第55話 種明かし
「あァ? いきなり何言ってやがる」
俺からの思いがけねえ申し出に、シャー・シュフィックは片眉を上げる。
「降参だと? んなもん、決闘で認められるとでも……」
「ここでやめるならあんたの勝ちだが、続けるなら俺の勝ちだ。あんたの剣を、よく見なよ」
終わりのあたりは、シュフィックだけに聞こえるよう、ささやいた。
それを聞いて、海賊の親分は自分の得物――左右二振りの舶刀を交互に見やり、
「――ッ! おめェ、まさか……!」
ぱっと驚愕の色一色に染まった顔を、こっちへ向けた。
「……あんたが勝ったら、俺のことは煮るなり焼くなり好きにすりゃいいって話だったよな。あんたが俺をどう料理するのか、詳しく聞かせてくれねェか――あっちでさ」
最後の一語に力を入れて、
――向こうへ行って、一対一で話そうぜ。
と、目で合図する。
それから返事も待たずに、さっさと歩き出す。
後ろから背中をばっさり斬られるんじゃねえかって思うと怖かったが、そんな内心を悟られねえよう、努めて平静を装った。
これも、はったりのうちだ。この場を仕切ってるのが誰か示すためにも、平然と歩いてみせねえと。
幸い、シュフィックが短い沈黙の後、俺の背中を追って歩き出したことは、足音でわかった。
斬られることは、なさそうだ。
「お、親分……?」
そっと後ろを振り返ると、何も言わずに行っちまう親分を、子分たちが怪訝な顔して見送ってるのが見えた。
連中から見りゃ、それは奇妙な光景だっただろう。勝ったはずの親分が、白旗揚げた俺の後に、のこのことついていくなんてさ。
「なあ……大将、一体どうしちまったんすかね?」
「知るか。んなこと、俺に聞くなって」
「あの餓鬼、降参したんだろ? だったらこの勝負、親分の勝ちだよな?」
「ったりめェよ。海神ザバダだけじゃねェ、天空の都に住まうすべての神々にかけて、お頭が負けるなんざありえねェ」
「なら、とっととあの餓鬼とっ捕まえて、仲間の二人もふんじばっちまえばいいんじゃねえっすか?」
「まあ待てや。きっと親分にも、何か考えがあるんだろうぜ……」
背後から聞こえる海賊たちの話し声が、遠ざかっていく。
充分離れたところで、俺は歩みを止めて振り返った。視界に入ったのは、肩を揺らしてずんずん大股に詰め寄ってくる、シュフィックの姿。怒りと困惑、それに――敗北の屈辱に満ちた顔が、こっちへ迫ってきた。
「おいこら、坊主――どういうつもりだ、てめェ!」
開口一番、海賊の頭領は問い詰めてきた。
「これはなんだ、あァ?」
語気も荒くまくし立てながら、こっちへずいっと突き出してみせたのは、両手に握ったままだった二振りの舶刀だ。目を凝らしてよく見りゃ、どちらも刀身の中程に白い線――ひびが一筋入ってる。シュフィックが左右の剣を互いに打ち合わせると、途端に甲高い金属の音が響き、二本の刀身が同時に折れ飛んだ。俺が――それに、おそらくシュフィック自身も――予想してた通りに。
「あと一合でも斬り結んでりゃ、こうなってただろう。それで形勢は一発逆転、おめェの勝ちってことになってたはずじゃねェか」
大海賊シャー・シュフィックは巨人の血でも引いてるのか、人間としては恐ろしく背が高い。だから、こうも詰め寄られちゃ完全に俺が見下ろされる格好になって、威圧感が半端じゃねえ。
……負けるもんか、俺だって!
拳を固く握り締め、精一杯の虚勢を張った。
「だから言っただろ。ここでやめるならあんたの勝ちだが、続けるなら俺の勝ちだ、ってさ」
「こうなるとわかってたわけだな。だったら、なぜ降参した? てめェが勝てば、オレたちゃ約束通り――」
「本当に、約束守ったか?」
途中で言葉をさえぎられ、海賊の首魁は虚を衝かれたように目を見開く。
「なんだと?」
「海賊ってのは誇り高いもんだろ? 子分たちの前で決闘に敗れて自尊心傷つけられて、素直に負けを認められるか? いや、たとえあんたが認めたとしても、それじゃ子分たちの収まりがつかないかもしれねえ。あんた、あいつらにゃ慕われてるみてえだしさ。『俺たちの大将に、よくも恥かかせてくれやがったな!』って、連中が束になってかかってこないとも限らねえ。そうなりゃ、敵味方入り乱れての混戦になっちまって、無事じゃいられねえだろ――俺たちも、あんたの子分たちもさ」
俺の長話を聞いてる間、シャー・シュフィックは一つしかねえ目を真ん丸にしてたが、
「あァ――だろうな、確かに」
やがて合点がいったって様子で、相槌を打った。それから、ちょいと離れたところでこの場を見守ってる星の神様をじろりと見やり、
「そうなった場合、数じゃこっちが断然優位だろうが、おめェらにゃあの坊ちゃんが加勢するかもしれねェしな。今あいつとやり合うのは、こっちとしても勘弁願いてェ。その気になったアステルの、とんでもねェ強さはオレも知ってるからな」
わざとらしく、本人に聞こえる声で、そう言った。
「そうだろ? 俺もできることなら神様にゃ頼りたくねえし、双方の犠牲を避けるためにも、あの場はああするしかなかった。わざと降参して、あんたの面子が潰れねえよう顔を立てる。それから、こんなふうに一対一の話し合いに持ち込んで、種明かしをする。ここならあんたの子分たちにゃ聞こえねえから、堂々と言えるだろ。あんたは強い――けど本当は、俺も負けてねえんだってさ」
俺だって、半年前に神々と出会って以来、リアルナさんこと月の女神や雷神、火の神みてえな手強い連中を相手にしてきたからな。強大な敵との戦いじゃ、力任せに剣を振り回したり、怒りに駆られて正面から突っ込んだりしても、返り討ちに遭う。落ち着いて相手をよく見て、どうすりゃ危機を切り抜けられるか、頭を働かせないと駄目だってことは、何度も失敗して、その都度デュラムに嫌味を言われ、サーラに諭されて、学んできたつもりだ。
そこで今回、自分なりに知恵を絞って考えた結果が、今の状況ってわけなんだが。果たして、これが最善の答えなのかどうか。それについちゃ、俺も正直悩ましい。
こいつらは海賊、海で無法を働く悪党だ。この間みてえに船を襲ったり、人を殺めたことだって少なからずあるだろう。そんな奴らの面子を立ててやって、生かしておくなんざとんでもねえ。決闘で大将を討ち取った後、子分たちが束になって襲ってくるようなら、こっちも決死の覚悟で迎え撃つ。そして、奴らを一人でも多く冥界への道連れにしてやった方が、世のため人のためになるんじゃねえか。
そんなことも考えたが……やっぱり俺にゃできなかった。そんな道を選べば、俺自身はもちろん、仲間も無事じゃいられねえだろうしな。最悪、デュラムもサーラも、巻き添えくらって命を落とすかもしれねえ。
ただでさえ、あの二人にゃ迷惑かけてるんだ。自分一人の正義感のために、あいつらを冥王の臣下にするなんざ、絶対できねえと思った。
だから――。
「ことを穏便に済ませるために、さっきはあえてオレに花を持たせたってわけか」
「そういうことだぜ、シャー・シュフィック」
すべてを悟ったらしい海賊の大将に、はっきりとうなずいてみせる俺。だがシュフィックは、まだ現状が信じられねえって顔してる。
「オレの剣は二本とも、小人の刀匠に魔法じみた鍛冶の技で鍛えさせた逸品だ。まさかそいつを折っちまう奴がいるとは、たまげたぜ」
「いや、そりゃ俺の力じゃなくて、この剣のおかげだって。俺の剣にゃリアルナさん――じゃなかった、月の女神の力が込められてるんだ。だから頑丈さじゃ、小人が鍛えた剣にも負けやしねえよ」
「それにしたって、口で言うほど簡単なことじゃねェだろ。二本の剣が、同時に折れるように戦うなんてのはよ」
「そりゃもちろん。けど、不可能ってわけじゃねえ。剣ってのは、刀身の同じ箇所に繰り返し衝撃を受けてると、その部分の金属が疲労して、他の剣と打ち合ったときの音が変わってくるんだ。俺たち地上の種族だって、走り続けりゃ疲れて息遣いが荒くなるだろ。要はあれと同じだぜ。それに、あんたの剣の場合、ピシッと亀裂が走る音も聞こえたし、ひびが入ってるのもちらっと見えたしさ。剣が今どんな状態かってことくらいは、どうにかわかったぜ。で、一方の剣が折れそうになってきたら、そっちとはそれ以上打ち合わねえようにして、専らもう一方の剣を弾いたり、受け止めたりすりゃいいってわけだ」
「……やけに剣に詳しいじゃねェか。しかもオレの剣の、同じ箇所を繰り返し攻めてただと? あれだけ激しく斬り合う中でそんな芸当ができるなんざ、やっぱりおめェ、ただの冒険者じゃねェな」
「ん……そりゃまあ、俺は剣を振るうしか、取り柄がねえからさ」
唸りながらも関心した様子のシュフィックを見て、俺は指先で鼻の頭を引っかいた。サーラなら「まあ、それほどでもないけど♪」って胸を張るだろうが、俺にゃそんなことは、恥ずかしくてできねえからさ。
まあ、それはさておき――俺は表情を引き締めると、海賊船長の鋭い一つ目を、真っ向から見返した。
「これで俺の、手の内は出し尽くした。あとはあんた次第。敵から勝ちを譲られるなんざ気にくわねえってんなら、続きをやろうぜ、決闘の。他の連中も、まとめてかかってきてもらって構わねえ。俺が相手になるぜ――一人でさ」
本日最大級のはったりだ。
これにシュフィックは、なんて答えるか。
退いてくれよな、頼むから……!




