更始政権
王莽が死んだ頃、彼が派遣した揚州牧・李聖と司命・孔仁の兵を破るため朱鮪が軍を率いて山東に向かった。
「新軍に対し、王莽が死んだことを伝えて戦意を削ぎましょう」
そう進言したのは岑彭である。彼は劉縯が死んだ後、朱鮪の元で校尉となっていた。
「よかろう、それに従う」
王莽の死を知るや彼らの士気は落ち、彼らは漢軍に敗れた。李聖は戦死し、孔仁はその衆を率いて投降したが、その後、彼は嘆息して、
「人の食(俸禄)を食した者がその事(仕えた人の事業)のために死ぬものだと聞いている」
と言い、剣を抜いて自分を刺して死んだ。
曹部監・杜普、陳定大尹・沈意、九江連率・賈萌は皆、郡を守って降らず、漢兵に誅殺されていった。賞都大尹・王欽と郭欽(郭欽は虎将の一人)は京師倉を守っていたが、王莽の死を聞いて降った。
更始帝は二人の義を認めて封侯した。
更始政権の定国上公・王匡が洛陽を攻略し、王莽の太師・王匡や哀章を生け捕りにしました。どちらも宛に送られてから斬首された。
十月、奮威大将軍・劉信が汝南の劉望を撃って殺した。それによって厳尤、陳茂も併せて誅殺され、郡県が全て降った。
劉信は大司徒・劉賜の兄・劉顕の子である。
更始帝が北の洛陽に都を建てることにした。
同時に劉秀へ命令が下り、司隸校尉の職務を代行させ、あらかじめ洛陽に派遣して宮府を修築させることにした。
「おやおや、命令が来ちゃったよ」
「まあ命令ならば従わないわけにもいかないだろう」
朱祐の言葉に劉秀は頷き、洛陽に出発した。
劉秀はまず自分の僚属を置き、所属の県に文書を送り、従事(事務。政務を処理すること)・司察(監察)を全て旧章(漢の制度)に戻した。
その際に彼は自分の臣下たちを呼んだ。
「そろそろ、集めても大丈夫だろう」
そう考えたためである。
三輔の吏士が東に出て更始帝を迎えた。
更始軍の諸将が通過したが、皆、幘を被り(「幘」は頭巾。卑賎で冠を被らない者が幘で頭を覆う)、婦人の衣服や諸于(女性が羽織る服。女性用の長袍)・繡镼(刺繍がされた女性用の半袖の上着)を着ていたため、それを見て笑わない者はおらず、中には畏れて逃げ出す者もいた。
そんな中、司隸・劉秀の僚属が通るのを見ると、皆、歓喜を抑えることができなくなり、老吏の中には涙を流して言った。
「今日、再び漢官の威儀を見られるとは思いもしなかった」
服装だけでも人の心は掴めるものである。
更始帝は北の洛陽に都を定めると、使者を各地に送って郡国を巡行させ、こう告げた。
「先に降った者は爵位を復す(封爵と官位をそのままにする)」
その使者が上谷郡に至った。
上谷太守で扶風の人・耿況が使者を迎え入れて印綬を献上し、使者がそれを受け取った。ところが、一宿しても使者は印綬を耿況に返そうとしなかった。
そこで功曹・寇恂が兵を率いて使者に会いに行き、印綬を請うた。。使者はやはり印綬を与えず、
「天王の使者を功曹が脅そうというのか」
と言った。すると寇恂は言い返した。
「使君(使者に対する敬称)を脅かそうというのではありません。心中であなたの計が周到ではないことを惜しんでいるだけです。今は天下が定まったばかりで、使君が節を立てて命を奉じておりますので、郡国では頸(首)を延ばして耳を傾けない者がいません。今回、上谷に至ったばかりにも関わらず、真っ先に大信を失墜してしまったら、何をもってまた他の郡に号令できましょうか」
使者が応えないため、寇恂は使者の左右に従う者を叱咤し、使者の命と称して耿況を招かせた。
耿況が来ると、寇恂は進み出て使者から印綬を奪い、耿況に帯びさせた。
使者はやむなく皇帝の命に則って詔を下した。耿況は太守の任命を受け入れると帰っていった。
「これでは更始帝とやらの器量は高が知れていますね」
耿況の息子である耿弇が言った。
「ふむ、確かにな」
「なんとなくですが、まだまだ世の中は荒れそうです。きっと新たな英雄が出てくるような気がしますねぇ」
(それは一体、誰なのか。それをどれだけ早く見つけることができるかどうか……)
彼はそう目を細めた。
この頃、宛の人・彭寵と呉漢が漁陽に亡命していた。
同郷の人である韓鴻が更始帝の使者になって北方の州を巡行し、皇帝の命によって彭寵を偏将軍・行漁陽太守事(漁陽太守代理)に、呉漢を安楽令に任命した。
「時が近づきつつある」
黒い外套をはためかせ、呉漢は呟く。
「早くお会いしとうございます。敬愛すべき主上よ……」
彼は天に向かって祈りを捧げた。
更始帝が使者を送って赤眉兵を投降させようとした。
樊崇らは漢室が復興したと聞き、その兵を留めて、渠帥二十余人だけを率いて使者と共に洛陽に入り、更始帝に降った。全て列侯に封じられた。
しかし樊崇らはまだ国邑がなく、待機している衆人の中から離叛する者も出始めたため、赤眉の営に逃げっ帰った。
王莽が任命した廬江連率・潁川の人・李憲が郡を拠点に守りを固め、淮南王を称した。
元梁王・劉立の子・劉永が洛陽を訪ねた。
更始帝は劉永を梁王に封じた。都は睢陽である。
「詐欺師は死に、天下は再び揺れ動こうとしている」
黄色い服の男が二人に対してそう言う。
「さあ英雄が集いし星と共に躍動する時が来ようとしている。お前たちはその英雄から何を見るのか。それを楽しみにしているぞ」
二人が答える間もなく男はどこぞへと消えた。




