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第54話 待った!

「そらよっと!」


 かけ声と同時に、シュフィックが手にした壺をぶん投げる。

 風を切って、こっちへ飛んできたのは陶器の壺で、大きさは掌大。丸みを帯びた表面にゃ、ところどころ突起がついてて、小さな口から外へ飛び出た縄は、バチバチと火花を散らしてる。

 危ねえ、下がれ! 頭の中でガンガンと、危険を知らせる鐘が鳴り響く。


「うわおぉッ!」


 慌てて飛び退いた俺の、大股一歩半ほど前で、壺が炸裂した。卵の殻を破って燃え立つ翼を広げる不死鳥(フェニックス)さながら、中から飛び出してきたのは真紅の炎。

 ちくしょう、やっぱりかよ。あの壺は――〈チャナタイの魔弾〉だ!

 炎が爆ぜるように激しく燃え立ち、瞬く間にふくれ上がる。同時に割れた壺の破片やら、中に詰められてたらしい鉄の釘やらが、もう嫌ってほど飛んでくる!

 顔をかばってかざした両腕に熱い火の粉が降りかかり、陶片と鉄釘が雨霰と打ちつけられた。鉄釘が一、二本、革の籠手(ガントレット)を貫き、腕に突き刺さる。


「いっ、てぇ……ッ!」


 焼けつくような痛みに顔を歪めながら、俺は内心、シュフィックのしたたかさに舌を巻いた。

 今になって気づいたが、さっきあの海賊船長が煙管(パイプ)を取り出して昔話なんざ始めたのは、休憩のためなんかじゃねえ。本当の目的は、〈チャナタイの魔弾〉を炸裂させるのに必要な火を、煙管(パイプ)をふかすためと見せかけて、子分たちに用意させることだったんだ。

 やっぱり、剣術の腕が立つだけじゃなくて、頭も切れる強敵だぜ。


「はん、投石機で投げるもんより一回り小ぶりなんでな。威力は多少劣るだろうが、直撃すりゃ火傷くらいじゃすまねェぞ。ってなわけで、もう一丁!」


 また〈チャナタイの魔弾〉が飛んできた。東方の国チャナタイから伝わったというこの壺は、実に危険な魔法の武器だ。見たところ、口から外へ飛び出た縄に火をつけりゃ、その火が縄を伝って中へ入っていく。すると壺が中から勢いよく弾け、例の爆ぜる炎を発する仕組みらしい。あと、火が中まで達してなくても、壺が割れて中身が火に触れりゃ、やっぱり炸裂するようだ。

 幸い二つ目の〈魔弾〉は、一つ目より遠い大股三歩前に落ち、炎を爆ぜさせた。濛々と煙が噴き上がり、シュフィックの姿が見えなくなる。

 ふう。避けるまでもなくてよかったぜ――と、額の冷や汗をぬぐうことができたのも束の間、


「油断しないで、メリック!」

「気をつけろ、来るぞ!」


 傍から見てたデュラムとサーラが、口々に警告してきた。どういうことかと思った次の瞬間、


「隙だらけだぜ、馬鹿が」


 炎の壁を軽々と飛び越え、煙の幕を左右に払って、シュフィックが目の前に飛び込んできた。二振りの剣を、海賊旗(ジョリー・ロジャー)に描かれた二本の大腿骨さながらに交差させて。


「げッ……!」


 目くらましだ。あの海賊船長、〈魔弾〉の炎と煙でこっちの視界をさえぎっておいて、その隙に正面から突っ込んできやがった!


 完全に不意を突かれた格好で、迎撃なんざ間に合うはずもねえ。

 のど笛かっ切ろうと繰り出された横薙ぎの一撃を、俺は上体のけ反らせて、どうにかかわす。首が飛ぶのはまぬがれたものの、のけ反りすぎて体勢を崩しちまい、


「うおっととと!」


 間抜けにも二、三歩後ずさったところで、背中から仰向けに倒れちまう。


「あいってえッ!」


 背中を強か打ったが、痛がってる暇はねえ。

 右へごろりと転がった俺のすぐ横に、追い討ちかけてきたシュフィックの剣が打ち込まれた。浜辺の砂が、ぱっと舞い上がる。

 間一髪。ついさっき、巨岩人(ウルリクムミ)と戦ったときも似たような目に遭ったっけ。もちろん、人間の手で振るわれる剣にゃ、あの岩の怪物が打ち下ろす拳ほどの威力はねえが、それでも俺の命を刈り取るのに充分な鋭さはあるからな。上手くかわせたのは、幸運だったぜ。

 起き上がる間もなく、二の太刀、三の太刀が来る。やむなくごろごろ転がって、海賊船長の追撃を避けた。


「てめェ……逃がすかよ!」


 転がる俺の後を追って、シュフィックが剣を振り上げ、振り下ろし、二度三度と砂浜を刻む。

 まずいぜ。このままじゃ、俺はまな板の上に載せられた魚も同然。なます切りにされるのは時間の問題だろう。なんとかしねえと……!

 転がりながら、浜辺の砂を引っつかんだ。仰向けになったところで、今にも四の太刀を繰り出そうとしてた海賊の大将めがけて、投げつける。


「ちィッ……! 目くらましとは、見苦しい奴だぜ」

「あんたもさっきやったじゃねえか、〈チャナタイの魔弾〉を使ってさ!」


 ちょいと卑怯な気もするが、この際仕方ねえ。シャー・シュフィックが砂を避けて後退した隙に、素早く立ち上がった。剣を構え直し、再び海賊の大将と向き合う。

 ここまで、奴が操る二本の舶刀(カットラス)のうち、右の剣には五回、左の剣にゃ七、八回打撃をくらわせてやった。

 打ち合ったときの音を聞く限り、どっちの刀身も、まだまだ余裕がありそうだ。


「もっと金属(かね)を疲れさせねえと、駄目だよな……」

「あァ? おめェ今、何か言ったか?」

「ただの独り言だぜ、気にしねえでくれ!」


 海賊の大将が〈チャナタイの魔弾〉を使ってきたのは予想外だったが、それで勝てる見込みがなくなったわけじゃねえ。勝負が見えるまで、果たして持ちこたえられるかどうか。それが問題だが、こうなりゃやるしかねえぜ。

 太陽はすでに天空高く昇り、あまねく世界に黄金の光を投げかけてる。その光と同じ輝きを瞳に宿した神様――あの人が振り返ってこっちを見やり、日焼けした顔に穏やかな笑みを浮かべる様が、ふと脳裏に浮かんだ。

 もちろん、助けてほしいなんて思わねえけどさ。できることなら、見守っててもらいてえな――あのおっさんに。

 気を取り直して、引き続きシャー・シュフィックと剣を交わした。何度も、何度も。

 右の剣と三度続けて斬り合い、〈チャナタイの魔弾〉を一発避けた後、さらに四度斬り結ぶ。左の剣とも、向こうが大振りの一撃を叩きつけてきた際に打ち合ったし、その後すかさず俺の方から反撃に出て、三度白刃を打ち合わせた。

 ……まだ、左右どちらの音にも変化はなし、か。

 さらに続けて、右の剣と二度斬り合う。その後間髪入れず、左の剣が斜め上から、俺を袈裟懸けに斬り捨てようと降ってくるのを受け止めた。

 ギリギリと、(やいば)が軋る鍔迫り合い! 双方の剣が交差した状態で、シャー・シュフィックはさらに踏み込み、押し切ろうとしてきやがる。

 このまま迫られちゃ、右の舶刀(カットラス)で斬りつけられても防ぎようがねえ。俺の剣は、左の舶刀(カットラス)を押し留めてる最中だからな。


「ぐ……近づくんじゃ、ねえよッ!」


 右手で剣の柄を握り締め、左手を刀身に添えて、必死に押し返した。さらに気合のかけ声を入れて、力任せに突き放す。


「はん……やるな。だが、そうやって防ぐばかりじゃ勝てねェぞ、坊主!」

「そんなこと、言われなくてもわかってるぜ!」


 そのまま今度は左の剣と二合、三合と打ち合い、さらに四、五、六合と刃を交える。

 七合目で、ちょいとばかり音が変わったような気がする。左の舶刀(カットラス)は、あと一息か。

 もう一度だけ、こっちから左の剣に一撃を見舞い、音がはっきりと変わったことを確かめる。刀身の中程にうっすらと一筋、白い線が走ってるのも見えた。

 これでいい。左の剣は、もう充分だ。

 その後は、専ら右の剣を防ぎ、左の剣は避けるようにした。

 当然のことながら、言うは易く行うは難し。右から、左から、めまぐるしく飛んでくる剣をさばくのは、防ぐにせよ避けるにせよ、至難の業だ。

 いつ防ぎ切れずに、あるいはいつ避け損ねて斬られるか。そう考えると、恐怖と緊張で手足が震えてくる。

 胸の内で、そんな自分の臆病な心と戦いながら、剣を振るった。

 決闘が始まってから、どれくらい時間が経っただろうか。右の舶刀(カットラス)が、唸りを上げて飛んでくる。俺はそれを全力で弾き返し――その場に響いた音を聞いて、確信した。

 それまでと比べて、明らかに音色が変わってる。左の剣と同様、さながら苦痛に耐えかねた悲鳴みてえな響きになってるぜ。おまけに、ピシリって小さな音まで聞こえたし、間違いねえだろう。

 よっし――今が頃合だぜ。

 シュフィックが再びこっちへ攻めかかろうと一歩踏み出したところで、


「待った!」


 一声挙げると同時に、左手を広げて突き出す。右手で剣を真横に一振りし、奴が踏み込んでこねえよう牽制した。

 そして、途中で口ごもることなく、はっきりとした声で、こう告げる。



「この勝負、あんたの勝ちだ――降参するぜ」


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