王覇
歴史物で難しいのは成長イベントを入れること。
馮異と寇恂が檄(文書)を送って劉秀に状況を報告した。
「そうか勝ったか……」
諸将も勝報を聞き、劉秀の元へ祝賀に来てこれを機に尊号を称すように勧めた。尊号、つまり帝位へということである。しかしながらこれに対し、劉秀は断った。
(皇帝には相応しくない)
劉秀は自分への評価は低い。そのためそう簡単に彼らの言葉に乗ろうとは思わない。
だが、諸将はどうしても劉秀に帝位に登って欲しいと思っている。そのため諸将は劉秀から信頼されている馬武に説得してもらいたいと頼み込んだ。
馬武は全く興味が無いが、あまりにも諸将の押しが強く、面倒になったため了解した。彼は劉秀の元に進み出て、諸将にこのように言うようにと言われた言葉を言った。
「王は謙退を堅持しておられる。しかし宗廟・社稷はどうしようとお考えなのでしょうか。先に尊位に即き、それから征伐を議すべきです。今は誰が賊であり、奔走してどの賊を撃つおつもりなのでしょうか?」
劉秀は馬武がそのようなことを言ってきたことに対して驚いた。
「なぜ将軍はこのような言を発するのですか。死罪に値する言葉です」
結局これも受け入れず、劉秀は軍を率いて薊に入った。
「さて、尤来らを追撃を行う上での大将として、呉漢。君に任せる」
「承知しました」
劉秀は呉漢を大将として耿弇、景丹ら十三将軍を率いて尤来らを追撃させた。
先陣を任されたのは王覇と劉隆である。
(この人は苦手だ)
王覇は劉隆に対してそう思う。
馮異らが洛陽と対峙している際、洛陽にいた李軼によって洛陽に残していた劉隆の妻子は殺害させられていた。そのことを伝えられた時、劉隆は「そうか……」の一言で片付けた。
(冷たい男だ)
王覇はそう思う。
「いやいやそのようなことを考えるよりも目の前の戦だ」
せっかく先陣を任されたのである。活躍しなければならない。
軍は尤来らとぶつかった。
王覇は先陣を切り、矛を持って敵と戦っていく。劉隆も剣を振るっている。
(案外、武勇がある)
王覇がそう感じている時、劉隆が行った行為に瞠目した。
「おい」
彼は劉隆の元へ近づき、怒鳴った。
「何をしている」
「何をしているとは?」
劉隆が首を傾げると王覇は苛立つ。
「お前は今、味方の兵の首を飛ばしたであろう」
そう王覇は劉隆が味方の兵を斬ったのを見たのである。
「ああ、あれですか」
劉隆は斬った兵の体を見る。
「彼の兵は既に足を切られ、腹を貫かれておりました。既に死は目前であり、救助したところで意味は無いと判断しました。このまま苦しんだままよりはと思い、介錯を行っただけに過ぎません。さあ前線を前進させましょう」
「介錯だと、ふざけるな。味方の兵だぞ。我らと共に戦ってくれている同志だ。それにも関わらず、息のある内に殺すなど……」
「私からすれば、職務を果たしきれなくなった一兵士に過ぎません」
「貴様っ」
そこへ戦が終わったことを告げる戦鼓の音が響いた。景丹率いる突騎による突撃により、敵陣営は崩壊したのである。
結果は敵軍の一万三千余級を斬首し、浚靡まで追撃を行った。
さて、諸将が集まり今後について話し合うことになった。その前に呉漢は王覇と劉隆を咎めた。
「汝らは先陣を担いながらその職務を果たしきれなかった」
「全くだ。俺の突騎を突入させるまでに前線をもっと前進させていれば、全滅まで追い詰められたにも関わらず、一部は逃げられてしまった」
景丹は青筋を立てながら言う。
「申し訳ありません」
「申し訳ありませんでした。しかしながら私は劉隆殿の行動が……」
劉隆が頭を下げるが、王覇は先ほどの劉隆とのことを話そうとした。
「王覇よ」
しかし呉漢が彼の言葉を遮った。
「汝は先陣を任されておきながら、職務を果たしきれなかった。責められることはあっても肯定されることは無い。そのことを理解しなければならない」
王覇は息を呑み、目を下に向けた。
「はい」
「王はお優しい方である。処罰されることはないだろう。しかしながらそれで安心してはならない。常にあの方の期待に応えるためにも努力をしなければならない」
呉漢はそう言ってから取り敢えず、この件についての話を止めた。
「さて、今後どうするべきかについて話し合いたい」
「我らの任務は尤来らの殲滅。連中は分散して遼西、遼東に入ろうとしているが、このまま追撃して殲滅すればいいだろう」
景丹がそう言うと耿弇が反対した。
「このまま追撃することは危険です。なぜならこのまま進軍を続ければ、烏桓や貊人の支配している領域に接近することになり、彼らと対峙することになる危険性を抱えることになるからです。下手に彼らと事を構えるべきではないと考えます」
「だが、任務を果たせなくなってしまうぞ」
「わかっています。しかし追撃を続けた場合の危険性があることを考慮しなければなりません。ここは一旦、引くべきです」
「その後に彼らが我らの領内を荒らすようになれば、それも問題であろう」
二人が意見をぶつけ合う中、呉漢は劉隆へ意見を求めた。
「何か意見があるか?」
「私は追撃を止めるべきであると考えます。しかしながら此度の任務を終わらせようとは思いません」
「どういう意味だ?」
「追撃を続けた場合の危険性として烏桓や貊人の存在があります。しかしながら彼らを刺激するのは私たちではなく、尤来らもです。そこで烏桓や貊人に彼らの殲滅を任せては如何でしょうか。彼らに金を渡し、殲滅すればそれに見合う報酬を渡すのです」
「悪くない策だと思います。しかし、勝手な異民族とのやり取りを行うべきではありません。先ずは王へご指示を仰ぎましょう」
耿弇がそう言うと呉漢が首を振った。
「いちいち王に指示を仰いでいくのは時間がかかりすぎる。未だ河北には対抗している賊も多い。尤来らだけに手をこまねいているわけにはいかない。私が責任をとって、やり取りを行おう」
呉漢は劉隆を見る。
「では、その交渉を行う使者として相応しいと思う者はいるか?」
「王覇殿でよろしいでしょう」
これには諸将を始め、王覇は特に驚いた。戦の最中に喧嘩した相手を推薦したのである。
「お、俺、違う私ですか?」
呉漢は王覇を見る。
「不服か?」
「いえ、しかしながら私は弁が立つような男ではなく、使者として人を説得させたこともございません」
王覇は動揺していた。戦では勇気を発揮できるがこのような経験は一切無い。
「王覇よ。せっかく汚名を返上する機会を得たのだ。汝は汚名を返上することに尽力せよ。汝に任せる」
「わかりました。では、烏桓や貊人の言葉がわかる者を」
「では、私から出しますよ王覇殿」
耿弇が笑いながら言った。
「感謝します。では準備を始めさせて頂く」
王覇はそう言って退席した。それを見届けた後、呉漢は劉隆に言った。
「なぜ、王覇を推薦したのだ?」
「ここにいる諸将の中で一番の適任者だと考えたためです。私は皆様が思っているような者ですし、呉漢殿は威圧してしまい、景丹殿は見下しが入ってしまう。耿弇殿は若さ故に知恵を見せびらかしてしまう」
(意外にこの人、口に毒があるぞ)
耿弇はそう思いながら話を聞く。
「王覇殿ははっきり言えば、未熟です。しかしながらだからこそ下手な弁術を用いず、誠心誠意を持って相手と話すことができます。また、この場にいる諸将の中でもっとも人格が優れているのは彼だと考えたまでです」
彼は立ち上がる。
「それでは私は自軍の陣営に戻らせていただきます」
そう言って彼は退席した。
さて、王覇は烏桓や貊人の説得を行った。結果は成功し、彼らによる鈔撃(包囲襲撃)を持って、尤来らは全滅した。
(良かった……)
王覇は職務を果たせたことに安堵した。
彼は後に北方の守備を任せることになる。その際に彼は北方の異民族の特性をよく理解しながら時に戦い、時に融和を行った。朝廷に対して北方の地域での融和政策などを進言を行い、それは尽く承認を得ることができた。
それは此度の使者として出向き、彼らの風土を感じ、烏桓とのつながりを得たことによって果たされた功績であると言っても良いかもしれない。




