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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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逃走

 王郎おうろうによって河北に混乱がもたらされる少し前、上谷太守・耿況こうきょうは息子の耿弇こうえんに上奏文を持たせて長安に派遣した。以前の使者の態度から太守の地位を守れているのかがわからないためである。


 耿弇が宋子に至った時、ちょうど王郎が挙兵した。耿弇の従吏である孫倉と衛包は、


「劉子輿は成帝の正統です。これを捨てて帰順せず、遠くに行って何をすると言いましょうか」


 と言って帰順を進めた。


(こいつら何を言ってるんだ)


 耿弇は剣をつかんで言った。


「劉子輿を名乗る者は弊賊(敗賊)だ。最後には降虜になるだろう。私が長安に到れば、国家に上谷、漁陽の兵馬について述べ、帰ったら突騎(勇猛な騎兵)を動員し、枯木を倒すように烏合の衆を蹂躙することになる。汝らが去就を識らないところを観ると、族滅は久しくないぞ」


 彼はこの状況での挙兵から既に劉子輿を名乗る者に正義がないと考えていた。なぜなら新王朝打倒で各地が挙兵した時に挙兵せずにここまで潜伏して今になって挙兵したことからでもわかるではないか。


 しかしながら孫倉と衛包は逃亡して王郎に降りに行ってしまった。


「さて、どうしようっかなあ」


 耿弇は難しい顔をしながら呟く。あの二人と同様に河北は劉子輿を名乗る者に従っていくだろう。そうなれば長安にたどり着いたところで上谷は滅ぼされる可能性が高く、長安から討伐の兵を挙げる頃には河北の守備が固められそう簡単に討伐することも難しくなる。


(河北が動揺している間に対抗勢力を河北に築かなければ、この状況を打開するのは難しい)


(そう言えば、河北には劉文叔がいたはず……)


 彼を盟主にして対抗しよう。そう考えた彼は情報を集め、劉秀りゅうしゅうが盧奴(県名)にいると聞き、北に駆けて謁見した。


「私は上谷太守・耿況の子・耿弇、字は伯昭と申します」


「おお、これはこのようなところまでわざわざ来てくれるとは……」


 劉秀は若い客人に笑顔で迎え入れた。


(これが劉文叔か……)


 これが百万の大軍を破った人かと思いながら耿弇は今が緊急事態であることを伝えなければならない。


「ご報告があります。現在、邯鄲にて劉子輿を名乗る者が挙兵し檄文を飛ばして勢力を広げようとしています。あなた様にはこの河北の混乱を収めていただきたい」


 彼の言葉に劉秀は驚き、髭を撫でながら考え始めた。


(ここで長考に入ると不利になる)


 耿弇は素早く状況を打開するために動いて欲しいと考え、焦る。


 劉邦であれば、先ず臣下に対して「どうする?」と尋ねるか、方針をすぐさま言うだろう。それに対して臣下たちがわちゃわちゃと意見を述べて方針の決定と修正を行う。


 後世の劉備であれば、彼は無理と判断すれば脱兎のごとく逃走を選ぶだろう。


 劉秀はここで長考に入る。そして周りは彼の言葉を待つ。劉邦に比べると組織としての伸びやかさがなく、劉備に比べると組織としてのまとまりがある。それが劉秀たちである。


「よし先ずは君を署(大司馬府)の長史に任命して、共に北の薊への道案内を行ってもらいたい。どうかな?」


「はっ喜んで」


 薊はかつて燕の都でそこそこ規模の大きい場所になっている。


(だが、できれば上谷に向かって欲しい……)


 父は絶対に邯鄲へは従わない。そのことをわかっているだけにもどかしいが、現在は劉秀と初めて会ったばかりで信頼関係は築けていない。そのため進言がしづらい。


 劉秀の臣下たちはもはや官僚と化しているように耿弇は感じている。そのため意見を言いづらくなっている。


 薊に入るとそこには既に王郎が檄文を飛ばして劉秀に十万戸の懸賞をかけていた。この状況に劉秀はここに留まるのは危険と判断して王霸おうはに命じて市中で人を募らせようとした。


(甘い……)


 劉秀が邯鄲の勢力を甘く見ているように感じてもどかしさを感じながら耿弇は進言しなかった。


 ここまで劉秀にしてはらしくないほどの鈍さがある。これは恐らく早々に耿弇と会い、彼が劉秀支持を表明したため、邯鄲に従わない者も多いだろうという意識が生まれてしまったためであろう。


 王覇は命令通り、兵の募集をかけたが、市の人々は大笑いし、手を挙げて邪揄(揶揄。嘲笑)した。王霸は恥じ入って引き上げた。


 彼の顔色の悪さから兵を集めるのが難しいと判断した劉秀は薊を出て南に帰ることを考えた。兵がいなければ対抗できないと考えたためである。しかしながら、


(それでは困る)


 耿弇はそれを止めた。


「今、兵は南方から来ましたので、南に行くべきではありません。漁陽太守・彭寵ほうちょうはあなたの邑人で、上谷太守は私の父です。この二郡の控弦(弓を引く士。転じて戦士の意味)万騎を発すれば、邯鄲(王郎)は憂慮するに足らないでしょう」


(南に変えれば、邯鄲の勢力の駆逐は難しくなる)


 そう考える耿弇に対して、劉秀の官属や腹心は皆、反対した。


「死ぬとしても故郷の南に頭を向けるものです。なぜ北に行って囊中(袋の中)に入るのでしょうか」


 漁陽と上谷は北が塞垣(辺塞)に接し、袋の中に入るように路が狭くなっていたため彼らはこういう表現で諌めたのである。


 しかしながら劉秀は耿弇の言葉にこそ活路があると考え、彼を指さして、


「彼は北道の主人である」


 と言い、耿弇の進言に従うと宣言した。


 北道の主人というのは、北道を通る者を客とみなして受け入れる主人のことである。劉秀の言は、北道の主人である耿弇を拒否して南に還るわけにはいかないということを意味している。また、彼が一番、河北の状況を把握していると判断したための言葉であろう。


(流石は劉文叔)


 先ほどまでは状況把握の甘さから評価を下げていたが、自分の意見に賛成してくれた評価を改めた。


 劉秀が納得しない皆を説得しようとした時、


「将軍、大変です」


 傅俊ふしゅんが駆け込んできた。ちょうどこの時、元広陽王の子・劉接が薊の城内で挙兵して王郎に呼応したのである。


 劉接が挙兵したため、城内が混乱して人々は互いに驚恐した。


 更にこの時、邯鄲の使者が到着したという噂が流れた。二千石以下の官員が使者を迎え入れるために全て城外に出た。


 劉秀はこの隙を突いて、車を駆けさせて城外に逃げることにした。


「ここは北か西の門へ」


 耿弇がそう進言した。だが、劉秀はそれに同意しなかった。


「相手も北か西の門へと向かい、逃走すると考えて兵に守りを固めさせているはず、優先順位が低いと思われる南の門から逃げる。だから、君は東門から……」


 そこへ劉接の追ってが現れ、襲いかかる。それによって耿弇は劉秀たちから離れてしまった。


「ああ、くそ、南門から逃げるってことは結局、南へってことじゃないか……」


 劉秀は自分の意見に同意したではないか……


(いや待てよ……将軍は私に東門へと言おうとしていた。つまり東門から逃げて私が父上の元に戻ってもらいたいということではないか……)


 この状況で上谷へ向かうことを困難と判断したため、自分の意見を採用しつつ上谷を説いて反邯鄲の勢力を構築してもらいたいってことだろうか。


「それしかない……」


 しかしながら劉秀が死ねば、元もこもなくなってしまう危険な判断である。


(信じるしかない)


 劉秀と合流するのは難しい。ならば自分のできることをやるしかない。


 そう考え彼は脱出すると上谷へ向かった。


 耿弇と離れてしまった劉秀は臣下たちと共に南の門へ向かった。しかし門は既に閉められていた。


「閉められています」


「閉められていると言ってもこの時点では兵力はあまりないはずだ」


 劉秀は門を力攻めで攻め、無理やり脱出した。


「これは想像以上に大変かもしれない……」


「将軍、追ってが」


「わかってる……南へ逃げるよ」


(耿弇は若いが計算高い人物だ。上手く逃走できているはず、彼と離れてしまった以上、南へ逃走しなければ皆が納得して付いて来てくれるのが難しくなる)


 できれば彼らを説得する時間が欲しかったがその時間がなかった。耿弇の策が上手くいけば、北にこちらへ従う勢力を作れる。その間に河北の南部で勢力を作れれば……


 上手くいく保証はないが今はこれに賭けるしかない。


 劉秀はそう考えながら南へ駆けた。





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