第1話 内定と弾丸
日は未だ暮れず、あくことなく働け
いずれ、誰も働くことのできぬ死が訪れる
——ゲーテ「西東詩集」
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辞令とともに渡されたのは、山ほどの弾丸とたった一枚の聖符(紙切れ)だった。
その日、私を呼び出したのは石膏像のように無表情な上司——我が社の人事の一切を取り仕切る総務部本部長であった。その感情を一切感じさせない異形は、我が社の鬼籍を握る番人に相応しい。
私は、この上司を前に萎縮していた。
本部長に呼び出されるなど、どうせろくな話ではない。最悪、解雇か。
彼は無感動な声で言う。
「遅いぞ、溝攫い」
それは私の古い渾名だった。
「四十八秒の遅刻だ」
「申し訳ありません」
「お前は、我が社が私に支払う給料を四十八秒無駄にしたのだ」
「申し訳ありません」
「しかし、遅れてくるとはいかにもコヨーテらしい」
再びその名を呼ばれて、私は気分が悪くなる。同時に悪寒も走る。
「部長、何故私を?私など、今ではただの倉庫番です」
「知れたこと」
部長は再度、辞令を突きつけてくる。
それ以上の言葉はいらなかった。
「……わかりました」
拒否権などない。断れば、私の首は即座に飛ぶだろう。
「弾丸は全て儀式祈祷済みだ。足りないようなら、倉庫から持って行け。昔お前が使っていたモノが、まだ残っているはずだ」
「……はい。しかし、聖符は……一つきりなのでしょうか?」
受け取った弾丸を鞄に押し込み持ち上げると、取っ手が千切れそうなほどずっしり重い。
「そうだ。聖符は一つきりだ。我が社も今は苦しい。昔のように、大量には用意はできん。だから、それは大切に使え。いいか、大切に使うんだ。我が社が欲しているのは、即戦力。現世の労役に容易く朽ち果てるひ弱な肉人形はいらん。わかったか、コヨーテ」
「……はい」
一枚きりの紙切れは、まさしく吹けば飛ぶような我が社の経営状態を体現しているかのようだった。私は一抹の不安を覚える。ただ、それでも一枚でも用意できるのならば、まだしばらくは安泰ということだ。今はそれでよしとしよう。
「では、行って参ります」
私は部長の前を辞して、その地へと歩み出す。
「期待している。時間はどれだけかかってもかまわん。よく吟味し、必ずや成果をあげてみせろ」
背後から投げかけられるのは、部長の冷淡な激励だ。それで私の勤労意欲が湧くわけもなく、魂はいっそう冷え込む。
これより、私は彼の地へ赴かなければならない。彼の地とは、地獄。それも、亡者の気配が一層濃くなる七月の地獄。そこは、かつての私の戦場だった。
地獄へ赴く私は、今も昔も変わらない。
群がってくる無数の亡者を弾丸で屠り、有能な亡者があれば聖符——すなわち《聖なる内定》により、その亡者を我が社の眷属として再生させる。そう、人事にできることなど、その程度のものなのだ。
単純明快。地獄の淵から亡者を見つけ出し、連れ帰るということだ。
「結局、私はこの業から逃れることができないのか……」
私は総務部人事採用担当。
かつて、『新卒採用のコヨーテ』と呼ばれていた。
【予告】
再び舞い降りた懐かしい戦場には、かつてと変わらぬ瘴気が漂っていた。
ここは煉獄。大学通り。
悲しいゾンビが蠢く呪われた土地。
次回、就活オブザデッド
第二話『ゾンビテスト』
あなたの長所は、なんですか……?