第53話 昔話をしてやるよ
◆
オレは昔、神に家族を殺された。海神ザバダの眷属――大海蛇ヘッガ・ワガンに。
今から何十年、いや何百年前のことなのか、オレ自身も覚えてねェ。ただ、あの頃はオレも堅気の商人で、海賊なんかじゃなかった。親父から引き継いだ船に小麦や羊毛、毛織物、毛皮に乳香、レヴァン杉、銅、錫、鉄の鋳塊――時には東方渡りの絹や陶磁器、香辛料を積んで、港から港へ運んじゃ売りさばく、海の商人だ。
女房もいたし、子供もいた。実にまっとうな生き方してたぜ、あの頃は。神々だって敬虔に崇めてた。神は清く正しく生きる者を助け、悪しき者を罰する。神殿の神官、巫女サマが説くことを信じて、毎日額に汗して、ひたむきに生きてたさ。
だがな……オレたち地上の種族がいくら清く正しい生き方をしてたって、神々が定める運命ってやつは、時に非情の牙を剥きやがる。
あのときも、そうだった。航海の最中にあの海蛇野郎が現れて、嵐を起こしやがったんだ。
ヘッガ・ワガン。海神ザバダの息子とも、世界蛇の末裔ともいわれる海の怪物。奴が起こした嵐に巻き込まれ、さんざん荒波にもまれた挙げ句、オレの船は真っ二つに引き裂かれ、オレも家族ともども海へ投げ出された。
あのときの光景は忘れもしねェ。瞼の裏に焼きついてて、今でもありありと目に浮かぶぜ。
それで、その後どうなったかと言えば――オレ自身は海中でもがきにもがき、どうにか海上に顔を出した際、たまたま近くに浮かんでた船の破片にしがみついたおかげで、海の藻屑にゃならずに済んだ。そして丸一日波間をさまよった末、アステルって名乗る漁師の爺さんに助けられたんだ。後でその爺さんの正体が、魔法で姿を変えた星の神ロフェミス――今そこにいる坊ちゃんだって知ったときは、たまげたぜ。
だが、運よくアステルに助けられたのはオレ一人。一緒に船に乗ってた奴らは、オレが血眼になって海を捜したが、とうとう見つからなかった。
……子供も、女房も。
普段は家でオレの帰りを待つのが常の二人だが、あのときは船が向かう港町に女房の姉貴が来てて、家族そろって訪ねることになってたんだ。
よりにもよって、あのときに限ってだ!
一人生き延びちまったオレが、神々を――奴らが定める運命をどんなに呪ったか、てめェに想像できるか?
オレたちに、どんな罪がある? なんの罪があって、あんな目に遭わなけりゃならねえ!
フランメリック、おめェ――街角で吟遊詩人が、こんなふうに語るのを聞いたことはねェか。神々は地上の種族――オレたちの心を量る魔法の天秤を持ってて、夜な夜な無作為に選んだ奴の魂を天上に引き上げ、天秤にかける。それで、善き心の持ち主だとされりゃ良い報いがあるが、悪しき心を持ってるとなりゃ相応の罰が与えられるんだそうだ。
この話、おめェはどう思う? 信心深い奴は本当のことだって信じるだろうし、そんなもんは子供をしつけるためのつくり話だって鼻で笑う奴もいるだろう。神々のお考えはわからねェってかぶりを振りつつ、心のどこかじゃそう信じてェ、そうあってほしいって願いを捨てきれねェ奴もいるかもしれねェ――ああ、かつてのオレみてェにな。
……だが、やっぱり嘘っぱちだった。そんな話はでたらめだって、あの日否応なく確信させられたんだ。
神々は、俺たちの心の善し悪しなんざ量ってねェ。ただ気まぐれに、目についた地上の住人に恵みを授け、あるいは災いを与えるだけだ。善人を不幸のどん底へ突き落とすこともあるし、ろくでもねェ悪人に幸せをくれてやることだってある。すべては奴らの気分次第。なんの罪もねェ善人が苦しんでても、知らん顔して見捨てることだって珍しくねえ。
それがこの世の真実だって、薄々気づいちゃいたが、あのときはっきりと思い知らされたぜ。
そこで、オレが考えたことはただ一つ。わかるだろ――復讐だ。
あの海蛇野郎も、奴を従えてる海神ザバダも、生かしちゃおかねェ。いつか必ず、この手でぶっ殺してやる。すぐにそう思った。
だが、どうやって? 強大な力を持つ神やその眷属に、どうすりゃ復讐できる?
答えが見つけられずに悶々としてた、そんなときだ。オレの前に、奴が現れたのは。
――力が欲しいかい? 復讐が望みなら、ボクが手を貸してあげようか?
……ああ、そうだ。何をたくらんでるのか、おめェらが暴こうとしてる火の神サマ――メル坊、いやメラルカだ。
◆
「――それからだぜ、オレがメル坊と取り引きするようになったのは」
話が一段落したところで、シャー・シュフィックはまた煙管を一口吸って、濛々と煙を吐き出した。
じっと目を向けた紫煙の中に、奴が見てるのは過去の記憶、思い出の一場面だろうか。
「奴はオレに力をくれた。時の神クレオルタを退け、老いずに若さを保つ魔法。嵐に負けねェ不沈の大船を建造する技術。強力な投石機や、奴が東方の民に教え広めた魔法の武器〈チャナタイの魔弾〉のつくり方。おかげでオレは強くなった。もう、かつての無力なオレとは違う」
不意にシュフィックは首を左右に振って、漂う煙を追い払った。思い浮かべてた過去の光景を、振り払うように。
「だが、この前戦ってみてわかったが、あの海蛇野郎を倒すにゃまだまだ足りねェ――もっと力が必要だ」
「……もしかして、あんたが海賊なんざやってるのは、力を手に入れるためなのか?」
俺の問いかけに対して、返ってきたのは「おうよ」って一言だった。
「力を得るにゃ、他人から奪うのが近道だからな。特に富の力――つまり金を手に入れるにゃ、それが一番手っ取り早い」
海賊のお頭は悪びれもせず、それどころか口許に笑みさえ浮かべて、堂々と言ってのける。
「船や武器をたくさんつくるにゃ、金がかかる。子分どもを食わせてやるのにもな。それに、この世界のあちこちにゃ、魔法の力を秘めた古のお宝が眠ってる。特に遠い昔、神々が俺たち地上の種族に授けた神授の武器にゃ、強大な神の力が封じられてるそうじゃねェか。子分どもを方々へ使いにやって、そいつを探させるためにも、金は必要だ」
「……! シュフィック、あんた……」
突然、神授の武器の話が出てきたことに、俺は驚いた。もちろん、火の神メラルカと繋がりがあるなら知っててもおかしくはねえだろうが、まさかここで、あの魔法の武器に関する話を聞くことになるなんて。
この海賊船長も、魔法使いカリコー・ルカリコンやレオストロ皇子と同じく、神授の武器を探し求めてるのかよ。
「そういうわけで、オレはこれからも〈人喰い鮫〉でありつづける。このウェーゲ海だけじゃねェ。七つの海を隈なく荒らし回って、金はもちろん、武器、知識、技術、魔法――あらゆる力を手に入れる。そしていつの日か、成し遂げてみせるぜ。神への復讐をな……!」
「そのために、海を行く他人様を、これからも大勢襲って傷つけるってのか?」
「おう、そうともよ。それがどうした、えェ?」
ひでえことだって、思わねえのかよ。口にゃ出さず、目でそうたずねた俺への返答は、実に冷ややかなもんだった。
「他人のことなんざ知ったことか。昔からよく言うだろ――他人は他人、自分は自分ってな」
煙管を口の端にくわえたまま、奴は「よっこらっせっ」と立ち上がる。反対に、足元に下ろしたのは、それまで背負ってたでっかい革袋。その中から三つか四つ、丸っこい素焼きの壺を左手で取り出すと、シャー・シュフィックは薄く笑ってこっちを見た。
嫌な予感しかしねえ、不吉な薄笑いだ。
「休憩はもう充分だろ? そろそろ決闘の続きといこうぜ、フランメリック」
海賊の頭領はそう言いながら、取り出した壺のうち一つに、くわえた煙管の先を近づける。
あの壺は、ひょっとして……?
俺の予感は、すぐに的中した。




