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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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35/98

決別と始まり

 劉秀りゅうしゅう王郎おうろうの文書を回収していた。


 その中には吏民で王郎と関係を結んで劉秀を謗毀(誹謗)する内容のものが数千章もあった。


「どうしますか。粛清しますか?」


 賈復かふくが尋ねた。


「君はどう思う?」


「やるべきではありません。理由は二つ。先ず一つは許すことで彼らの心を掌握することができるということ。もう一つは粛清を行った場合、それに伴う欠員の補充が難しいということです」


「そうだよね」


 劉秀は頷きながら思う。


(戦以外だとまともだよねぇ)


 なんで戦だとああなのか。


「じゃあ許すことにしよう」


「承知しました。内容は見ますか?」


「見ないよ」


「ご英断でございます」


(本当に戦はなんであれなんだ)


 劉秀は諸将を集めた。そして、書簡の山を見せてから彼らの前で焼き捨てた。


「反側子を安心させることにしよう」


 反側子とは反側の者。二心を抱いた者のことで、「反側」という言葉は反覆無常で異心があること、または不安のため落ち着かない様子、眠れない様子を指す。


 茶目っ気のある表現である。これにより諸将は大いに劉秀へ心服した。


 その後、劉秀の元に李育、王饒が自害したことが知らされ、あとの王郎の勢力を組み入れた。そのため吏卒を分けて諸軍(諸将)に属させることになった。


 この際、劉秀は彼らから希望を取った。すると士卒は皆、


「大樹将軍に属したい」


 と申し出た。


 大樹将軍とは誰なのか?


 劉秀は首を傾げる。


 さて、大樹将軍とは偏将軍・馮異ふういのことである。馮異はその人となりが謙遜して誇ることなく、交戦して敵の攻撃を受けている時以外は、吏士に命じて常に諸営(諸軍)の後ろを行軍させた。


 いつも宿営した場所で諸将が集まって座り、功を論じたが、馮異だけは常に樹の下に座っていたため、軍中では「大樹将軍」と呼ばれるようになったのである。


「だから人気なのか」


 兵たちの話を聞きながら劉秀は朱祐しゅゆうに言った。


「あの無表情な男がなあ」


「あ、因みに一番人気が無いのは君だよ」


 劉秀はにこにこしながら言うと朱祐は固まった。


「やっぱねぇ、食事まで礼儀作法を押し付けるのは、駄目だよ~」


「解せぬ」


 朱祐はしばらく塞ぎ込んでいたが、立ち直ると言った。


「それにしても河北に来た時に比べてだいぶ、人も増えたな」


「そうだね」


 劉秀が頷く。

 

「今、長安の政治は乱れている。お前には日角の相(額の中央が隆起している相。富貴の相)があり、これは天命であろう」


 そのようなことを言ったため劉秀は叫んだ。


「刺姦を招き、護軍を逮捕せよ」


 その言葉を受け、祭遵さいじゅんがやってきて、一旦、囚われた。もちろん翌日には解放された。その後、朱祐は敢えて謀反の事を話さなくなった。


 それから数日後、更始帝の元から侍御史・黄党に符節を持って送られてきた。対応に当たったのは耿弇こうえんである。黄党は劉秀を蕭王に立てることとすると言った。


 耿弇は内心、喜んだが、その後に彼はこう付け加えた。

 

「蕭王は全軍を撤兵させて、諸将の中で功績がある者と一緒に行在所(皇帝がいる場所。長安)へ参るように」


 更に彼は苗曾を幽州牧に、韋順を上谷太守に、蔡充を漁陽太守に任命し、三人を同時に派遣して北の部署に着任させる旨を述べた。しかも既に派遣しているという。


(父上の上谷太守を奪うのか)


 耿弇は彼を留めて急いで劉秀がいる邯鄲宮へ向かった。


 この時、劉秀は温明殿で昼寝をしていた。


(なんと呑気な……)


 呆れながらも耿弇は入殿して、牀下(寝床の下)まで来て話をする時間を請うた。それを受けて劉秀は目を開けた。耿弇は劉秀に言った。


「吏士の死傷者が多いので、上谷に帰って兵を増やすことを請います」


「王郎は既に敗れ、河北はほぼ平定したのに、なんで兵を用いるというのかい?」


 耿弇は劉秀の呑気さに少し頭を抱えつつ、


「確かに王郎は破れましたが、天下の兵革(戦争)は始まったばかりです。今、使者が西方から来て罷兵(兵の解散)を欲しておられますが、聴いてはなりません。銅馬、赤眉の属(類)が数十輩(組)もおり、一輩は数十百万人(数十万から百万)を擁して向かう所を阻む者がいません。聖公(更始帝)では対応できません。必ず久しくせずに敗れることになりましょう」


 更始帝の字を敢えて述べていることに彼の更始帝への感情がわかる。劉秀は体を起こして座り直し、


「卿は失言した。私は卿を斬ろう」


 と言った。耿弇は劉秀という人に触れているだけにこれが冗談だということはわかっている。


「大王が私を父子の関係のように哀厚(厚愛)して下さっているため、敢えて赤心(誠心。本心)を披露したのです」


 劉秀は笑いながら、


「私は卿に戯れただけ、何をもってそう言うのか?」


 耿弇は頷きながら言った。


「百姓は王莽に患苦して再び劉氏を思ったため、漢兵が起きたと聞いて歓喜しない者はおらず、その様子は虎口を去って慈母に帰すことができたようでした。ところが今、更始が天子になりましたが、諸将は山東で擅命し(命をほしいままにし。勝手に振る舞い)、貴戚は都内で縦横し、虜掠(略奪)を自分の欲のままに行っております。そのため元元(民衆)は胸を叩き(悲痛する様子)、改めて莽朝(王莽の朝廷)を思っています。ここから彼の必敗を知ることができます。あなた様は功名が既に顕著ですので、義によって征伐すれば、天下は檄を伝えるだけで平定できます。天下の至重を(最も重要な天下を)あなた様は自ら取ることができるのです。他姓に得させてはなりません」


 その後、彼は更始帝の使者が来たことを話した。


 蕭王になったこと、長安に来いという話を聞いても劉秀は特に何も思わなかったが、最後の三人の人物を北へ派遣することを知ると眉をひそめた。


「それは本当かい?」


「左様でございます」


 劉秀は不快そうにしながら部下を呼び、朱祐と呉漢ごかんを呼ぶように言った。先に来たのは朱祐である。


 先ほどの話を彼にも話してこう言った。


「朱祐、君は私は蕭王として封じて感謝致します。しかしながら河北がまだ平定できていないそちらに参るわけにはいきませんと伝えよ。しかし、時間をかけてそれとなくだ。いいね」


「わかった」


 次に呉漢がやってきた。


「呉漢、耿弇。二人は北へ向かい、赤眉などに対抗するために兵を集めると述べながら密かに幽州へ向かっている幽州牧・苗曾を呉漢が、上谷太守・韋順、漁陽太守・蔡充を耿弇が殺せ」


「はっ」


 二人は拝礼して部屋を出て行った。


「こうなると本格的に更始帝と敵対することになるぞ」


「構わない。あの臆病者が本当に殺すために兵を出すっていうなら迎え撃つだけだよ」


 劉秀は怒っている。


「よほど騙し討ちが好きらしい。私の兄をやったようになあ」


(何の罪もない自分を慕い、支えてくれる者を奪うなど許すわけにはいかない)


「呉漢……わかっているよなあ。お前なら……」










「ああ、嬉しいものだ」


 呉漢は指を鳴らした。すると目を閉じたままの副官らしき者が現れた。手には真紅の外套が握られている。


「主上の怒りを表現するための者として私を選んで下さった」


「では、答えなければなりませんなあ。人数は如何しますか?」


 副官がそう言う。


「二十騎」


「承知しました」


 あまりの少なさに副官は何も言わない。慣れたものである。


 呉漢は二十騎で耿弇よりも先に出発した。


「もう出発したのか。早すぎる」


 耿弇も慌てて出発した。


 二人はそれぞれ指示された方へと向かった。


「報告します。苗曾は無終を治所にしているとのこと」


「そうか……ならばそのまま行くぞ」


 部下たちは何も言わない。反論など無用であり、彼の言葉に従っていれば問題無いのである。


 彼らの存在が苗曾に知らされた。


「恐らくこちらへ降伏する旨を述べる使者であろう」


 相手の数の少なさからそう思った苗曾は道に出て呉漢を迎えようとした。


「ふんっ」


 呉漢は速さを緩めることなく突っ込み、苗曾の首を飛ばした。動揺して混乱する苗曾の配下たちを呉漢は皆殺しにした。


「さて、合流しよう」


 彼は耿弇の元へ向かった。呉漢が向かうと耿弇も既に韋順と蔡充を捕らえていた。


「もう相手の首を斬ったというのですか。二十騎で……」


 呉漢の報告に耿弇は驚く。


「で、二人はどうされた?」


「捕らえております」


「なぜ、殺さない?」


 呉漢の言葉に耿弇は冷や汗をかきつつ言った。


「明公の……王の判断を仰ごうと……」


「汝は我らが派遣された理由がわからないのか?」


 やれやれと首を振る。


「我らに王がお望みなのは、的確に敵をここから排除することだ。余計な手を煩わせるな」


「しかし……」


「処刑せよ。それが王のお望みである」


「わかった」


 耿弇は二人を処刑した。使者を飛ばすと劉秀は北へ軍を動かしているため合流せよと知らせてきた。


「何故、北に動かしているのだ?」


「北方を完全に掌握されるおつもりであろう。王は天下を取るつもりなのだ」


 呉漢は祈りを捧げた。


(私はあなたのための矛となりましょう。あなたの怒りを、憎しみを、代弁致しましょう)


「さあ、合流しよう」









二番人気は賈復。


理由は彼の戦い方により敵兵のヘイトが全て彼に向かって兵たちの生存率が高まるため。

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