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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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父城

昨日は忙しかった。埼玉に朝九時に来いと突然、言われたのです。最近、昼の一時に起きる男にである。


みんな早起き早寝は大事だぞ

 劉秀りゅうしゅうは昆陽の戦いでの勝利は天下を震わせた。


 それにより、ますます新王朝への反感は高まり、漢王朝の復興を唱える勢力も増えた。


 そんな彼らが、


王莽おうもうが孝平皇帝を鴆殺した」


 と宣伝し始めた。王莽はこれを聞くと公卿以下群臣を王路堂に集め、平帝のために命請いをした金縢の策を開き、泣いてそれを群臣に示した。


 また、王莽は明学男・張邯に命じて王莽の徳と符命について述べさせた。


 王莽がそれを機にこう言った。


「『易』にはこうある『莽(草むら)に戎(兵)を伏し、その高陵に昇り(顔師古注によると、「高陵に昇って眺望するだけで前進できない」という意味)、三歳で興起しなくなる』『莽』は皇帝の名であり、『升』は劉伯升(劉縯りゅうえん)を指すのだ。『高陵』は高陵侯の子・翟義である。これは劉升(劉伯升)と翟義が新皇帝の世において埋伏した兵になることを言っているのであり、結局、殄滅(全滅)して興隆できないのだ」


 どちらも同じように最後に新王朝に屈服するのだという宣言に、群臣は皆、万歳を唱えた。


 また東方に命じて檻車で数人を京師に送らせて、


「これは劉伯升らだ。皆に大戮(死刑)を行う」


 と言わせるなど、民衆に新王朝が万全であることを示したが、民衆はこれは嘘だ理解し、嘲笑った。


 








 劉秀は宛へ勝利の凱旋を行っていた。誰もが今回の劉秀の勝利を称えていた。


 彼はそのまま兄・劉縯の元に迎えると彼は弟を称えた。


「よくやった」


「いえ、皆の力があってこそです」


「今日ぐらいは自分を誇れ、秀」


 いつもの兄とは思えない言葉であった。


「兄上……ありがとうございます」


 劉秀は頭を下げる。


「秀、よくやった。お前がこんなにすごい弟だと思っていなかった」


 劉縯は目を細める。するとそこへ朱祜しゅゆうがやってきた。


「これより、潁川を向かい鎮圧を命じると皇帝陛下より命令が下った」


「そうか、わかったすぐ行く」


 劉秀は兄に敬礼する。


「命令を頂きましたので、行ってまいります」


「おう、優れた将軍として知られているだけにお前も忙しいようだ」


 劉縯は弟の背を叩きながら笑う。


「行ってこい」


「はい」


 劉秀は笑みを浮かべ、そう答えるとその場を去っていった。


 それが最後の兄との会話になるとは知るよしもなく……











 劉秀は軍を率いて潁川を巡って平定していき、父城(県名)を攻めることになった。しかしながら父城は中々落なかった。


 そのため劉秀は巾車郷(父城境界)に後退し、そこで駐軍した。


「思ったより、苦戦しそうだなあ」


 父城を眺めながら劉秀は呟く。今までの相手とは違う粘り強さが父城にはあった。


「できる限り、犠牲の無いようにしたいが……」


 そのための手段に頭を悩まじはじめるとそこに王覇おうはがやってきた。


「ご報告があります。兵たちが貴人のような服装の男が外にいたため、捕らえてきたとのことです」


「貴人が……なんで外にいたんだ?」


 しかも戦を行われている中である。


「それで名を聞きましたところ、信じられない名を出されまして、信じるべきかどうかに悩んでおります」


「信じられない名って?」


「この辺りの五つの県を監督している潁川郡掾・馮異ふういと名乗っていたそうです?」


 劉秀は驚いた。まさかそのような責任者が外にのこのこと出ていたと言うのか。


「取り敢えず、連れてきて」


「はい」


 こうして王覇が連れてきたのは無表情の男であった。


「あなたが馮異殿でしょうか?」


 劉秀が尋ねると馮異は無表情を一切、変えないまま答えた。


「左様でございます。私は馮異、字は公孫と申しましてこの辺の五県を官吏しているものです。はい」


 表情こそ変えないが、その声はとても明るい声であった。


「なぜ、そのような方が外におられたのですか?」


 劉秀は少し奇妙に感じながら問いかける。


「いやあ、とても良い天気でして」


 馮異は空を見上げるように上を向く。無論、無表情のままである。


「昼寝をしたら気持いだろうなあって思いまして昼寝をしていたところを捕まりました。はい」


 無表情のままでそのような呑気なことをいう馮異にしばし驚きで唖然としていた劉秀だが、気を取り直して言った。


「私は劉秀、字は文叔と申します。この度、私は潁川の平定を命じられ、参りましたが、できる限り穏便に収めていきたいと考えております。願わくば、あなたから父城の長を説得しこのあたりの地域を降伏するように勧めて頂けないでしょうか?」


「なるほど、これはこれはあの百万の大軍を破りました劉将軍とは、お会いできまして感謝感激でございます」


 声の明るさと表情が実に一致していていない馮異はすぐに返答を出さなかった。


(これは難しい相手だぞ)


 今まで会ったことの無い人である。どうもこちらの言葉が届いているのか届いていないのかがわかりづらい。


(腰を据えて説得するしかない)


 劉秀としてはできる限りの命を死なせないようにしたいと考えているのである。劉秀は降伏してくれた後の待遇や地元の民衆を傷つけることはしないといったことを細かく馮異に伝えた。


 さて、それらを無表情のまま聞いている馮異は劉秀の言葉の内容がどこまで信用できるかという部分を測っていた。


 どれほど劉秀自信が良い人物だとしても所属している勢力が好ましいかどうかは別である。そのことを踏まえて判断しなければならないため彼は慎重にかつ相手がボロを出さないかを静かに聞いていた。


 そんな風に聞いている内に馮異はわかったことがある。


(この劉文叔という方は良い方なのだろう)


 言葉のひとつひとつに誠実さを感じさせるものがある。


(頭を垂れるならば、この方であるべきか……)


 いつまでも新王朝が無事でいられるとは思えない。本来、官吏であり、王朝側の自分でもそう感じる。しかしながらこの地域を治める者として、しっかりとした者たちの治世下にこの地域の民衆を預けたい。預けるべきであると考えている。


「将軍のお言葉はご理解しました」


 馮異は頭を下げた。


「私には老母がおり、父城に住んでおられるため、帰ることを願います。五城によって功を立てて徳に報いたくございます」


「おお、馮異殿。よくぞ決断して下さった」


 自分の言葉を聞いているのか聞いていないのか。わからない状態で話していたため、彼の言葉は嬉しかった。


「それではお願いいたしたい」


「承知しました」


 馮異は開放され、返されることになった。


「本当に大丈夫か?」


 朱祜が尋ねる。


「大丈夫だと思うよ。変わった人ではあるけど、言葉に嘘は感じなかった」


 劉秀は馮異を疑いの気持ちを持たなかった。


 馮異は帰ってから父城長(県長)・苗萌びょうほうにこう言った。


「諸将の多くは暴横(横暴)ではございますが、劉将軍だけは至った場所で虜略(略奪)を行わず、その言語・挙止(挙動)を観ると、庸人(凡人)の方ではございません」


 頭を垂れるなら彼ですと彼は述べた。


「そうか。よし劉将軍に降ろう」


 苗萌は馮異のことをとても信頼しており、同意した。そして、翌日降伏しようとした時、馮異が止めた。


「なぜ?」


 問いかけると無表情で包囲する軍を見る馮異は言った。


「劉将軍がいません」


「そうか……」


 つまりは降るべきではないということである。


(嘘の無い人ではないと思っていたが……何かあったのだろうか?)


 馮異は包囲する軍を眺めながら篭城戦の継続を決定した。


 彼が知るよしなかったが、劉秀は大きな悲しみと困難に直面していたのである。



 



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