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銅馬が征く  作者: 大田牛二
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出会い

 突然の暴言に唖然としていた劉秀りゅうしゅうはその後にきた年下の少年……鄧禹とううに声をかけられ、意識が戻った。


「ああその方は恐らく彊華きょうかでしょう」


「彊華?」


「ええ、学舎では奇人と言われる一人で、大変口の悪い男です。私なんか糞餓鬼失せろと言われましたからね」


 鄧禹はそう言って笑った。


(そうなのか……)


 少しだけほっとした気持ちになった。


 鄧禹は劉秀に学舎の色んなところを案内し、受付の仕方まで教えてくれた。


「ありがとう。君のおかげで助かったよ」


「いえいえ、同郷の好ですよ」


「なるほど、私には二人姉がいるのだが、一人は新野の鄧晨とうしんの元に嫁いでいるんだ」


「ほう同じ鄧氏ですか」


「そう、親戚かい?」


「さあ、あの辺は鄧氏が多いので」


 春秋時代のあの辺には鄧という国があり、それが氏となって残ったのである。


「文叔さんは何を学ばれるのですか?」


「『書』を学ぼうと思っているよ」


「『書』ですか。いいですね。私は『詩』について学んでいます」


「『詩』かあいいね」


 二人は笑い会う。


「そう言えば、同郷で学舎に劉氏を母としている者がいたかと思います」


「ほう、その者の名は知っているかい?」


 同郷の者でしかも親戚関係がある人がいるとは思わなかったため、信じようと思った。


「確か……朱祐しゅゆう、字は仲先という方です」


「わかった。会ってみるよ」


 そう言って、劉秀は彼と離れると朱祜を探すついでに自分が受ける講義の確認や、学友たちと話したりした。


「あそこに朱仲先がいるよ」


「ありがとうございます」


 机に書を広げている男……朱祜に劉秀は近づき声をかけた。


「あの朱仲先ですか?」


「ああ、そうだが?」


 朱祐が振り向いてそう言った。


「私は南陽の劉秀といいます。挨拶しようと思いまして」


「そうでしたか。では、講義がありますので」


 そう言って立ち上がると朱祐は去っていった。


(おや、嫌われてしまったようだ)


 同郷の友人ができると思っていたが、仕方ない。それでも残念であった。


 そう思いながらため息をついて庭に出ると笑い声が聞こえた。


「やあ」


 声をかけられ、劉秀は上を見上げる。木の上に白い仮面を被った男がいた。


「ふふ、嫌われたようだね。ねぇどんな気持ち?」


 くすくすと仮面の男は笑う。


「なんですか。あなたは?」


 不快な表情で劉秀は突き放したようにいう。


「ふふ、僕はねぇ」


 仮面の男は木から飛び降りる。


厳光げんこうって言うんだあ。よろしくね」


 彼は手を伸ばし、握手を求めた。


「ああ、うんよろしく」


 劉秀は手を伸ばし握手した。その瞬間、厳光は彼の手を引き、彼を引き寄せて顔を近づける。


「わあ、いい人相してるねぇ。たくさん人を殺す人相だあ」


 劉秀は驚き、瞠目する。


 厳光は手を離すと離れていく。


「じゃあね。また会おね」


 そう言って彼は去っていった。


「なんなんだ。一体……」


 色んな会ったことの無い者たちと会ったことで困惑しつつも劉秀の学舎での生活は始まった。














「やあ」


(また来たのか……)


 朱祐は辟易しながら声の主を見た。声の主は劉秀という男である。数日前に学舎に来てから自分を見つける度に声をかけてくる。正直、煩わしい。


(あの劉縯りゅうえんの弟だ)


 劉縯はよからぬ者たちと付き合っていることで有名であり、真面目の塊のような朱祐は彼に関わらう存在に近づきたくなかった。


「おはようございます。講義がありますので失礼します」


 自分でも無礼だと思いながら立ち去る。


「もう、講義なんて嘘ばかり言って」


 そう言って声をかけてきたのは鄧禹である。


「あれは劉縯の弟だぞ」


「知っているさ。でもだいぶ性質の違う人だよ。きっとあなたと仲良くなれる人だよ」


「なぜ、そう言い切れる?」


「だって、あの人も彊華に罵られたんだって。しかも学舎に来た初日に」


 鄧禹が笑う中、朱祐は彊華の名を聞いて苦々しく思い出す。彼は彊華に「石頭」と罵られたことがある。


「取り敢えずきちんと話してみなよ。いい人だからさ」


 そう言って鄧禹は立ち去った。


(話か……大人気なかったのは事実だしなあ)


 劉秀に対して冷たすぎたと反省した彼は劉秀にそのことを謝ろうと思った。そのまま彼は劉秀を探した。


「確か市場の方へ行ったよ」


「教えていただき、感謝する」


 さっそく彼は劉秀がいるという市場に向かった。そこで彼は驚くべき光景を見た。


「薬は~薬はいらんかねぇ~」


 劉秀が蜜で作った薬を路上で売っている姿である。それを見て思わず朱祐は固まった。


(な、何をしているんだ……)


 固まっていると劉秀がこちらを向き、目があった。朱祐は後ずさる。それを見て劉秀は近づく。再び朱祐は後ずさる。また、劉秀は近づく。


 朱祐は逃げた。一刻後、


「なんで逃げるのさあ」


 劉秀は頬を膨らませて朱祐を責める。


「それは……それよりもなんでこんなところで薬を売ってるんだ?」


「いやあ実はさあ、道端で腹を抱えて苦しんでいる男の人がいてさ」


 それは市場で買い物をしている時であった。道端で突然腹を抱えて苦しんでいる男がいた。劉秀は心配になって話しかけると、


「この腹の痛みを取るには金がいるって医者に言われたらしいんだ。だからお金を渡したら学費が足りなそうになってさ」


「君は馬鹿か?」


 あはははと笑う劉秀に向かって思わず、朱祐は言ってしまった。


「騙されているぞ」


「いやあ本当に苦しんでたって、苦しんでいる人を助けるのがかっこいい人だって僕の憧れの人が言ってたし」


「そ、そうか……」


 朱祐は苦笑いを浮かべながらため息をつく。


「そう言う君こそ、ここで何してるのさ?」


 劉秀がそう聞くと彼は恥ずかしそうにしながら答えた。


「その、冷たい態度を取ったからな。それを……謝ろうと思って……」


「うん、よおく覚えているよ」


「その、すまなかった」


「いいって、僕も忘れることにするからさ」


 頭を下げる朱祐に劉秀はそう言って気にしないと言った。


「そうか……良かった……」


 ちなみに劉秀は朱祐に冷たくされたことをずっと覚えており、皇帝になった後、朱祐の家に遊びに行った際、こう行った。


「君は講義だと言って私を置いていったりしないだろうね」


 茶目っ気の溢れる人である。


「ついでに一緒に薬を売ろうよ」


「えっ、それはその遠慮したいというか……」


 朱祐は目をそらしながらそう言う。


「まあ、そうだよね。冷たくされた君に一緒に頼もうとした僕が可笑しんだよね……」


 じゃあ戻るねと行って去ろうとする劉秀を朱祐は引き止める。


「待ってくれ、わかった一緒にやろう。そうしよう。いやそうしたいです。はい」


「わあ、ありがとう」


 劉秀はにっこりと笑い、朱祐を連れて薬を売って行った。


「結構、売れたねぇ」


「そうだな。文叔の元には不思議と人が集まる」


 ほとんど薬を売れたのは劉秀の力によるもので自分は何もできなかった。


「私が手伝うこともなかったな」


 正直、悔しくあった。緊張してあまり売ることができなかった。


(学問だけでは通用しないってことか)


 そう思っていると劉秀は首を振った。


「そんなことはなかったさ。僕は君と一緒にできて楽しかったよ。一緒に何かやるって楽しいよね」


 光輝く笑顔で劉秀がそう言うのを見て、思わず朱祐は微笑む。


「そうだな。その通りだ」


 二人は笑いあった。


 皇帝となった後、劉秀は共に薬を売った思い出について朱祐と語り合い、蜜を舐めて、


「一緒に売った蜜とこの蜜、どちらが美味しいと思う?」


 と、聞いたそうである。


 このように二人は無二の親友として共に歴史の表舞台を駆け抜けていくのである。













「僕さ。厳光って言う人にもあったんだけど知っている?」


「ああ、あのもう一人の奇人か、あれも彊華と同じように学舎では奇人として知られている」


「それでさ、二人って誰の元で学んでいるの?」


 劉秀は一度会ってから二人には全然会っていなかった。同じ学舎にいるにも関わらずである。


「そう言えば、私も知らないなあ。二人は誰を師として学んでいるのだろうか?」













 彊華は一人、学舎の中を歩いている。そしてある部屋の前に来ると戸を開けて入っていった。中は暗かった。その暗さはまるで闇のようであった。


「相変わらず暗いねぇ」


 ()()は戸を閉めた。


「黙れ」


「はあい」


 暗い部屋の中、ふと明かりが灯った。その明かりから見えるのは黄色い服の男。


「来たな()()()


 黄色い服の男は笑う。


「で、どうだった?」


「どうとは?」


 彊華が聞き返すと黄色い服の男は笑った。


「ほら、彊華が偽善者って罵った彼だよ」


「黙れといっているだろ」


 いらつきながら彊華は座り、黄色い服の男を見る。


「で、あれがなんだと言うのだ?」


「英雄だ。新たな戦乱の渦の渦中に投じることになるな」


 黄色い服の男の言葉に彊華は鼻で笑う。


「英雄だと、あれがか?」


「そうだ」


 彊華は忌々しそうに黄色い服の男を見る。


「やれやれ、そのような目で見てくるとは、命を助けてやった恩人だというのに」


「屑が」


 黄色い服の男は肩をすくませる。


「だめだよう。そんなこと言ったら」


 仮面を付けながら厳光は言う。


「今はほら好感度を上げてるときなんだから、大人しく聞かなきゃ。そして油断したところを後ろからぷすりとするんだからさ」


「全部聞こえているぞ」


 やれやれと黄色い服の男がため息をつくと言った。


()()に課題を出す」


「課題?」


 厳光が首をかしげる。


「そうだ。お前たちがそれぞれ課題としていることである人の本性についてを考え、英雄の本性を通じて、学ぶこと。それがお前たち()()に出す課題だ」


「へぇ」


「ふん」


 厳光は目を細める。


「やり方はそれぞれに任せる。どんなやり方を取っても構わない。対話を通して把握するのもよし、心をへし折るのもよし」


 黄色い服の男はにやりと笑う。


「さあ、思う存分に自由にやるといい、せっかく英雄と同じ時に生きているのだからな。存分に活かすといい」


「わかったあ」


 厳光は立ち上がり戸に向かう。


「じゃあ行ってくるよ」


 ひらひらと手を振る。


「くだらぬ」


 そう言って()()は戸を開けた。


「もう、せっかちなんだからあ」


 厳光は仮面を取り外しながら言う。


「さて、人の本性が悪っていうことを英雄の心をへし折って見てみるとしようかな」


 取り外された仮面を見ながら彊華は言う。


「黙れ、人の本性は善だ」


 彼は目を細めた。



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