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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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挙兵

 劉秀りゅうしゅう李通りつうの元を訪ね、共に協力することを伝えた。


「それは良かった」


 李通が喜ぶ一方、劉秀は暗い表情を浮かべる。


「どうされましたか?」


「いえ……我ら兄弟の母が病に伏せているという話しを聞きまして……」


「左様でございましたか」


 李通は暗い表情を浮かべる。


「それでも兄は挙兵を進めますので、ご心配はいりません」


 劉秀の言葉に李通は首を振る。


「母上のことは大変、ご心配のことでございましょう。無理をなさらずとも結構とお伝えくだされ」


 優しい言葉である。それを傍で聞いていた李軼りいつは驚く。


「兄上、それは……」


 劉秀は李通の優しさが心に染みたが言った。


「もう決めたことです。決めたことを下手に帰るような真似をすれば、意思が揺らいでしまいます」


「そのような方であることは存じ上げている。私が心配するのは……あなたです」


 李通は目を細める。


「あなたは大丈夫ですか?」


 劉秀は目を伏せながら頷く。


「それならば良いでしょう。きっとあなたはこのことを劉伯升に対して述べたことでしょう。あなたは優しい方だ」


(違う)


 劉秀はそう言いたかったが、その言葉を飲み込んだ。


(自分はそのような者ではない)


 その思いを内に秘めながら彼は頭を下げた。


 劉秀が去ると李通は立秋の材官都試騎士の日に前隊大夫・甄阜と属正・梁丘賜(前隊はかつての南陽、大夫は太守、属正は都尉)を脅迫し、その機に大衆に号令を出して挙兵する計画の準備を進め、同時に李軼を劉秀と共に舂陵に帰らせて連携を取らせようとした。

 

 二人がやってきてから劉縯りゅうえんは身内を含めた諸豪桀を集めて討議した。


王莽おうもうは暴虐で百姓が分崩(分裂。離散)している。今、連年枯旱が続き、兵革が並び起きた。これもまた天が王莽を亡す時であり、高祖の業を復し、万世を定める秋(時)であるのだ」


 集まった者は皆、納得した。


 劉縯は親客を諸県に分けて送り、兵を挙げた。劉縯自らも舂陵の子弟を動員する。


 ところが問題が起きた。諸家の子弟が恐懼して全て(逃走して隠れたのである。理由はこうである。


「伯升が我らを殺すつもりなのだ」


 劉縯はいかがわしい者と関わっていたことからとても評判は悪かった。


 彼は劉邦を真似てここまできたが、劉邦は評判の悪い面はあったが、そこを故郷の政治的な判断によって長に据えた。


 その辺の意識が劉縯の故郷にはなかった。また、そのような政治的な判断を行う立場にいる者との親睦を結んでいなかったという痛さもあった。


 劉邦が挙兵が順調に行えたのはやはり蕭何しょうか曹参そうしんといった政治に強い者が早々に味方になれたのが大きかった。


 劉縯を始め劉邦を真似た者たちはこのあたりの意識に欠けており、劉邦の農民から立ち上がったところばかり部分を見すぎて、劉邦の真似を行う者としては二流でしかなかった。


 唯一、一流にまでいや超えてしまったとまでいったのが朱元璋である。


 話がそれた。


 このままでは兵の数が足りなくなってしまう。そう考えてきた時、劉秀が絳衣(赤い服)大冠(大冠は武官の冠。絳衣大冠は将軍の服装)という姿で現れた。


 これを知った皆が驚いて言った。


「あの謹厚(謹慎忠厚)の者も立ち上がるのか」


 人々がしだいに安心し、劉縯は子弟七八千人を得ることができた。


「見事ですな」


 そう言ったのは劉嘉りゅうかである。


「ふん、あれぐらいで何を言うか」


「全く、正直になれん男よ」


 劉嘉は肩をすくませ言う。


 その後、劉縯は賓客の部署を定めて「柱天都部」を自称した。


「柱天」は「天の柱」で、「都部」は「その部衆を都統(統領)する」という意味である。自分こそが今後の未来を支えるという意識の高さが見える。


「文叔」


 劉秀に声をかけたのは朱祐しゅゆうであった。


「仲先、来てくれたのか?」


「ああ、文叔が立つを聞いたからな」


「そうか……」


 二人が再会を喜ぶ中、劉縯らの元にボロボロとなった李通がやってきた。


「失敗しました」


 李通は兵を発する前に事が発覚した話しをして、父の李守((りしゅ)および家属を合わせて六十四人が罪に坐して処刑されたという。


「それでも正義のため、大義のために参りました」


「そうであったか」


 劉縯は劉秀に李通を労わるように指示すると義兄・鄧晨とうしんと話し始めた。


(このあたりが兄には欠けている)


 もっと優しい言葉を李通殿にかければ良いのに、劉秀はそう思いながら李通を労わった。


「私は覚悟が足りなかったようです」


 李通は力無く言った。あまりにもその意気消沈っぷりに劉秀はどんな言葉をかければ良いのかわからなかった。


「こういう時ほど、自分がまだまだ子供なのだと思うよ」


 劉秀は朱祐にそう言った。


「賊の力を借りるのは納得いかないが仕方ない」


 劉縯は李氏から得られるはずだった兵の数が足りなくなったため、族人・劉嘉を派遣し、新市、平林の兵を説得して招くことにした。


 彼等の長である王鳳おうおう陳牧ちんぼくと共に西の長聚を撃つことになった。


「牛しかありませんでした」


 劉秀の部下がそう言って連れてきた。


「牛かあ」


 朱祐はあまり良い顔をしなかったが、


「まあいいじゃないか。四足だしがっちりしているから乗りやすい」


 劉秀はそう言って牛に乗って出撃することになった。


 初陣である。朱祐は緊張した。


(初めての戦だ)


 彼は出撃前に忘れ物はないか何度も確認を取るほど落ち着かなかった。だが、劉秀は悠々としていた。


「緊張は無いのか?」


 思わず、朱祐は聞いた。


「もちろん、緊張しているさ」


 劉秀はそう答える。


「それでもやるしかないでしょ」


 彼は牛に乗ったまま、出陣した。


 奇妙な光景である牛にのった劉秀が一気呵成に敵軍に向かっていくのである。劉秀は手に持った矛を思いっきり振るった。それによって数人の兵を斬った。


 それを遠くで見た男がいた。馬武ばぶである。


「いい腕だ。餓鬼の割にはな」


 彼は既に数十人の兵を殺して、体中、返り血だらけであった。


 さて、劉秀の率いる兵たちは馬に乗って戦をする新野尉を見つけた。


「馬を文叔様に与えよう」


 そう言って兵たちは一斉に新野尉へ襲いかかって彼を殺して馬を得た。


「いい兵たちだ」


 劉秀は笑った。


 初陣を戦勝で飾った後、劉仲りゅうちゅうが合流した。


「母上が亡くなられた」


「ああ」


 劉秀は泣いた。


「兄上に報告していく」


「はい、次兄だけでも傍にいられて母上も喜ばれたと思います」


 その言葉に劉仲は静かに頷き、劉縯の元へ向かう。


 母が死んだ悲しみと共に安堵した。母が死んだことに悲しみ、涙を流せたことに。


 そのまま劉縯は軍を進めて唐子郷を屠して、湖陽尉を殺した。


「この動きは項羽のようだ」


 従軍している劉良りゅうりょうは呟いた。


「新市、平林が財物を欲して不満を持っているようです」


 そのような報告が劉縯にもたらされた。


「賊どもが」


 しかもこちらを攻め込もうとしているとまで伝えられた。


「いいだろう。相手になってやる」


 そう息巻く兄を劉秀は止めた。


「彼らは財物のみを欲しているのです。下手に争うよりも財物を渡しましょう。それで彼らは満足することでしょう」


 これに多くの者が賛同したため、劉縯は同意した。


 劉秀は宗人が得た物を集めて全てを新市、平林に渡した。彼らは喜び不満を持たなくなった。


 そんな劉秀をじっと酒を飲みながら見ていたのは馬武である。


「餓鬼の割には背伸びしやがって」


 馬武はそう呟いた。


 劉縯らは更に進軍して棘陽を攻略した。中々に順調に攻略を進めることができていたのは、四方の盗賊が数万人で各地の城邑を攻め、二千石以下の官員を殺しており、新の太師・王匡おうきょうらは戦ってもしばしば不利になっており、兵を回すことができてなかった。


 王莽は天下が潰畔(叛乱離散)し、事が窮して計が逼迫していると知ると、風俗大夫・司国憲(司国が氏)らに天下を分けて巡行させることを議論させた。


 井田制や奴婢・山沢・六筦の禁(禁令)を除き、即位以来の詔令で民の利にならない内容を全て撤回しようとした。


 この使者が派遣される前に劉秀たちは決起していた。


 この頃、新軍とてやられるばかりではなかった。厳尤げんゆう陳茂ちんもが下江兵を破った。


 成丹せいたん王常おうじょう張卬ちょうこうらは散卒を集めて蔞谿に入った。鍾・龍(三鍾山と石龍山を指す)一帯で物資を奪って部衆を再び振興させた。


 その後、軍を率いて上唐で荊州牧と戦い、大破した。


 次に劉縯は宛へ侵攻することにした。順調にいっているだけに大きな困難が劉秀たちに襲いかかろうとしていた。




 

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