ」
翌日、劉秀の元にある報告がなされた。
郭聖通の叔父である真定王・劉楊が讖記(預言書)を作ってこう言った。
「赤九の後、癭楊が主になる」
漢は火徳であるため、赤は漢を指す。劉秀は高祖・劉邦の九代孫に当たるため、赤九は劉秀を指す。
で、問題は「癭楊」の箇所である。「癭」は首にできる瘤のことで、「癭楊」は「瘤がある劉楊」という意味になる。
劉楊は実際に癭を患っていたため、それを利用して讖記を作り、大衆を惑わそうとし、臨邑侯・劉譲と共に謀反を起こしたのである。更に劉楊は綿曼賊とも関係を結んだ。
因みに劉譲は劉楊の弟である。
「謀反……」
くせのある人であるとは思っていたが、まさかこのような強行に出るとは思っていなかった。
(相手は郭聖通の叔父だ。慎重にことを進めなければ……)
劉秀は騎都尉・陳副、游撃将軍・鄧隆を派遣して劉楊に来るように命じた。しかし劉楊は城門を閉じて陳副らを中に入れようとしなかった。
(どうやら本気のようだが……しかし……)
劉秀は考え込んでから前将軍・耿純を呼んだ。彼の横には劉隆が控えている。
「君に符節を持って幽州と冀州を巡行してもらいたい」
「はっ」
「詳しい内容については劉隆から聞いてもらいたい」
耿純は拝礼し、劉隆と共に退席した。
「密命ですか?」
「ええ」
耿純の言葉に劉隆は頷き、小声で言った。
「劉楊の謀反について巡行で通過した場所で王侯を慰労させながら、手段を用いずに事を収めるようにとのことです」
「承知したとお伝えくだされ」
劉隆は頷き、彼から離れた。
耿純は真定に入って伝舍に泊まり、劉楊を招いた。
「ほう甥っ子が私を呼んでいるのか」
耿純の母は真定王の宗室の娘である。そのため劉楊は耿純を疑わず、また、自分の部衆の強盛に頼っており、もちろん彼が兵を率いて討伐しに来たのではないかという疑いもあるため事前に調べたが、耿純の意(心)は安静そのものであった。そのため警戒の意味も込めて、官属を従えて耿純に会いに行った。
劉楊の兄弟も共に軽兵を率いて門外に集まった。
劉楊が伝舎に入って耿純に会うと、耿純は礼敬をもって接し、その兄弟も全て中に招いた。全員入ったのを見て、耿純は手を挙げた。
「皇帝陛下に仇なす賊をここで始末する」
一斉に閤(小門、または部屋の戸)を閉められ、耿純の兵たちが現れ、全て誅殺した。部屋から兵と共に姿を現すと真定の人々は怖れ震え、敢えて動こうとする者はいなかった。
「劉楊を誅殺したか……」
(劉隆を通して、穏便に事を収めるように指示したのだけど……)
劉秀を劉楊の子を真定王に封じた。
「劉隆っ」
耿純は劉秀に報告を行った後、劉隆を呼び止めた。
「どういうことだ」
「どうとは?」
「陛下の言葉を正しく伝えなかっただろう。明らかに陛下の態度に困惑が見られた」
「ああ……」
問い詰められた劉隆は目をどこぞへと向けながら特に気にせずに言い放った。
「手段を問わずとは言いました。しかし、殺害せよとなどとはお伝えしておりません」
「詭弁を弄すな」
「劉楊の態度から質の悪さを感じた。そのために殺した。全ては王朝のため、陛下のため、違いますか?」
耿純は黙る。
「ならば、よろしいではありませんか」
「やがて痛い目に合うぞ」
彼の言葉に劉隆は背を向けながら言った。
「正義が果たされるのであれば、本望」
彼はそのまま去っていった。




