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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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19/98

劉歆

 新の衛将軍・王渉(曲陽侯・王根の子)は以前から道士・西門君恵(西門が姓)を養っていた。


 西門君恵は天文・讖記を好み、王渉にこう言った。


「星孛(彗星の一種)が宮室を掃きました。讖文によりますと劉氏が復興することになっています。国師公の姓名がそれでございます」


 国師公は劉秀こと元は劉歆りゅうきんのことである。「歆」と「興」は中国語では近い発音になる。


 王渉はこの言を信じて大司馬・董忠に語った。


 二人はしばしば共に殿中の国師の廬(宿泊する部屋)を訪ね、星宿について語ったが、国師公・劉歆は応じなかった。


 王渉が特にこの件で彼に会いに行き、涙を流して劉歆(劉秀)に述べた。


「誠にあなたと共に宗族を安定させることを欲しています。なぜ私を信じないのですか」


 劉歆は天文・人事について語り、自分ではなく東方の勢力が必ず成功すると答えた。


 王渉はそれに対して言った。


「新都哀侯(王莽の父・王曼。王曼は漢代に哀侯という諡号を追尊され、王莽が帝位に即いてから新都顕王に改められた)は若い頃から病を被り(王曼は早死した)、功顕君(王莽の母)は元から酒を愛していたため、帝(王莽)が本当は我が家の子ではないのではないかと疑っています」


 王莽の父は体が弱く、母は酒が好きであったため、王莽は母の淫逸によってできた子であり、王氏の子ではないのではないかという疑問があったのである。


「董公は中軍の精兵を主管し、私は宮衛を領し(管理し)、伊休侯は殿中を主管していますので、もし同心になって合謀し、共に帝を強制して東の南陽天子(劉玄)に降れば、宗族を全うすることができます。そうしなければそろって夷滅(族滅)されることでしょう」


 伊休侯は劉歆の長子で劉疊のことである。侍中・五官中郎将を勤めており、かねてから王莽に愛されている人物である。


 劉歆は王莽が自分の三子(劉棻、劉泳、劉愔)を殺したことを怨んでおり、また、大禍が訪れることを恐れたため、ついに王渉、董忠と謀り、政変を起こすことを決意した。


 劉歆は成功のために言った。


「太白星が出るのを待つべきだ。それからならば、成功できるだろう」


 董忠は司中大贅・起武侯・孫伋も兵を管理していたため、政変について謀ることにした。


 しかしながら密謀というものは関わる者が増えれば増えるほど、それが他に伝わる危険性も大きくなっていくものである。


 話しを聞いた孫伋は家に帰ってから顔色を変えて食事もできなくなった。


 そのため妻が怪しんで問うと、孫伋は詳しく事情を話した。妻はこれを弟に当たる雲陽の人・陳邯に告げた。


「これでは我ら一族は殺されてしまう」


 そう恐れた陳邯は董忠らの陰謀を告発したいと考え、義兄にも訴えた。


 七月、孫伋と陳邯は共に劉歆らの陰謀を告発した。


 王莽は使者を分けて派遣し、董忠らを招いた。


 この時、董忠は講兵(武事の講習)・都肄(大訓練)をしていた。護軍・王咸が董忠に、


「謀が久しいのに発しなければ、漏泄(漏洩)する恐れがあります。すぐに使者を斬り、兵を率いて入るべきです」


 と言ったが、董忠はこれを聞かず、劉歆、王渉と省戸(官署または皇宮の門)の下で合流することにした。


 王莽は䠠惲(䠠が姓)に命じて責問させた。劉歆らは皆、罪に服すことを願った。


 中黄門がそれぞれ刃を抜いて董忠らを廬(殿中の宿泊用の部屋)に送った。


 董忠は剣を抜いて自刎しようとしたが、侍中・王望が、


「大司馬(董忠)が反した」


 と伝えた(告げた)ため、黄門が剣を持って共に董忠を格殺(撃殺)した。


 省中(宮内)が驚いて互いに情報を伝え、官員が兵を率いて郎署(官署)に集った。皆、刃を抜いて弩を引く。


 更始将軍・史諶が諸署を巡視し、郎吏に対して、


「大司馬には狂病があり、それが発したため既に誅したのだ」


 と告げて皆の武器を解かせた。


 王莽は董忠を使って凶を厭(圧)しようと欲したため、虎賁(武士)を派遣して斬馬剣で董忠の死体を切り刻ませ、それを竹器に盛った。そして、


「反虜が出た(現れた)」


 と宣伝した。


 書を下して大司馬の官属・吏士で董忠のために過ちを犯した者、造反を謀ってもまだ発覚していない者は赦すことを告げた。


 但し董忠の宗族は逮捕し、醇醯(純粋な酢)、毒薬や一尺の白刃、叢棘(荊)と一緒に一つの穴に埋めた。


 劉歆と王渉は自殺した。


 王莽は王渉が骨肉で劉歆が旧臣だったため、内部の崩壊を嫌い、敢えて誅殺を公開しなかった。


 伊休侯・劉疊はかねてから謹直であり、劉歆も今まで陰謀について劉疊に話していなかったため、劉疊は侍中・中郎将を免じて中散大夫に遷されただけであった。


 後日、殿中にある鉤盾土山(鉤盾は官署。鉤盾が管轄する土山である)の僊人掌(仙人掌。承露盤。)の傍に青衣を着た白頭公(白頭の老人。青衣は卑賎な者が着る服です)が現れた。


 それを見た郎吏は秘かに、


「国師公(劉歆)だ」


 と言った。


 衍功侯・王喜は以前から卦を得意としていた。そこで王莽が筮で占わせた。


 因みにこの衍功侯は王莽の兄の子・王永が封じられていたが、すぐに自殺し、子の王嘉が継いでいる。そのため本来は王嘉のことであるはずなのだが、記述は王喜となっている。記載が間違っているかもしくは王嘉は亡くなっており、その息子かもしれない。


 ともかくその王喜が青衣を着た白頭公について占い、こう言った。


「兵火の憂いがございます」


 王莽はそれを聞いて激怒した。


「小児にどうしてこのような左道(邪道な方術)ができようか。これは予の皇祖叔父・子僑が私を迎えに来ようと欲しているのだ」


 子僑とは王子僑のことで伝説の仙人である。同じ王氏であるため皇祖叔父と称したのである。


 王莽は軍師(軍隊)が外で敗れ、大臣が内で叛したため、左右に信用できる者がいなくなっていた。そのため遠い郡国の状況を考えることもできなくなったため王邑を呼び戻して計議しようとした。


 すると崔発がこう言った。


「王邑はもとから小心です。今、大衆を失ったにも関わらず、彼を召せば、節を守って自殺する恐れがあります。彼の意を大いに慰める方法が必要です」


 そこで王莽は崔発を駆けさせて王邑を説諭し、こう伝えた。


「私は年老いたにも関わらず、適子(嫡子)がいないため、天下を王邑に伝えようと欲している。よって、謝罪してはならず、会っても再び(敗戦について)語らないことを命じる」


 これに安心した王邑が到着すると王莽は彼を大司馬に任命した。


 また、大長秋・張邯を大司徒に、崔発を大司空に、司中・寿容侯・苗訢を国師に、同説侯・林を衛将軍にした。


 同説侯・林は恐らく元太師・王舜の子である。


 王莽は憂懣(憂愁不安)のため食事もできなくなり、ただ酒を飲み、鰒魚(鮑)を食べる生活を送った。軍書を読んで疲れたらそのまま几(机)にもたれて眠り、枕に就くこともなくなった。


 王莽の性格は時日小数(日時の吉凶を占う方術)を好み、事が切迫するとただ厭勝(神秘な力で相手を制圧する呪術の一種)を為すだけであり、使者を送って渭陵や延陵の園門の罘罳(門外に設けられた屏)を破壊し、


「民にまた(漢の皇帝を)思わせてはならない」


 と言ったり、墨でその周垣(周囲の壁)を塗って汚したりした。


「哀れなことよ」


 黄色い服の男が呟く。


「自分のしたことの罪深さを誰よりも理解しているからこそ、あのような行動に出る」


「全くねぇ」


 蔡少公さいしょうこうは笠の宝石を揺らしながら頷く。


「お前は劉氏に肩入れしているようだ。あの女子と英雄を結びつけたのは貴様だろう?」


「さあ、どうかしらね」


 彼女はそっぽを向く。


「全く、天を出し抜けたとはいえ、その子孫は決して良好な将来を持てたわけでもない。わかっていよう」


「ええ、それでも人が天を出し抜いた。そして天からそっぽを向かれていたはずにも関わらず、劉氏の王朝は蘇ろうとしている」


「だから、力を貸すと言うのか。全く天に対して喧嘩を売るのがよっぽど好きらしい」


「人を誑かしているあんたよりはいいじゃない」


 蔡少公はそう罵ると言った。


「私は力を貸しているわけではないわ。あくまで選択するのは彼らなのだから……」


「その手に持っているものを使ってか?」


 黄色い服の男の指摘を受けて、彼女は胸元を隠す。


「まあ、良い。私のみたいものさえ見れるのであれば、それの是非については問わんよ」


 黄色い服の男はそう言って、どこかへと消えていった。


 それを見て蔡少公は胸元からある物を取り出した。それには『赤伏符』と書かれていた。



因みに二人の因縁は約二百年後にも続きます。

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