第50話 俺たちに、未来を
喜びも束の間。今まで気になってた謎が一つ解けたのはいいんだが、ここからが駆け引きの正念場だ。
「――それで? おめェらメル坊から、どんな伝言を預かった? 言ってみな」
海賊の頭領がそう促してくるのを聞いて、俺は緩みかけてた表情を引き締めた。
今まで、自分たちが神々の加護を受けてるかのように振る舞い、下手に手を出すのは危険だって海賊たちに思わせようとしてきた俺だが、この先どうなるかは見当がつかねえ。メラルカから預かってる伝言の中身を教える代わりに、俺たちを解放しろとか、この場から立ち去れとか、交換条件を突きつけようと思ってたんだけどさ。果たして向こうが、この取り引きに応じるどうか。すべてはこの一点にかかってる。
「話してやってもいいんだけどさ。無料ってわけにゃいかねえよ。こういう場合はやっぱり、そっちもそれなりの見返りをくれねえと」
緊張のあまり、声が裏返りそうになるのをこらえ、無理に余裕ぶってみせる俺。顔は笑ってても、内心じゃ余裕なんざあるはずもなく、心の琴線はピンと張り詰めっぱなしだ。
もし海賊の首領が、見返りなんざやれるかって跳ねつけてきたら、そのときはどうする? そんなことを考えると、硬く握り締めた手が小刻みに震え出して、自分じゃどうにも止められねえ。
ちくしょう。頼むから治まってくれよ、この震え……!
そのとき、俺の手にそっと触れてくる奴がいた。
「……サーラ?」
「大丈夫、心配しないで」
左隣を見りゃ、サーラがすぐそばへ来て、俺の手を握ってるじゃねえか。
「きっとあなたの思い通りに、上手くいくから。どーんと胸張って行きなさい」
「なんでそう思うんだよ? その……上手くいく、なんてさ」
「あら、決まってるじゃない。あなたはあたしの、かわいい弟分なんだから♪」
「いや、全然理由になってねえだろ、それ!」
「……メリック。貴様が考えていることは、私も大方読めた」
デュラムの奴も、ようやく腕の痛みが引いたのか、槍を杖代わりについて、俺の右隣へ来た。海賊にゃ聞こえねえよう、視線は奴らに向けたまま、小声で話しかけてくる。
「最後まで、やりたいようにやってみろ。悔しいが……今の私は、普段の貴様に劣らず無力な身だからな。どのような結果になろうと、文句を言うつもりはない」
「あたしたちもこの命、あなたに預けるわ」
「デュラム、サーラ……」
「ごめんなさい。海賊との駆け引きなんて大変なこと、あなた一人に押しつけちゃって。呪いなんてかけられてなかったら、あたしももっと力になれるのに。今はこんなことくらいしか、してあげられないけど……がんばって」
魔女っ子の手に、ぎゅっと力がこもった。
「よ、よせって。こんなときに、そんなこと」
サーラの顔を正面から見るのが気恥ずかしくて、つい目をそらしちまう。
それにしても……だ。
横目でちらちらと、二人の様子をうかがいながら、俺は思った。
本当に、この二人は。気持ちの浮き沈みがやたらと激しくて、立ち直ったかと思えばすぐにまた落ち込んじまう俺に、ここまで根気よくつき合ってくれるなんて。
もう、感謝しかねえ。
ありがたすぎて、泣いちまうじゃねえか、俺。
湿っぽくなったその場の空気を振り払うように、手の甲で目許をぐいっとぬぐい、俺は前を向いた。
……改めて、心を決めたぜ。この駆け引きは、絶対に成功させてみせるって。
そう決意した、ちょうどそのとき。シュフィックの方から、見返りの提示があった。
「よし――いいだろう。そっちが伝言の中身を教えりゃ、生かしてやる。七つの海を統べる神ザバダにかけて、おめェらの命はオレが保障してやろう。おまけに伝言を届けてくれた駄賃として、銀貨で一人五百リーレム、三人で千五百リーレムくれてやる。どうだ、悪い話じゃねェと思うが」
向こうが取り引きに前向きな姿勢を見せたことに、俺は内心喜びかけたものの、
「気をつけろ、メリック」
傍らに立つ妖精の美青年が、まだ若干辛そうに顔をしかめながら、忠告してきた。
「奴は『生かしてやる』とは言ったが、『見逃してやる』とは言っていないぞ」
「そうね……それにあの人、『命は保障する』とは誓ったけど、『自由を保障する』とは約束してないわ」
と、魔女っ子も言葉の落とし穴を指摘する。
「ああ……だよな」
しかもあの海賊船長は、海神ザバダを憎んでるはずだ。そのザバダにかけて、なんて誓いを守るとは到底思えねえ。
「……俺たちを安く見ねえでくれよ、船長。あんたも海の漢なら釣りの経験くらいあるだろ? そんな安い餌にくいつくような小魚じゃねえぜ、俺たちは」
シュフィックを「海の漢」と持ち上げつつ、この取り引きを魚釣りに例えて、奴が提示した条件を一蹴してみせる。
「大魚を釣りてえなら、けちけちせずに、もっと高い餌を用意しねえと」
〈人喰い鮫〉の顔を、いら立たしげな表情がよぎった。だがそれも一瞬のことで、すぐに表情を消して平静を装う。さすがに無頼の荒くれたちを束ねる海賊の長だけあって、こういう駆け引きにゃ慣れてると見えるぜ。
むしろ騒いだのは、どうにも血の気が多いらしい子分たちの方だった。
「て、てめェ……親分相手に駆け引きしようってのか!」
「神々の加護があるからって、あんまり調子乗ってんじゃねェぞ! こ、この小僧が……!」
もっとも、俺のはったりが利いてるようで、子分たちにゃさっき現れたときみてえな威勢のよさはねえ。互いに顔を見合わせちゃ、
「おい、おめェ! まさか怖気づいちゃいねェだろな?」
「そう言うてめェこそ、なに少しずつ後ずさりしてやがる!」
「お、おめェだって、腰が引けてるじゃねェか!」
とかなんとか言いつつ、互いに肘で脇腹を小突き合ってる。
「うるせェ、黙れ」
騒々しい子分たちを、親分が簡潔な二言で黙らせた。
「オレは今、こいつと話してンだ。おめェらは引っ込んでな」
まさに巨鳥の一声。途端に周囲がしんと静まり返る。
重苦しい沈黙の中で、シュフィックは俺をじっと見つめ――不意に、にやりと笑った。
「大物釣るにゃもっと高い餌を、か。いいだろう。じゃあ何が望みだ、言ってみな」
俺は答える前に、目を伏せ、深く息を吸い込んだ。そうやって気持ちを落ち着かせてから目を見開き、
「俺たちに、未来を。あんたらに捕われたりすることなく、この先にあるイスティユって町に四人そろってたどり着く――そんな未来を、俺たちにくれねえか」
海賊の首領を真っ向から見すえて、一語一語、はっきりと言い切った。
ここでシュフィックに、俺たちを見逃してくれ――なんて下手に出たんじゃ、今までの芝居が無駄になる。どうにかこの危機を切り抜けようと、虚勢を張ってたんだって気づかれちまうだろうからな。強気な姿勢を崩しちゃいけねえ。むしろ堂々と胸張って、海賊なんざ怖くないって顔をしてねえと。
「……そりゃつまりオレたちに、ここから立ち去れと。そういうことだな?」
「ああ。まあ、もっとも……嫌なら別に、拒んでもいいんだぜ。それなら、この場は力ずくで押し通らせてもらうからさ。こっちにゃ神々がついてる。アステルだけじゃねえ――あらゆる神が、俺たちの味方だ」
俺たちにゃ神々の加護がある、だから負けやしねえんだからな――と、ありもしねえ自信をもう一度、念を押すように誇示してみせる。
はったりはこれくらいで充分だろう。あとは、あの海賊船長がどんな答えをくれるか、だが。




