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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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馬武

 銅馬を下した頃、赤眉の別帥(一部隊の長)と青犢、上江、大彤、鉄脛、五幡による十余万の衆が射犬(地名)にいた。


 劉秀りゅうしゅうは兵を率いて進撃し、これを大破した。射犬にいた部衆は離散逃走していった。


 次に劉秀は南へ楔を打ち込むことにした。


 河内を攻略することにしたのである。この時の河内太守は韓歆かんきんという男である。


「なんとしても対抗する」


 彼は同郷の配下である岑彭しんほうに言った。岑彭は頴川太守に選ばれた後、彼の配下になっていた。


 岑彭は反対した。


「蕭王こと銅馬帝の実力を舐めてはなりません。あちらは大軍であり、こちらは長安からの援軍に時間がかかります。これでは勝利することができません」


 しかしながら韓歆は言うことを聞かず、城を守る準備を行うように指示を出した。


 だが、次の一報に韓歆は震え上がる。既に劉秀軍が懐県まで至っているというのである。懐県はもはや目と鼻の先であり、準備の余裕など全くなかった。


「こ、降伏する」


 先程までの戦意はどこへやら彼は劉秀に投降を申し入れた。


 降伏の意思を知った劉秀は被害が出ずに河内を得たことに喜んだ。しかしながら韓歆が先ほどまでこちらと戦うつもりであり、その準備を先ほどまで行っていたと知ると激怒した。


 韓歆の進退のあり方があまりにも誠実さが足りないと感じたためである。


(こういう男こそが処刑するべきだ)


 劉秀は戦で捕虜にしたり、降伏した相手には優しいにも関わらず、降伏した韓歆を断固殺害しようとした。


 そこへ岑彭が現れ止めた。


「私は大司徒・劉縯りゅうえん様に命を助けてもらったにも関わらず、その恩に報いることなく、大司徒は禍難を被られました。私は日頃から心残りに思っておりました。またここで蕭王とお会いすることができましたので、願わくは一身をもって尽くしたいと考えております。故に諫言申し上げます。韓歆は南陽の大豪族の一人でございます。彼を活用するべきです」


 このようなところに彼がいたことに驚き、喜んだ劉秀は彼の言った通り、韓歆を許すことにした。


 次に劉秀は河内から離れ、鄴へ向かうことにした。謝躬を始末するためである。


 劉秀は謝躬という男と微妙な距離感を保ちつつ彼を警戒させないようにしつつ遠ざけていた。


 いつも謝躬を慰安し、謝躬が吏職(職務)に勤勉であることから常に、


「謝尚書(謝躬は尚書令または尚書僕射)は真吏(真の官吏)ですな」


 と称賛した。そのためか謝躬はあまり劉秀を疑わなくなっていった。


 それを知った謝躬の妻がいつも諫めた。


「あなたと劉公は長い間互いに親善がなかったではありませんか。それなのにその虚談を信じてしまえば、最後は抑制を受けることになるでしょう」


 しかしながらこの妻の言葉を謝躬は聴かなかった。


 劉秀が賊を始末するために軍を出した後、幽州に更始帝が派遣していた者たちが殺されていったことを知った謝躬は騙されたことからここにいては謀殺されると考えて、自身の兵数万を率いて南に還り、鄴に駐軍し、劉秀に対抗しようとした。


「やれやれ出て行ったか」


 彼の対応していた朱祐しゅゆうは策を行った。隆慮山に劉秀の軍がいるという偽の情報を謝躬らに伝えた。


 これに騙され謝躬は隆慮山へ向かったが、そこには劉秀軍との戦いで破れた賊たちがおり、彼は追撃しにきたと勘違いして彼らを逆に攻めた。それにより、謝躬の軍は大敗した。


 馬武ばぶ龐萌ほうぼうが殿を務める中、謝躬は鄴へ逃走した。


 だが、既に劉秀は謝躬が外にいる間に呉漢ごかんと新しく刺姦大将軍に任命している岑彭を先行させ、命じて鄴を襲わせ、占拠してみせた。


 それを知らない謝躬は軽騎で鄴に還り、呉漢らに捕まって斬られた。


 そのことを殿して戻っている途中であった馬武と龐萌は知った。


「私は以前から蕭王は名君であると考えていた。降伏しよう」


 龐萌はそう言った。しかしながら馬武は、


「それじゃあ筋が通らないだろうよ」


 と言った。


「筋は十分通している。降伏するべきだ」


 馬武はその言葉を鼻で笑うとそのまま呉漢らの軍へ矛を持って挑みかかった。


「抵抗するつもりか」


 呉漢はその様子を見て、呟くと馬武を包囲して捕らえるように指示を出して、諸将を向かわせた。


 寄ってくる兵を馬武はなぎ払いながら進む。


「俺の手柄になれ」


 そう言って矛を振るってきた杜茂ともの矛を馬武は矛で軽々と受け止め、絡みとって彼を馬から叩き落とした。次に祭遵さいじゅんが細剣を素早くかつ手数多く、突き出すが、それも馬武は受け止めていく。


「おうおう、早いなあ。だが、坊ちゃん剣だ」


 馬武はそう言って彼の剣を全て受けきるどころからそれ以上の速さで祭遵の体に傷つけていく。


「お前さんの剣術は速さで補っているだけで剣筋が分かりやす過ぎるんだよ」


 首を突き刺そうと放たれた細剣を馬武は掴んだ。それにあっと驚いた祭遵の体を矛で貫こうとした瞬間、馬に乗って駆けつけた蓋延がいえんが矢を放ったため、馬武は祭遵から距離を取る。


「これでどうだ」


 蓋延は三本の矢を立て続けに放った。それを馬武は矛で二本の矢を弾き、一本を手で掴むと投げ返し、蓋延の馬の目に刺さった。馬は痛みのあまり前足を上げたため、蓋延は投げ出される。


 そこに劉秀率いる本体が合流を始めた。


「来たな」


 馬武は劉秀のいる本陣に向かって走った。


「王の元へは行かせん」


 呉漢の副官の侯進こうしんが剣を、銚期ちょうきが矛を持って左右から馬武を斬ろうとする。そこへ更に馬から投げ出されていた蓋延が、


「くそったれが」


 矢を放った。


「はっ」


 馬武は先ず、銚期の矛を掴みながら跳躍して侯進の剣から逃れ、蓋延の矢は口で加えそのまま大地に着地した。


 矢を口から離すとそのまま本陣へと駆けた。そのまま邪魔する兵をなぎ払いながらついに本陣へとたどり着いた。そこに鎧を全身に身にまとった男が現れた。


 馬武はその男の左肩から右下へと矛を振るった。男の体から鎧を包んでいるとはいえ、鮮血が飛び散る。しかし、男はそれによる痛みを感じないのか剣を振り下ろす。


「甘い」


 馬武は矛を突き上げ、振り下ろされる剣を防ぐ、それにより男の体勢が崩れる。そこに素早く矛を引き、突き出す。


(浅い……)


 男の腹を刺したが鎧のため完全には貫けない。矛を掴もうとする男に対し、馬武は素早く矛を抜き、距離を取る。


「なるほど、あんたが噂の賈復かふくか」


「左様でございます」


(これがねぇ)


 馬鹿みたいに相手の攻撃を受ける男として有名になっている賈復を見て馬武は笑う。


「なるほどなあ。だが、あんた剣術はまるっきり素人だな」


 剣筋が読めるどころか基礎すらなっていない。


「命知らずの無鉄砲なだけで、なんの技術もないなあ」


 馬武は矛を突き出す。もちろん賈復は避けない。だが賈復が剣を振るっても馬武には一切当たらない。


「お前さんの戦いは奇行で驚きがあっても戦い方そのものはど素人よ」


 彼はそう言いながら身をかがめ足を払う。それにより賈復は前かがみで倒れこむ。


「さて、止めといくかな」


 馬武は倒れこんだ賈復へ矛を振り下ろす。その時、賈復は頭を上げ、振り下ろされる矛を頭の兜で突き上げる。それにより馬武は初めて体勢を崩し、賈復の振るった剣が僅かに彼の腹を斬った。


「ちっ、久しぶりに傷がついたな」


 一方、賈復は頭で突き上げを行ったために脳震盪を起こし、足がふらついていた。


「そこまでして、お前はなぜあの餓鬼のために戦う?」


 馬武がそんなことを問いかけてきた。


「私は幸せ者でございます」


 その問いかけに賈復は律儀に答え始めた。


「孔子は偉大な志を持って放浪するものの、ついぞ名君にお会いすることが叶いませんでした。孟子も然りです」


 賈復はふらつきながらも馬武を見据える。


「しかしながら私は劉文叔という名君にお会いすることができました。臣下足る者、一生涯において名君にお会いできるかどうはわからないにも関わらずでございます」


 彼は剣を構える。


「その喜びのみで私にはあの方のために戦う理由は十分でございます。その幸せを下さったのですから、命の一つや二つ、惜しむ必要がありましょうか」


 賈復は毅然として言った。


「さあ、正々堂々と戦いましょうぞ」


(やれやれ……)


 一方は足がふらつき、視界も歪み、全身から血が流れるに対し、こちらは軽傷である。この男を殺せるのは容易であろう。しかし、果たして殺したところでこの男に勝ったことになるだろうか。


 馬武という男は案外、律儀であり、負けん気も強い。だからこそこうやって劉秀たちと戦っているのである。


 そこに呉漢と共に劉秀がやってきた。


「賈復っ」


 馬武と一騎打ちを始めた賈復に驚き、劉秀はやってきたのである。


「おい、餓鬼」


 馬武が劉秀に向かって話しかけた。呉漢は彼の餓鬼という言葉に眉を吊り上げたが、無言である。


「悪くない男を飼っているな」


 彼は矛を地面に突き刺し、突っ立っている賈復に近づく。


「降伏する。敵本陣まで迫った。これで更始帝への筋も通しただろう」


 劉秀へ苦笑しながら馬武は賈復の胸を叩いた。すると賈復は後ろにそのまま倒れ込んだ。


「おっと止めをさしてしまった」


「軍医、軍医を呼んで」


 肩をすくめる馬武と賈復が倒れたことに慌てる劉秀の声が響いた。


 こうして馬武と龐萌は降伏し、劉秀旗下に加わった。その翌日、


「おはようございます」


 元気よく事務処理を行っていく賈復に馬武は、


「ありゃ化物だな」


 と呟いたという。




 





劉秀の愉快な仲間たち。


劉秀を怒らせる天才・韓歆

疾風迅雷・岑彭

無名の猛将・侯進

愛憎・龐萌

律儀な武神・馬武

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