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第6話 ガレッセオの忠告

 神々の登場で、にわかに船上は賑やかになった。

 甲板(デッキ)で働いてる船乗りたちや、起き出してきた他のお客たちから奇異の目を向けられるのも気にせず、神々は俺たちに話しかけてくる。


「なぁ人間、この前言ってたことだけどよぉ、お前本気で、メラルカの野郎に刃向かうつもりなのかぁ?」


 まず話を切り出したのは、端整だがどこか獣を思わせる精悍な顔立ちの青年、森の神ガレッセオだ。その口調に揶揄するような響きを感じて、俺はちょいとばかり、むっとした。


「刃向かうってか……暴いてやりてえんだ、あの神様のたくらみを」


 火の神メラルカは半年前、俺たちが〈樹海宮〉の地下で対峙した神々の一人だ。俺の仇敵、魔法使いカリコー・ルカリコンの黒幕ともいうべき存在で、奴に命じて神授の武器を集めさせ、何か大きなたくらみをめぐらせてるようだった。

 あの神様……魔法使いが倒れ、手駒を失った後は行方をくらませてたが、つい先日、コンスルミラに姿を現しやがった。俺たちを新たなしもべにして、カリコー・ルカリコンの代わりに神授の武器集めをさせようと、こっちに誘いをかけてきたんだ。

 メラルカが何をたくらんでるのか、探って、突き止めること――それが目下、俺たちの旅の大きな目的になってる。


「奴と同じく神である俺様が言うのもなんだけどよぉ、メラルカにゃ関わらねぇ方が身のためだと思うんだがなぁ」


 帆柱(マスト)にもたれかかって、くつろいだ姿勢をとりながら、ガレッセオは言う。


「そりゃまた、どうしてだよ?」

「どうしてってお前……あいつは俺たちの中でも、特に危険な神なんだぜぇ? そりゃもう、以前に一度、人間を滅ぼそうとしたことがあるくらいでよぉ」

「〈七火牛の大火〉ですね、我らが神ガレッセオよ」


 妖精(エルフ)の創造主といわれる森の神に、デュラムがいつもより丁寧な口調で話しかけた。


「おぅ、それだそれぇ! 地上の種族はそう呼んでるんだったなぁ」

「〈七火牛の大火〉って……なんだそりゃ?」

「知らないのか。貴様の無知には、つくづく驚かされる」


 妖精(エルフ)がこっちを振り返り、いつものように皮肉を言いやがる。


「ちぇっ、無知で悪かったな、無知で」


 じとーっと半目でデュラムを見ながら、唇を尖らせる俺。

 子供(ガキ)の頃、神話や伝説は結構勉強したんだがな。今の話は、初めて聞くぜ。

 デュラムの奴、どういう話なのか、教えてくれねえかな。

 そんな期待をして妖精(エルフ)の方を見たものの、返ってきた答えはそっけなかった。


「言っておくがメリック、私は貴様にいちいち説明してやるつもりはないぞ? 妖精(エルフ)なら子供でも知っている伝承だからな」


 そう言って、ぷいっと俺から顔を背けるデュラム。ちぇっ、つれない奴だぜ。

 けど、俺があきらめずに、じーっとあいつの横顔を見続けてると、胸が十二拍くらい鳴ったところで、デュラムは折れた。ちらりとこっちを見やって、降参だとばかりに、溜め息を一つ。


「……ふん。仕方ない、話してやろう」

「よっしゃ、そうこなくちゃな!」


 嬉しくて、パチンと指を鳴らす。そんな俺の仕草を見て、デュラムは呆れたように肩をすくめたが、やがてそっと目を伏せ、語り出した。


「遠い昔、人間たちの傲岸不遜な振る舞いに憤慨した火の神メラルカが、強大な怪物を創造し、地上に放った。火を噴く島モナヴォフの地下深くで、溶けた青銅を鋳型に流し込んでつくられ、燃え立つ炎を全身にまとった強大な怪物――火牛をな」

「火牛……」

「神の鍛冶場でつくられた七頭の火牛は、青銅の翼を羽ばたかせて天空を舞い、人間が住む村や町を見つけては、灼熱の吐息で焼き払った。首領格の一頭が、神々に選ばれた人間の英雄に討たれ、メラルカが大神リュファトに捕えられるまで――」

「う、牛が空飛んで、息で町や村を焼くのかよ?」


 紅蓮の炎に身を包み、背中に翼を生やした牛が「もふーっ!」と熱い息を吐き、地上を火の海にしてる光景を思い浮かべてみる。

 ……な、なんだか恐ろしいのか滑稽なのか、よくわからねえや。


「…………懐かしい話ね」


 いつも無表情な大地の女神――浅黒い体に大蛇の皮をきつく巻きつけたトゥポラが、ぽつりとつぶやいた。それを聞いて、ガレッセオがにやりと笑い、


「俺たちの中で二番目に長く生きてるポラ姐にとっちゃ、そう懐かしがるほど昔の話でもねぇだろ? たかだか三千年前のことなんざよぉ」


 と、俺たちがぎょっと目を剥きたくなるような数字を口にする。

 三千年前! 神様ってのは、やっぱり長生きなんだな……。


「それより人間、俺様が言いてぇことはわかるだろぉ? 火牛なんて化け物つくって、人間皆殺しにしようとした奴に、てめぇら地上の種族が立ち向かうなんざ無謀極まりねぇ。やめた方が賢明だぜぇ?」


 森の神にそう忠告されて、俺はしばらく返す言葉が見つからなかった。この神様が言ってることは、至極もっともだったからな。

 実際、先日コンスルミラで俺たちの前に現れたメラルカは、敵に回すと恐ろしい相手だった。今度会ったらどう戦えばいいのか、俺にゃ見当もつかねえ。

 ……けど、だからって神の言葉にほいほいと従うなんざ、できねえ相談だぜ。


「忠告はありがてえが、俺たちゃここで引き下がるつもりはねえぜ、ガレッセオ様」


 森を司る神の目を真っ向から見返して、俺はきっぱりと言い切った。


「メラルカは、あんたら神々だけじゃなくて、俺たち地上の種族にとっても、よくねえことをたくらんでる――そんな気がするんだ。俺たち三人でそれをどうにかできるなんて、思い上がったことを言うつもりはねえ。けど、何もせずにいるなんて、俺には……!」

「三人ではないぞっ! 今は四人だ、そうだろうっ?」


 フォレストラ王国の王女様が、俺の言葉を訂正する。


「偉大なる森の神にしてフォレストラの守護神ガレッセオよっ! メラルカは今や、我が国にとっても警戒すべき相手なのだ。そのたくらみがどんなものなのか、国のため民のため、私は一刻も早く突き止めたい。だから……どうか私たちを、止めないでいただきたいっ!」


 神に向かって熱っぽく訴える姫さんを見て、俺はちょいとうらやましくなっちまった。国のため、民のためなんて、そんな格好いいことは、俺にゃ絶対言えねえからさ。

 まあ、それはさておき――姫さんの訴えを聞き終えた後、ガレッセオはしばらく黙ってたが、やがて腕組みして、俺に笑いかけてきた。


「……おい人間。てめぇが意外と度胸のある奴だってことは、コンスルミラで話したときからわかってたけどよぉ。そっちのお姫様も、なかなか胆が据わってるみてぇじゃねぇかぁ」


 それから緑の髪に手をやり、わしゃわしゃとかき回しながら、気楽な調子でこう続ける。


「――ま、てめぇらがどうしてもやりてぇってんなら、俺様はこれ以上止めはしねぇ。好きにすりゃいいじゃねぇかぁ」

「ガレッセオ、様……」


 意外だぜ。以前コンスルミラで俺が抗ったときみてえに「黙れよ、人間」って怒るかと思いきや、神の反応はあっさりしたもんだった。この神様は――少なくとも今は――自分の考えを押しつけたりせず、俺たちの意思を尊重してくれてるようだ。


「『様』はいらねえって、何度も言ってるのによぉ。腹なんざ出してるわりにゃ、真面目な奴だぜぇ」


 そう言ってガレッセオが見せた表情は、俺たち地上の種族に薪や木の実、(きのこ)や薬草といった恵みを与えてくれる森の神らしく、優しかった。いつもこんな顔を見せてくれるなら、俺たちももっと神々に親しみを持てるだろうに。

 けど、森の王はすぐに「へっ」と皮肉っぽい浮かべ、こう続ける。


「まぁ、もっとも……この船が無事港にたどり着けるかどうか、怪しいもんだけどよぉ」

「……へ?」


 どうも神様ってのは、こういう思わせぶりなせりふが大好きみてえだ。俺たち地上の住人が知らねえこと――たとえば、これから何が起きるのか、とか――を知ってるのに、あえてそれを明かさず、こっちの反応を見て楽しみやがるんだ。


 今も森の神は、さっき束の間見せた優しい表情から一転、腕組みしたままにやにや笑って、こっちを見てる。

 ちくしょう。もったいぶらずに、教えてくれたっていいじゃねえか! 

 俺が心の中でそう毒づいた、そのときだった。


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