南䜌の戦い
信都奪還に成功することができたが、依然として鉅鹿を守る王饒を下せないでいた。
(相手が上手いのか。こちらが下手なのか……)
劉秀は城を眺めながらそう思う。
(兄上の方が、城攻めは上手かったなあ)
そう目を細めて兄のことを思い出していると、
「しかしながら王郎の元には戦略家がいないようです」
耿弇が劉秀に対してそう言った。
王郎は信都襲撃でこちらの先手を取ったにも関わらず、その後にやったのは諸将の買収程度で連携して軍を動かしたりはしていない。劉秀側の対応が早かったというわけではないにも関わらずである。
「あそこで軍を連携してこちらに動かせば、こちらから信都に軍を派遣することもありませんでした。それを行わなかったということは、行うための準備を怠っていたということになります。策が突発的に出さているだけだからです」
信都奪還があれほどあっさりいったのも連携のための準備を怠っていたためである。
ここで兵がやってきた。
「報告します邯鄲から軍がこちらに向かってきているとのこと」
「わかった」
劉秀は諸将に迎撃の準備を行うように指示を出した。
王郎が派遣した将は倪宏、劉奉という二人で数万人を率いていた。劉秀は南䜌で彼らを迎え撃った。
しかしながらいきなり戦況は不利になった。先鋒である朱浮と鄧禹が再び、破れたのである。
(また負けたか)
しかもその先鋒が崩れたことで敵軍は一気呵成にこちらに攻め込んだため、こちらは押し込まれている。
それを見ている遊兵を率いている景丹は、
(大司馬の軍はこれほど弱いとは……)
百万の大軍に勝ったことがあると聞いていただけに残念な思いが強い。
味方を助けるために突騎を突入させてもいいが、正直ここで突入させても相手に大きな被害をもたらすのは難しい。
「景丹の突騎を突っ込ませないのか?」
後方で劉秀と共にいる朱祐がいう。
「ここで突入させても被害を出せないからね」
完全に敵軍の方が勢いがあり、更に余裕がある。そのため対応される可能性の方が高い。
「仕方ない……」
劉秀は後方で控えて、できる限り諸将の自主性に任せた戦を行っていたが、こうなっては自分が指揮権を掌握して戦った方がいいと判断して、自らを中軍へと向かわせようと席を立つと、
「明公、あなた様の輝きは強すぎます」
呉漢がそのようなことを言い出した。
「もっとあなたの元に集いし星の輝きを信じることです」
劉秀と呉漢は互いの目を見る。険悪な空気が流れ始める。劉秀はあまり他者に対して露骨に嫌な感情を向けることはほとんどない。だが、呉漢へは別である。それがなぜなのかは劉秀自身はわからない。ただ言えるのは、呉漢が言いたいことはもっと人を信じろということである。それを優しく諭されているように感じる。
呉漢から目を離し、再び戦況を見る。すると席に再び座った。
「相手の前進が止まった。これで相手の勢いが収まり、戦況はこちらに傾く」
わざわざ劉秀はそう言った。それはまるで呉漢に言われたからではないと説明しているようでもあった。
確かに相手の前進が止まった。それは中軍にいる馮異による守りに阻まれたためである。馮異は先鋒が崩れるのを見て、すぐさま防備を固めていた。相手の勢いが止まるまでじっと相手の攻撃を耐え続けた。
「よし、今だ」
相手の攻撃の手が止まったところで馮異は銚期と祭遵を前に出す。二人共猛将といってよく、敵軍をどんどん蹴散らしていく。
それと同時並行で馮異はある部分の守りだけを浅くした。もちろんこのような守りの浅いところを相手が逃すわけがない。ただでさえ戦況が変わりこちらが不利になりそうになっているのであれば、尚更である。
敵軍の兵が守りの浅いところに殺到した。だが、それは敵軍全体から見れば、陣形が乱れるきっかけになる動きであり、側面の守りが浅くなることを意味していた。
「そう来なくてはな」
景丹は突騎を一気に突入させた。それにより敵軍は対応不可能となり、一気に崩壊した。数千級が斬首されることになった。
劉秀軍は勝利に沸いた。劉秀は景丹の働きを称え、
「私は突騎が天下の精兵だと聞いていたが、今その戦いを見た。この喜びを言葉にできようか」
と言った。
(それにしても馮異の戦は上手い)
戦況を眺めて、馮異がとても細かく配慮した戦を行っていることに気づいた。景丹が突入できるように相手の動きを誘導したのもそうだが、突入した後に一旦、馮異は前進させた諸将に前に出過ぎないように指示を出している。
敵軍に突入した景丹とぶつからないためである。
(しっかりとした戦術を持って相手を破った)
恐らく今、軍の中で臨機応変さという部分で一番に抜きん出ているのは馮異であろう。
劉秀はそう思いながら馮異を始め、他の諸将も労っていった。そんな中、耿純が劉秀に進言した。
「久しく鉅鹿を包囲を続けますと、士衆が疲弊してしまいます。今、我が軍が旺盛で鋭気があるこの機に乗じて、邯鄲に進攻するべきです。もし王郎が誅殺されたら、鉅鹿は戦わなくても自ら服しましょう」
劉秀はこの意見に従うことにした。
劉秀は将軍・鄧満を留めて鉅鹿を包囲させ、自ら軍を率いて邯鄲に進むことにした。
王郎との戦いはもうすぐ終わろうとしていた。




