第60話 丘の頂の神殿へ
今、俺たちがいるイスティユはレクタ島の西端、海を臨む丘の斜面につくられた港町だ。
丘の中腹には民家や店が立ち並び、裾野にゃ漁師や商人の船がもやう港が広がる。そして、それらを丘の頂から見下ろすのが、イスティユの守護神にして神々の王、太陽神リュファトを祀る大神殿だ。
アステルの話によると、俺に会いたがってる神々は、その神殿にいるらしい。
「なあ、アステル。その神々ってのは、どんな奴らなんだ?」
丘の中腹から、神殿がある頂へいたる斜面につくられた、石の階段。それを一段一段上りながら、アステルにたずねてみた。
「俺に進んで会いたがるなんざ、よっぽどの物好きだと思うんだが」
「フランメリックさんは、ご自分のことを謙遜しすぎです」
三段ほど先を行くアステルが、こっちを振り返って苦笑する。
「あなたはこれまでいろんな危機や困難に打ち勝って、自分の運命を変えてきたじゃないですか。ウィンデュラムさんやマイムサーラさんに助けてもらいながら、ご自身も力の限り戦って――」
ゆっくり一段、二段、三段と下りてきて、アステルは俺と同じ石段に立った。星のきらめきを映した瞳でまっすぐこっちを見て、神は「だから」と続ける。
「だから、フランメリックさん。あなたはもっと、ご自分の力を信じていいと思いますよ」
確か、似たようなことを夕方、サーラにも言われたっけ。
――自分には何もできないなんて、そんなこと言わないで。
――あたしやデュラム君はちゃんとわかってるんだから。あなたは今日、自分の力で運命を変えたんだってこと――。
宿屋の寝台に倒れ込んで眠っちまう直前、あいつにささやかれた言葉が、脳裏に蘇ってくる。
……ったく、言ってくれるぜ。二人して、優しいことをさ。
ついつい、ほっぺたが緩んじまうのを感じながら、俺はかぶりを振った。
サーラもアステルも、持ち上げすぎだ。俺は剣術しか取り得がねえ馬鹿なんだから、そんなふうにおだてられちゃ、調子に乗って鼻高々になっちまうじゃねえか。
「ほめてもらえるのは、嬉しいけどさ……そりゃやっぱり、買いかぶりだぜ」
人差し指の先で、むずがゆいほっぺたをポリポリと引っかいた後、ぐっと気を引き締める俺。
魔法を使えるデュラムやサーラはともかく、俺は別に神を脅かすような特別な力を持ってるわけじゃねえ。ただ、地上の種族にできる精一杯のことをして、神々が定める運命に抗おうとしてるだけだ。天上から世界を見下ろす神の目で見りゃ、大河の流れをせき止めようと必死に木の堰堤をつくってる、海狸みてえにちっぽけな存在だろう。
そんな俺に興味を持つなんざ、この先で待ってる神々も、変わり者としか言いようがねえ。
一体、どんな連中なんだか。
それを改めてたずねると、
「あ……そう言えば、その話をしてたんですよね! すみません、話がすっかりそれました」
アステルは頭の後ろに手をやり、首筋をなでつつ、ぺこぺこと謝る。
神がそんなにあっさり、地上の種族にわびていいのかよ。つくづく神らしくねえ神様だぜ。
「あの神殿には今、七人の神がいます」
話を元に戻して、アステルはそう教えてくれた。星空の下、丘の頂にそびえ立つ、神殿を指差しながら。
「そのうち三人は、フランメリックさんもご存じでしょう。ウォーロさんにヒューリオスさん、それにザバダさんです」
「戦いと風……それに海を司る神様か」
三人とも、半年前にシルヴァルトの森で顔を合わせた神様だ。先日コンスルミラで再会した後、俺たちが〈波乗り小人号〉で出港するのを見送った面々。二度も会ってるだけに、大して驚きはしなかったものの、三人目の名前を聞いたときにゃ、ちょいとばかり胸が高鳴った。
海神ザバダ。あの海賊の親分――シャー・シュフィックが復讐しようとしてる相手も、ここへ来てるのかよ。
昼間に剣を交えた強敵の、不敵な面構えを思い出す。自分の過去について語ってみせたときの、まがまがしい憎悪に満ちた形相も。
あの海賊船長がこの話を知ったら、果たしてどう動くか。憎しみに駆られて、この町へ殴り込みをかけてきたりなんざ……しねえよな?
「それで――神々は力を貸してくれそうなのか? サーラの呪いを、なんとかするのにさ」
一番気がかりなのは、それだ。
宿を出て、ここまで来る道すがら、本人から聞いたことだが――アステルはこの町に着いて、俺たちと一旦別れた後、現在イスティユにいる他の神々に会ってきたらしい。その際、連中に俺たちの事情をかいつまんで説明し、サーラにかけられた呪いについても話したそうだ。
「どうだった? そのときの、神々の反応はさ」
「すみません。それについては、あまり――」
「期待しねえ方がいい、ってことか」
「すみません……」
「いや、あんたが凹むことじゃねえし、そんないちいち謝る必要もねえって」
すまなさそうに口ごもり、しゅんとうつむいちまったアステルに、
「教えてくれて、ありがとな」
と、笑いかける。神様に、こんな砕けた感じで接していいのかよって、心の中で自分に突っ込みながら。
どうやら俺も、神々が身近にいて、気さくに話しかけてくるなんてことが当たり前の毎日に、すっかり慣れちまったみてえだ。
「そう言えば……おっさんは、ここへは来てねえのか?」
この町にいる神々について教えてもらったついでに、今まで出会った中でも一番思い出深いあの神様――おっさんこと、太陽神リュファトの消息をたずねてみた。
「あ、はい。父上は今、メラルカさんを追って、あちこち飛び回ってます。もっとも、最初は逃げ回ってばかりだったメラルカさんも、最近は本気で戦う姿勢を見せるようになってきて、父上も苦戦を強いられてるようです」
「そっか……」
半年前、シルヴァルトの森で俺たちが知り合ったあの神様は、別れ際に約束してくれたんだ。
火の神メラルカが何をたくらんでるのか、必ず捕らえて白状させるって。
「あ! そう言えばこの前、久しぶりに父上と会ったんですけど……懐かしがってましたよ、フランメリックさんのこと」
「……! 本当かよ?」
おっさんが、俺のことを話してた! そう聞いて、それまで曇ってた心に一筋、太陽の光が差し込んだ。
「はい。『またメリッ君と焚き火に当たりながら、冒険について語り明かしたいものだ』って、笑ってました」
「おっさん……」
俺にとっちゃ忘れられねえ相手でも、あの神様にとっちゃ、俺はあくまで地上に何万といる人間の一人。俺のことなんざ、この半年間ですっかり忘れちまったんじゃねえかって、寂しく思い始めてたんだが。
覚えてくれてたのかよ――俺のことも、俺たちとの約束も。
夜気にさらされ、冷えかけてた体の芯から、温かいもんが湧き上がるのを感じて、俺は口許をほころばせた。
よくねえ知らせの後で、ささやかながらも嬉しい話を聞かされて、元気が出てきたぜ。
気を取り直した俺は、背筋を伸ばし、胸を張った。
見上げた先には、丘の頂にそびえる神殿。それに、星屑がきらめく夜空。いつにもまして星がたくさん瞬いてると思ったら、隣を歩く太陽神の三男坊曰く、
「実は、いつもより多めに輝かせてるんです。その……フランメリックさんに、少しでも心安らぐものを見ていただきたくて」
とのこと。
どうやら、さっきアステルが「見せたいものがあります」って言ってたのは、この綺羅星がちりばめられた夜空のことらしい。
「いつもより多めにって……俺のためにか?」
「はい」
星の神様がいつもの柔和な笑顔でうなずき、夜空の一点を「えいっ☆」と指差せば――ぽっ。続けて二点を指差すと、ぽっ、ぽっ。太陽が沈み、世界に夜が訪れる頃、村や町の家々に一軒、また一軒と明かりがともるように、夜空に三つ、新たに星明かりがともされた。
さらに、おまけとばかりに一点を差し、そのまま指をすうっと横に滑らせりゃ――すらり。指で夜空に引かれた線に沿って、流れ星が一筋、他の星たちの間を駆け抜ける。
鞘から抜き放った剣の閃きを思わせる、その一瞬のきらめき。いつも何気なく見上げた先に見える星々とはまるで違う、格別な美しさだ。
「この魔法、あまり地上の方々に見せちゃいけないって母さんに言われてるんですけど、今夜はこっそりお見せしちゃいました。この先母さんに会うことがあっても、できれば内緒にしておいていただけませんか?」
たった今、とんでもねえ魔法を操った指で顎を引っかきながら、ちょいと不安そうな顔して、上目遣いに俺を見るアステル。遠い昔から幾星霜を生きてきた神様のはずなのに、その表情はお袋さんに悪戯がばれるのを恐れてる子供のそれと大差なくて、どうにも困惑させられる。
とはいえこれは、意地悪言ったりしちゃいけねえよな。
「ああ……わかった。約束するぜ。太陽神リュファト……いや、星の神ロフェミスにかけて」
俺がそう誓ってみせると、アステルは安心した様子で、胸をなで下ろした。
「……! よかった。ありがとうございます。『いや、あんたのお袋さんに言いつけてやる。黙っておいてほしけりゃ……』なんて脅されたら、どうしようかと思ってました」
「脅すなんて、俺はそんなことはしねえって」
それは、今まで俺たちに親切にしてくれた相手に対して無礼だし、卑怯じゃねえか。たとえ相手が神でも、そんな真似はできねえよ。
「やっぱりフランメリックさんは、いい人ですね☆」
何がそんなに嬉しいのか、アステルはにこにこしてる。両手を後ろで組んで、腰をちょいと曲げ、邪気のねえ笑顔でこっちを見つめてる。
「……っ! だ、だから……! そうやって持ち上げるのはよしてくれって! 男のあんたにほめられたって……あ、あんまり嬉しくねえんだからな!」
気恥ずかしくなった俺は、そっぽを向いて、うわずった声を出した。
……ったく。不安げな顔してたかと思えば、ほっとしたり、笑ったり。こういう感情豊かなところは本当に、俺たち地上の種族と変わらねえんだな――神々ってのは。
ま、まあ、それはさておき、めざす神殿まではもう一息だ。ちょいと息が荒くなってきたが、なんのこれしきだぜ。
降り注ぐ星の光を浴びながら、アステルと二人で、黙々と石の階段を上った。
そう言えば、あの町は――以前、一度だけ見た天空の都は今、どのあたりにあるんだろうか。
ふと、そんな考えが浮かんできたのは、最後の一段を踏み越え、丘の頂にたどり着いたとき。荒い息を吐き吐き、中腹の町や麓の港を眼下に一望し、頭上に広がる星の海を見上げたときだ。
漆黒の天鵞絨の上に砂金をばらまいたような、一面の星空。あのどこかに、神々の城塞都市がある。海原行く船を思わせる形の、途轍もなくでっかい一枚岩――その上に無数の館や尖塔を建て、三重の城壁をめぐらせて守った、白亜の都城が。
このところ、次から次へと襲ってくる危機や困難に立ち向かうのに忙しくて、すっかり頭の片隅に追いやっちまってた、俺の密かな夢。それが久しぶりに、胸の内に湧き上がってくる。
今はまだ、それどころじゃねえけどさ。
いつか行ってやるからな、あの魔法の町へ。
おっさんたちフェルナース大陸の神々が住む都、ソランスカイアへ。




