第56話 野郎ども、引き上げだ!
「……一つ、聞かせろよ」
しばらく黙って考え込んだ後、シャー・シュフィックはこんなことをたずねてきた。
「おめェ、神のことをどう思う? 奴らはおめェにとって、どんな存在だ?」
「……? いきなり何言い出すんだよ、あんた」
どういう意図があってそんなことを聞くのかと、身構える俺を見て、シュフィックは「あァ、心配しなくていいぜ」って右手を振る。
「ちょいとばかり気になって、たずねてみただけだ。難しく考えねェで、気楽に答えな」
口じゃそう言いながら、真剣な目で返答を促してくる海賊の大将に、俺はちょいと迷った後で、こう答えた。
「俺にとって、神々ってのは――気まぐれで身勝手な天上の権力者たちだ。奴らが定めた運命のせいで、俺の親父は命を落とした。昔はそう思ってたから、あの連中が憎くて仕方なかったし、今でも憎たらしく感じることはあるぜ」
向こうで星の神様がうつむいてる。その寂しげな、傷ついた表情を見て、俺は「それなのに――」と言葉を継いだ。
「いざ本人たちと会ってみりゃ、想像してたのと違って驚いたぜ。冷酷で陰険な奴ばかりかと思ったら、明るくて賑やか好きな奴が多いし、なぜだか俺たちを助けてくれることもあってさ。中には親切すぎて、神様がそこまでお人好しでいいのかよって突っ込みたくなる奴もいる――そんなおかしな連中でもあるな」
「フランメリックさん……」
驚いたように顔を上げるアステルに、俺はふっとほっぺたを緩めてみせる。
最初に話したことも、後から言ったことも、どっちも俺の本音――正直な気持ちだ。神々に勝ちてえ、かつて憎んでた奴らにゃ負けたくないって思う一方で、あのおかしな連中にどこか親しみを感じてるのもまた事実なんだ。
神を肯定するでもなく、否定するでもねえ、どっちつかずの中途半端な答え。そう評されるんじゃねえかと思ったが、シャー・シュフィックは一言「そうか」とつぶやいただけで、長いこと黙り込んでた。
その間、聞こえるのは、寄せては返す波の音。ざざん、ざざんと、ただその音だけが、耳に響いてた。
「親分、大変ですぜ!」
静寂を破ったのは、シュフィックの子分たちが上げた声。それも、悲鳴じみた大声だ。
「俺たちの船を、魔物が襲ってるっすよ!」
そう言われて、奴らの船に目を向けりゃ、確かに〈海神への復讐号〉が襲われてる。吸盤がずらりと並んだ八本の足を伸ばして船の左舷にへばりつき、甲板へ這い上がろうとしてるのは、蛸みてえな姿をした魔物。あれは……。
「大海魔じゃねえか!」
ここへ来るまでの道中に俺たちが遭遇した、海の怪物だ。あのときは、俺の腰ににゅるりと足を巻きつけてきたのをどうにか振りほどいて、追い払ったんだが。
今度は、海賊たちの船を狙ってきやがったのか。
吸盤つきの足が二本、大きくくねったかと思うと、船の横腹を滑るように蛇行して這い登り、甲板へと伸びる。船上にいた海賊たちのうち、二人が避ける間もなく巻きつかれ、軽々と宙に持ち上げられた。
「ひえええッ! おおお親分、お助けェッ!」
「うわあァん母ちゃん、俺ァまだ死にたかねェよおォッ!」
「ちッ……!」
子分たちが襲われてるのを見た、シュフィックの決断は迅速だった。一つ舌打ちするなり、ちらりと俺を見やって肩をすくめ、「はん」と苦笑いする。
「剣術の腕ばかりか、運もいい奴だぜ。まあいい――癪だが認めてやる。今回は……おめェの勝ちだ」
そう言うなり、遠巻きにこっちを見てた子分たちに、
「野郎ども、引き上げだ! あの蛸野郎を引き剥がして、出発するぞ」
と、撤収の指示を出す。
「へ? 親分、引き上げっすかァ?」
「それじゃ、この餓鬼どもはどうするんで?」
「ほっとけ、そんな奴ら。どうせ大した金も持ってねェ貧乏人どもだ」
「けど、決闘に勝ったのは親分じゃ……」
「うるせェ! オレに同じことを二度も言わせるんじゃねェ!」
とまどう子分たちを、奴らの首領は容赦なく叱り飛ばす。
「崖の上にいる奴らも、さっさと降りてきな――ぼやぼやしてる奴は置き去りだ!」
「へ、へい! おう、お前ら急げ!」
「撤収だァ、撤収ゥ!」
「「「へへーい!」」」
崖の上から次々と、海賊たちが滑り降りてくる。海から上陸してきた奴らと合流して小舟に乗り込み、奴らの船をめざして漕ぎ出していく。
「おめェら、あの化け物を絶対に甲板へ上げるんじゃねェぞ! 上がってくる前に、〈チャナタイの魔弾〉を二、三発顔面にお見舞いしてやりな!」
「「「合点、承知ィ!」」」
「あ……! なあ、海賊の大将!」
子分たちを先に船へ戻らせ、自分も立ち去る気配を見せたシュフィックに、俺は慌てて呼びかけた。
「あん?」
海賊の首領はわずらわしげに片眉をひくつかせ、「まだ何かあるのか」とでも言いたげな目を向けてくる。
「ほら。メラルカからの伝言、まだ教えてなかっただろ?」
俺としたことが、危うく忘れるところだった。これを伝えねえと、あの神様との約束を果たしたことにならねえんだ。
「『約束の期限はもうすぐだ。そろそろ例のものを渡してほしい』。メラルカはそう言ってたぜ」
「……! メル坊の奴、急かしてくれるじゃねェか。こっちの苦労も知らずによ……!」
一瞬、シュフィックの顔が憎々しげにゆがんだが、
「……はん、そうか。わかったぜ、ありがとよ」
俺が見てることに気づくと、すぐに凶悪な表情を引っ込め、ごまかすように苦笑した。
「こいつは駄賃だ、これで飴でも買いな」
言うなり、俺の右手をひょいとつかみ、チャリンと金属の音がする何かを握らせる。手を開いてみりゃ、銀貨が六枚、陽射しを弾いてきらめいてた。
「子供扱いしねえでくれよ」
眉根を寄せて突き返したが、シュフィックは受け取ることなく俺に背を向けた。それから、肩越しにこっちを振り返り、
「フランメリック。おめェとはいつか糖蜜酒でも酌み交わして、ゆっくり話してェもんだぜ。じゃあな」
そう言って大股に、船の方へと去っていった。
それがこの海岸で繰り広げられた、俺たちと海賊シャー・シュフィック一味の戦いの結末。
俺たちゃどうにかこうにか、生き延びることができたみてえだ。




