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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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上谷と漁陽

 薊で劉秀りゅうしゅうと離れた耿弇こうえんは北の昌平に向かって走り、父・耿況こうきょう(上谷太守)を頼った。


 耿弇は父に対し、邯鄲を撃つように説いた。


王郎おうろうがこちらに兵を出し、ここら一帯を支配しようとしています。そうなれば父上のお立場も脅かすことでしょう」


「だが、逆にこちらが孤立する可能性もある」


 この時、王郎は将を派遣して漁陽、上谷を攻略しようとしており、それらの地で急いで兵を集めていた。北州は動揺し、多くが王郎に従おうとしていた。


 上谷郡の功曹・寇恂こうじゅんや門下掾・閔業びんぎょうらも耿況に説いて言った。


「邯鄲(王郎)が抜起(突然興起すること)しましたが、信用できません。大司馬(劉秀)は劉伯升(劉縯)の同母弟であり、賢人を尊んで士にへりくだっておられます。その方であれば、あなた様もよく用いられるはず、大司馬に帰順するできです」


「邯鄲はまさに盛んな時であり、単独の力では対抗できない。どうするべきだ?」


 元々剛毅でありながら抜け目もない寇恂が答えて言った。


「今の上谷は完実(充実)しており、控弦(戦士)が万騎もおりますので、去就をよく選ぶことができます。私は東に赴いて漁陽と斉心合衆(心を一つにして衆を合わせること)を約束することを請います。邯鄲は憂慮する必要がありません」


 耿況は納得して漁陽太守・彭寵ほうちょうと同盟の約束をするために寇恂を東に派遣した。


 その頃、安楽令・呉漢ごかん、護軍・蓋延こうえん、狐奴令・王梁おうりょうらが彭寵に劉秀への帰順を勧めていた。


 彭寵はこれに賛成しつつも官属が皆、王郎に附くことを欲したため、決断できなかった。


「決断が遅ければ、遅いほど時期を逃してしまう」


 蓋延はいらつきながらそう言うと王梁も頷く。一方、呉漢は特に何も言わず、外出した。外亭(城門外の亭)を尋ねるとそこに一人の儒生がいることに気づき、彼を招いて食事を与えた。


 呉漢は儒生に見聞してきたことを問うと、儒生はこう答えた。


「大司馬・劉公は通った場所で郡県から称賛されています。邯鄲で尊号を挙げた者は、実は劉氏ではございません」


「汝にやってもらいたいことがある」


 呉漢は彼に劉秀の書を偽造して漁陽に檄文を儒生が使者と称してそれを持って、彭寵を訪ねさせた。見聞したことを詳しく伝えさせ、檄文の内容を伝えた。


 これにより彭寵は劉秀に従うことにし、兵の準備を始めさせた。


 ちょうどそこに寇恂が到着した。


「上谷太守がこちらと連携すると言うのか」


 朗報であると彭寵は喜び、歩騎三千人を動員して、呉漢を行長史(長史代理)に任命。蓋延、王梁と共に兵を指揮させることにした。


「寇恂殿は上谷太守の元に戻り、同意した旨をお知らせ下さい」


「承知した」


「では、我らは先に出陣します。薊で合流しましょう」


「呉漢殿。薊は邯鄲の支配下にありますぞ」


 困惑する寇恂に呉漢は言った。


「なのでこちらで薊を攻め落とします」


 呉漢はそう言うと南の薊に向かった。


「薊を攻め落とし、なで斬りにする」


「そこまでするのか?」


 蓋延が困惑する。いくらなんでもそこまではしなくても良いと思ったからである。呉漢は言った。


「この地は大司馬のお命を脅かした地、ここへの対応を持って、大司馬への手土産としたい」


「なるほど……」


 呉漢は二人を先鋒として、薊を攻めさせた。


「主上のお命を脅かすなど、万死に値する」


 彼はそう呟いた。


 呉漢の軍は命令通り、苛烈な攻撃を持って瞬く間に薊を攻め落とし、薊を守っていた王郎の大将・趙閎を殺した。


 寇恂は上谷に還ってから、上谷長史・景丹けいたんおよび耿弇と共に兵を指揮して南に向かい、薊へ向かった。


「これは……」


 既に薊は陥落しており、複数の兵が掃除を行っていた。


「上谷の方々でございますか?」


 呉漢が自ら城門まで出迎えた。


「左様でございます。しかしながらこの惨状は?」


「邯鄲の者に属す兵を皆殺しにしました。民衆も逆らう者は殺し、従う者は許しました」


「ここまでやる必要があったとは思えませんが?」


 寇恂は目を細めながらそう言うと呉漢は答えた。


「これを持って大司馬の手土産でございます」


「そのような手土産を喜ぶ方ではないと思います」


 耿弇が咎めるように言った。


「お優しい方でございますからな。だからこそ……」


 呉漢の後の言葉は彼が背を向け、城に戻っていったため、聞き取れなかった。


「だからこそ、我らが代わりにあの方の怒りを、憎しみを、殺意を、代弁し実行せねばならない……」







 合流した両軍は進軍を開始した。


「先ほどの薊攻めでお疲れのことから思いますので、我らが先鋒を担いましょう」


 寇恂が主導的に上谷軍を先鋒にし、途中で出会った王郎軍を撃ち、大将、九卿、校尉以下、三万級を斬首していった。涿郡、中山、鉅鹿、清河、河間の二十二県を平定を行っていった。


 寇恂は景丹率いる騎馬隊を的確に運用し、敵軍を破ると同時に攻め落とした土地の混乱をすぐさま、なだめ落ち着かせ、平穏をもたらしたため、下手な抵抗を受けることはなかった。


 軍事、行政どちらも行える人と言えるだろう。


 上谷と漁陽の軍が前進して広阿に至った時、城中に多数の車騎がいると聞いた。景丹が兵を整えて、


「それはどこの兵だ?」


 と問うと、城の守備兵が、


「大司馬・劉公です」


 と答えたため、二郡の諸将は喜んで城下に進んだ。


 一方、広阿の城内では二郡(上谷・漁陽)の兵が邯鄲(王郎)のために来たという噂が流れていた。そのため皆、恐怖した。


「上谷太守の子である耿弇がそれを許すとは思わないが……」


 劉秀は自ら西の城楼に上り、念のため兵を整えてからやってきた城下の二郡の軍へ問うた。すると耿弇が現れ、城下で劉秀を拝した。


「そうか君のおかげかあ」


 劉秀はすぐに耿弇を招き入れた。


 耿弇が兵を発した状況を詳しく説明すると、劉秀は景丹らも全て招き、笑ってこう言った。


「邯鄲(王郎)の将帥が何回も『我々は漁陽、上谷の兵を発した』と嘯いており、私も聊応(とりあえず応えること)して『我々も既に(漁陽、上谷の兵を)発した』と言った。二郡が本当に私のために来てくれるとは思わなかったよ。正に士大夫とこの功名を共にしよう」


 劉秀は景丹、寇恂、耿弇、蓋延、呉漢、王梁を全て偏将軍に任命し、戻って自分の兵を指揮させるとした。


 耿況と彭寵には大将軍を加え、耿況、彭寵、景丹、蓋延を列侯に封じる旨を述べた。


 諸将にそれぞれ劉秀は自ら握手を行い、労う中、呉漢の前に来たとき、僅かに恐れを見せた。ほんのわずかの変化であり、気づいたのは朱祐しゅゆうだけであった。


(珍しい……)


 劉秀は基本的に誰に対しても明るい。嫌なやつでもにこにこと笑いながら話せる人である。それにも関わらず、僅かに呉漢に対してだけは恐れを抱き、あまり近づきたくなさそうにした。


「問題のある男なのか?」


 朱祐は人物眼に関して天賦の才を持っていると思っている鄧禹に呉漢を見てもらうことにした。すると鄧禹は呉漢と話して、彼の為人は朴質忠厚で言辞が少なく、言葉に吃りがあるものの、冷静沈着(沈厚)で智略がある評価した。


「そうか。明公にも同じように言ってもらいたい」


 鄧禹は頷き、同じ内容を劉秀に述べた。劉秀は頷き、今後、活用していく旨を述べて彼を下がらせると耿弇を呼んだ。そして、呉漢への評価を聞いた。だいたいは鄧禹と同じような評価を述べたが、苛烈であるという評価を鄧禹とは違い、述べた。


「苛烈……どういったことで苛烈だったのかな?」


 耿弇は薊でのことを話した。


「わかった。ありがとう……」


 劉秀は彼を下がらせた。そこに朱祐がやってきた。


「呉漢の評価を聞いたのか?」


「そうだよ」


「なら、安心できただろう」


 劉秀は朱祐の配慮によって鄧禹が呉漢への評価を述べたことを理解した。


「そうだね……なんとなくわかった気がするよ……」


(恐らく、僕が呉漢を恐れたのは……彼が自分のやりたいことをやってくれたからだと思う……まるで自分の考えがわかっているようで……)


 彼は目を細めながらそう思った。




 



劉秀の愉快な仲間たち紹介。


代弁者・呉漢

挫折無き貴公子・耿弇

難攻不落・寇恂

突撃将軍・景丹

傲慢にして号泣の人・蓋延

慣れないことをするものではない・王梁

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