娘、限定
今、私は極度の緊張と不安にさいまれていた。
すべては家庭を持とうと思う男なら避けて通れない、あの行事のせいである。そう、彼女の実家へ挨拶にやって来たのだった。玄関に入ってすぐ現れたのは、ガタイのいいスキンヘッド。サングラスに金のネックレス。めちゃめちゃ怖そうなおっさん、もといお義父さんだった。Yさんのお母さんは早くに亡くなられ、男手一つで育ててきたそうだ。案内された部屋でお義父さんとYさんと私の三人、誰も話さず、空気だけが重くのしかかっていた。
どうすればいいの? この状況、どうすればいいの?
私はすがる気持ちで、彼女の方へ目をやった。彼女は、やれやれという顔をした後、私の予想だにしなかった行動にでた。この重苦しい状況にも関わらず、ものすごく甘えた声を発したのだった。
「腹が減ったでござる、オヤジ殿。肉を所望するぞ、オヤジ殿」
「娘よ、甘えるな」
その一言で私の緊張が頂点までいった。やっぱり、厳しそうだ。そのうえ、お義父さんは、黙ったまますっと立ち上がり、どこかに行ってしまった。お手洗いだろうか。しばらくしても戻ってこない。私は怖いモノ見たさとじっとしてられなくなり、気になって見に行った。目の前の光景に目が飛び出そうになった。そこには、粛々とステーキを焼き始めるお義父さんの背中があった。
「ほれ」と、ほどなくしてテーブルに置かれる分厚めのステーキ。
「わーい」
「娘よ、甘えるな」
嬉しそうにステーキを頬張る彼女。厳しいどころか、めっちゃくちゃ甘いじゃないか!?肩の力が一気に抜ける。どうやら無事、和やかなムードで終わりそうだ。このタイミングに思いきって言ってしまおう。
「お義父さん。Yさんをお嫁に下さい」
「ははは、お義父さんか……」
少し間があいてから、お父さんがお酒をテーブルに置いた。
「ところで、きみ。この酒、海外のワケあり物でね。度数が高いうえ、ものすごくマズいんだが、どうかね?」
酒を薦めるおやじの顔は一見して笑顔だが、目はいっさい笑っていなかった。やはり、おやじの甘さは娘に限るようだ。