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第59話 ご一緒しませんか?

「あ、フランメリックさん。お目覚めですか?」


 人影の正体を一目見るなり、俺は開いたばかりの(カーテン)を、慌てて閉めた。


「な、なんだアステル、あんたかよ……!」


 (カーテン)の向こうにいたのは、輝く金髪と青金石(ラピスラズリ)の瞳を持つ女の子……みてえな美少年。アステルこと星の神ロフェミスだ。その姿を再び(カーテン)で隠しながら、ああ、そう言えば……と、俺は夕方、この町に着いて間もなくのことを思い出した。

 今朝から丸一日、道案内をしてくれたこの神様は、太陽が沈む頃、俺たちが泊まる宿が見つかったところで、こんなことを言い出したんだ。



 ――それじゃあ、ぼくはこれで一旦、失礼しますね。

 


 言うなり駆け出し、俺たちから離れると、振り返って笑顔で手を振る。それから、夕暮れの通りを行き交う人々の間を走り抜け、あっという間に姿を消しちまった。


 

 ――え? あ、おい! ちょっと待てよ、ロフェ……じゃなかったアステル!


 

 俺がそう呼びかけたときにゃ、神の姿はもう、どこにも見当たらなかった。

 アステルにゃ昨日からいろいろと世話になってるにもかかわらず、俺たちゃまだなんの礼もしてねえ。それなのに、急にいなくなっちまうもんだから、そのときはちょっぴり寂しく感じたんだけどさ。俺が寝てる間に、戻ってきてたのかよ。

 もちろんそれは、俺にとっちゃ嬉しいことだ。嬉しいこと、なんだが……。


「フランメリックさんがお休みになってる間に、お風呂をお借りしてました。いいお湯ですね……」

「だあぁっ、アステルよせ! いいからお前、そのまま風呂入ってろって!」


 アステルの奴、ばしゃりと水音立てて湯船から上がると、俺がせっかく閉めた(カーテン)を開けて、こっちへ歩いてきやがるじゃねえか。

 ぺたぺたと、裸足で――いやそれどころか、一糸もまとってねえ格好で!


「こんないいお湯、ぼく一人で浸かるなんてもったいないと思ってたんですよ。せっかくですから、フランメリックさんもご一緒しませんか?」

「いやいやいや! 神からお誘い受けるなんざ光栄至極な話かもしれねえが、そればっかりは遠慮するぜ!」


 俺は焦って両手を振り振り、ずさささーっと後ずさる。それ以上は後退しようのねえ、壁際まで。

 確かにアステルは、同性の俺が見てもぞくりと鳥肌が立つような美少年だ。蜂蜜色の波打つ髪に縁どられた顔は、目鼻立ちが整いすぎてて少女と見紛うばかりだし、贅肉がほとんどねえ引き締まった体つきは古代の大理石像を思わせる。

 けど、あいにく――と言うべきか、男の裸身を見て喜ぶ趣味は、俺にゃねえわけで。それをわかってもらいてえんだが、どうもアステルの奴、その手のことにゃ鈍感みてえだ。


「……? ぼくたち、男同士じゃないですか。別に、問題はないと思いますけど」

「おおお、男同士でも問題あるんだって!」


 一体何がいけないのかと、心底不思議そうに小首を傾げる神を見て、俺は「だめだこりゃ」と脱力した。

 神々にゃ、羞恥心ってもんがねえのかよ。


「いいんですよ、遠慮なんてしなくても。ほら、この機会に深めましょうよ、男の友情☆」

「いや、もう深まってるから、充分すぎるくらい!」


 瞳の奥で星をきらきら瞬かせ、期待がこもった上目遣いで誘ってくるアステルを、どうにかあきらめさせようと必死な俺。

 そりゃ俺も、この神様のことは好きか嫌いかと聞かれりゃ、間違いなく前者だって答えるだろう。何度も助けられてるからってだけじゃなくて、神様にしちゃ偉ぶったところがねえし、いい奴だってことは、接しててわかるからさ。

 ……心の底じゃ、本当の友達(ダチ)になれたらいいのにって、こっそり思ってたりもするしな。

 けど、今こいつのお誘いを受けちゃ、禁断の領域に足を踏み入れちまう気がする。男の友情を一気に飛び越えて、それ以上のもんが芽生えちまいそうで、そりゃ勘弁願いてえ。


「あれ……? フランメリックさん、お顔が赤いですよ。熱でもあるんですか?」


 だが、星の神様は何を勘違いしたか、来るなと言うのにこっちへずんずん詰め寄ってくる。そればかりか、俺が背中を押し当ててる壁にドン! と右手をつき、心配そうな表情浮かべた顔をずいっと近づけてくる。


「おい、よせよ! あ、あんたそんなに近づいちゃ……あッ!」


 俺の額に自分のおでこをぴたりとくっつけて、神は目を丸くした。


「うわ……やっぱり熱いじゃないですか、フランメリックさんのここ……」

「ち、ちちち近い! アステル、顔が近いって!」

「すごいです。体もこんなに熱くなってるなんて……風邪ですか?」

「いや、そうじゃなくてだな……ってかあんた、人の話を聞いてくれって!」


 俺が赤くなったり熱くなったりしてるのは、何も着てねえ美少年にこうして迫られてるのが恥ずかしいからなんだよ!

 口に出して、アステルに教えてやることもできるんだが、それじゃこの真面目な神様に恥をかかせちまうだろうし。どうしたもんか、困ったぜ。

 もし、この場でデュラムとサーラが目を覚ましたりすりゃ、なんて言われるやら。



 ――ちょっとメリック! あなた、なにアステル君といちゃいちゃしてるのよ! やっぱりあなた……そっちの趣味なの?

 ――メリック、貴様……! 私やサーラさんというものがありながら、まさかロフェミス神と夜中に睦み合うとは、どういうつもりだ!

 ――いやサーラ、これにゃいろいろと深いわけがあってだな……って、おい待てよデュラム、誤解だぜ! 俺たちゃ別に、いやらしいことなんざ何も……!

 ――問答無用。私の槍に、貫かれるがいい!

 ――だあぁッ、よせデュラム、やめろってえぇ!



 ……やめてくれ。二人にそんな誤解をされるのは、絶対に嫌だ。

 脳裏に浮かんだ最悪の未来をかき消すように、俺は固く目を閉じ、軽く頭を振った。

 幸い、デュラムもサーラも旅の疲れが出たのかぐっすり眠ってるようで、目を覚ます気配はねえ。重ねて幸いなことに、アステルも別に、俺に無理強いをするつもりはねえようだ。

 俺が誘いに応じそうにねえのを見てとったのか、星の神様はちょっぴり残念そうに肩をすくめると、


「――すみません。やっぱりぼくなんかに、こんなふうに誘われても迷惑ですよね」


 そう言って、ぱっと体を黄金色に輝かせ、瞬時に鎧を身にまとう。いつも着込んでる、濃紺の甲冑を。

 無防備極まりねえ格好から一変、鋼の鎧に身を包んだ神は、


「話は変わりますけどフランメリックさん、よければこの後、少し時間をいただけませんか? 実は、この町に来てる神々の何人かが、あなたに会いたがってるんです。さっき、その神々のところへ行ってフランメリックさんたちのことを話したら、ぜひ会いたいそうです。ぼくも、迷惑をおかけしたおわびを兼ねて、見せたいものがありますし……来てくれませんか? その……ぼくと一緒に」


 そう言って、俺に右の掌を差し出す。

 それに対して、俺も右手を差し出したが……あと少しで指先が触れ合うってところで、迷いが生じて手を止めた。疲れて眠ってる二人の仲間を、この場に残していって大丈夫だろうか。俺がいねえ間に、この宿屋が火事になったり、盗賊が忍び込んだりして、デュラムとサーラが危険な目に遭わねえだろうか。そんな不安が込み上げてきたんだ。

 けど、その一方で、アステルの話にゃ心を惹かれるもんがあった。俺に会いたがってる神々ってのがどんな奴らか知らねえが、その中にサーラの呪いをどうにかできる奴がいるかもしれねえ。それなら、会ってみるべきじゃねえか、とも思うんだよな。

 だから俺は――迷った末に、思い切って手を取った。籠手(ガントレット)をつけてるにもかかわらず、意外に温かな神の手を。


「長くは離れられねえぜ? ちょっとの間なら構わねえが、それでもいいか?」

「お二人のことが心配ですか? やっぱり優しい方ですね、フランメリックさんは」


 目覚める気配がねえデュラムとサーラの方を見て、ふわっと柔和な笑みを浮かべるアステル。


「安心してください、そんなに時間はかからないと思います。それに――」


 青金石(ラピスラズリ)の瞳をきらりと輝かせて、神は言う。


「ぼくの普段の仕事は、夜の世界を照らして見守ることですから。万が一、お二人に何かあったらすぐにお知らせします」


 身支度を済ませ、部屋の戸締まりを確認してから表に出ると、頭上は一面の星空。神の瞳と同じ輝きを放つ無数の星が、静かに地上を見下ろしてた。


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