第3話 ミリオン・プレイヤー
大挙して押し寄せる亡者共を、いちいち相手にしているわけにもいかない。ゾンビテストなんてものは、始まる前に終わらせるのが有能な人事なのだ。
亡者の接近を察したら、即座に閻魔帳へ問い合わせて、その亡者の個体を識別する。閻魔帳には全ての亡者の情報が記されているのだ。
名前、大学、学部、自己ピーアール……
それだけわかれば十分だ。あとは目視で確認して、トリガーを引くか、救済を与えるかを選択する。
だが基本はサーチ・アンド・デストロイ。サーチ・アンド・デストロイだ。特に、私のように一枚きりしか救済を与える聖符《聖なる内定》を持たない人事にとって、ゾンビテストを験すに値しない亡者共など、目的を果たすための障害でしかなかった。
加えて、今は夏である。すでに救済に値する亡者は聖なる内定を得て浄化されており、この時期の地獄とは、いわば、枯れ果てた鉱泉にも等しい。つまり、夏の地獄という名の遺棄された鉱山に送り込まれた人事とは、無価値な砂礫をかき分けて奇跡的に残されているかもしれない鉱脈を探す山師なのだ。
即ち、作業の基本は除去である。
私は悲壮な覚悟で襲いかかってくる亡者どもに最低限の形式的な慈悲を施した後、半ば自動的な動作でトリガーを引き続けた。
「くそ……ここも全滅か……」
亡者の大群と相対していた私は、今まさに最後の一体に祈りの弾丸を撃ち込んだ。もう、その場に動くモノはいない。百体はいただろうが、そこに私の必要とする存在はなかった。だが、私に絶望感はなかった。まだまだ序の口。百体やそこらの亡者を相手にするくらい、かつて数千体を捌いていた頃に比べれば赤子の手をひねるより容易い。
「……まだ、来るみたいだな。たった一枚でもこの効果か。これが聖符の威力か……昔よりも効果が強くなっている気がするな。こんなに集まってくるとは……」
遠くにうめき声が聞こえる。耳を澄ませば、志望動機と自己ピーアールを譫言のように繰り返している。それも一つや二つではない。
「きりがない。しかし、本当にいるのか……我が社の暗黒業務に耐えうる即戦力なんて……」
可能性は微々たるモノだろう。
だが、ゼロではない。
そして、だからこそ急がなくてはならなかった。他社の人事に先を越されるわけにはいかないのだ。誰よりも先に、どこかにいる有望な亡者を見つけ出さねば、次に亡者になるのは私である。そうに違いない。
とりあえず、近くに迫っている亡者の集団へうって出ることにした。
亡者の気配がする方へ駆け出す。
腐臭漂う街路を抜け、死屍累々を踏み越えて次の狩り場へ。
しかし、目的の場所へ辿り着いた瞬間、私は異様な雰囲気に気づく。亡者の気配が、一瞬で消え失せてしまっていたのだ。その場を覆い尽くしていたはずの悲惨な慟哭は絶えて、歓喜の涙が洪水となっている。広場に集まっていた数百の亡者は、もはや亡者ではない。彼らの額には、一枚の短冊が張り付いている。それは、聖符《聖なる内定》。彼らは、内定者となっていたのだ。
しまった。
私は舌打ちした。
「おや、同業者の方ですか?」
そこには先客がいた。
内定者たちの中心で、一人の女が聖母のような微笑みをその厚い面の皮に貼り付けていた。
夢が潰えた時、人は何に縋って生きるのだろう。
たとえば、それは「やりがい」という名の麻薬。
次回、就活オブザデッド
第4話「"ありがとう"を喰らうモノ」
やりがいに対価は必要ですか——?




