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第49話 大道芸

「おいこら、てめェどこ行きやがる! まさか逃げられるなんて思ってねェだろうなァ?」


 崖の上に陣取ってた、これまたシュフィックの子分――鷹みてえに眼光鋭い痩せぎすの男が、弓を構えて呼びかけてくる。けど、俺はあえて取り合わず、すたすたと歩き続けた。他人(ひと)様の呼びかけを無視するのも無礼ってもんだが、この際仕方ねえ。


「おい、聞いてやがるのか! 逃げようたって、そうはいかねェぞ!」


 多分、俺の足元に一発撃ち込んで、立ち止まらせようとしたんだろう。海賊が崖の上から、こっちへ矢を射かけてきた。


「つぁッ……!」


 俺は素早く振り向きざま、飛んできた矢を剣の一振りで叩っ斬る。鏃と矢羽根をつけた柄の真ん中を、過つことなくすっぱりと断ち切った。


「な……! あ、あァッ?」


 崖の上で、矢を放った瘦身の海賊が、目をひん剥いて狼狽してる。驚きのあまり、言葉が出てこねえようで、浜辺に打ち上げられた魚みてえに口をぱくぱくさせてる。

 もちろん、今のは魔法なんかじゃねえ。毎日、たとえ筏の上でも剣術の腕を鍛え続けてきた、人間の力だ。

 ……できるんだからな。俺だって、これくらい!

 青空に浮かぶ千切れ雲をきっと見上げ、天上からこの場を見下ろしてるかもしれねえ神々に、心の中で訴える。

 俺たちを見ろよ、雲の上でふんぞり返ってる、不老不死のお偉方。地上でどんな危機(ピンチ)に瀕してもあきらめず、必死にもがいて生きようとしてる俺たちを、その目でもっとよく見やがれ!

 崖の上から二の矢、三の矢が飛んでくる前に、俺は近くの岩へと歩み寄った。何するつもりだって周囲が見守る中、剣を大上段に振り上げ――渾身の力を込めて、岩を一撃する。

 岩と金属(かね)が打ち合わさり、バチンと火花を飛ばすと同時に、耳障りな大音響を立てた。突然響いたその音に、海賊たちは皆呆気に取られ、一様に口をつぐむ。


「普通の剣なら、ここまで思いっきり叩きつけちゃ、刃が欠けたり刀身が折れたりするだろ? けど、この剣は違う――」


 剣をすっと立て、刃こぼれ一つねえ刀身を頭上に掲げてみせながら、俺は声高に告げた。


「こいつは半年前、月の女神セフィーヌから授かった魔法の剣だ。この剣は地上のどんなもんでも斬れるし、どんな武器と打ち合ったって壊れねえ。もちろん、あんたらの得物だって例外じゃねえぜ……?」


 頭をめぐらせ、周囲を取り巻く海賊たちを、ぐるりと見渡してみせる。


「見ての通りだ。俺たちにゃ、神々の加護がある。あんたらが束になってかかってきたって、簡単にゃ負けねえぞ。嘘だと思うなら、試してみるか?」

「……! お、おい、どうする?」

「この前戦ったときも思ったが、この小僧……見かけによらず強いじゃねェか」

「ありゃ魔剣使いだ、魔法の剣術使いだぞ!」

「下手に手ェ出せば、こっちが痛い目見るかもしれねェな……」

「まさか本当に、神々の加護を受けてるってのか? そんな馬鹿な……!」


 シュフィック以外の奴らが互いに顔を見合わせ、ひそひそと話してるのが聞こえる。奴らが怯えたようにじりじりと後ずさるのを、俺は見逃さなかった。

 多少、話に尾ひれをつけてやったからな。その分、連中にも脅しが効いたみてえだぜ。

 たった今、シュフィック一味に頑丈さを見せつけてやった俺の剣だが、実際は無銘の数打ちで、女神から授けられたなんてのは嘘っぱちだ。リアルナさんこと月の女神セフィーヌが、神の力をちょいとばかり込めてくれたおかげで、折れず曲がらず、刃こぼれもしねえ魔法の剣と化してるのは事実だけどさ。だからって別に、なんでも斬れるわけじゃねえ。

 とはいえこれで、あの連中もずいぶん恐れをなしただろう。

 俺たちゃ神と手を繋いでる。こっちの背後(バック)にゃ、神々がついてる。奴らにそう思い込ませ、迂闊な手出しができねえようにする。そうやって話を俺たちに有利な方向へ持っていくのが、こっちの狙いだ。

 本当は、巨人の威を借る小鬼(ゴブリン)みてえな真似はしたくねえ。けど、俺たち地上の種族が生きていくためにゃ、自分の考えにこだわることなく柔軟に、こんな形で神を利用するしたたかさも必要だろう。

 閑話休題! 子分たちへのはったりはこれで充分だとしても、大将のシャー・シュフィックにゃ、今一つ動じる気配がねえ。さて、どうしたもんか。

 他の海賊たちと違って、この親分は俺の大言壮語を聞いても、ほとんど表情を変えなかった。神々と会ったことがあるだの、連中の加護があるだの、そんな話は自分にとっちゃ、別段驚きでもねえし珍しくもねえ、とでも言うように。ザバダの名を聞いたときだけはちょいとばかり反応したが、それだけだ。

 そう言えばこの海賊船長、アステルとは旧知の仲みてえだし、ひょっとしたら俺たちと同様、他の神々の中にも見知った奴がいるのかもしれねえな。復讐の相手らしい海神ザバダと会ったことはねえようだが、他にも嵐を呼ぶ雷神ゴドロムとか風神ヒューリオスとか、船乗りと縁のある神様はいるわけだし……。

 ……待てよ。他の……神様? 

 そこでふと思い浮かんだのは、俺たちが現在最も危険な敵と見てる、あの神様だ。



 ――ある男に、ボクの言葉を伝えてほしいんだ。



 昨日、神と交わした言葉の数々が、次々と脳裏に浮かんできた。



 ――あの男に会ったら、こう伝えてほしいな――『約束の期限はもうすぐだよ。そろそろ例のものを渡してほしいな』ってね。

 ――だからッ……『あの男』ってのは誰なんだよ!

 ――大丈夫、行けばすぐにわかるさ。それじゃあ任せたよ、ボクのフラン。



 ある男。あの男。神が言ってた気になる言葉を胸の内で反芻しながら、俺はあちこちに視線をさまよわせた末――十歩余り離れたところに立ってる海賊の首領に、目を留めた。

 ものは試しだ。こうなりゃここで、あの話をしてみるか。


「ああ……そう言えばシュフィック船長。思い出したことが、あるんだけどさ」


 自分にとっちゃ、別に大したことじゃねえんだが。そんな調子で、話を切り出す。


「実は、俺たちゃ昨日、火の神メラルカと会ったんだ。そのときメラルカから、この島にいる『ある男』への伝言を預かったんだが……あんた、ひょっとして、この話に心当たりがあるんじゃねえか?」


 なぜ会ったのか、どうして伝言なんざ預かったのか。そんな細かい事情は、こっちにも弱味があるってことを悟られねえよう省いて、簡潔に話した。神と会ったなんてことを、あたかも自分にとっちゃ日常茶飯事であるかのようにさらりと語りつつ、相手の様子をうかがう。気づかれねえようさり気なく、それでいて些細な表情の変化も見逃さねえよう、注意深く。


「心当たりだと? まるでオレとメル……メラルカが知り合いだと思ってるような言い方だな。なぜそう思う?」


 海賊の親分が、火の神の名を途中で言い直したのを聞いて、俺は確信した。

 間違いねえ。この海賊船長、メラルカを知ってる。なぜかと言えば、それは――。


「ほら、この前会ったとき、あんた俺のことは『メル坊』から聞いてるって言ってただろ? 『メル坊』ってのが誰か、あのときはわからなかったんだが、今考えてみりゃもしかして――と思ってさ」


 普段はどうにも忘れっぽい俺だが、太陽神リュファトにかけて、これは記憶違いなんかじゃねえ。俺と初めて顔を合わせたとき、海賊の親分は確かにこう言ってた。



 ――炭のように黒い髪、炎のように赤い瞳。ああ、おめェがフランメリックか。メル坊から話は聞いてるぜ。半年前に〈樹海宮〉って遺跡で、カリコー・ルカリコンとかいう魔法使いをぶちのめして、そこのお姫サマを助けたらしいな。それについ先日は、コンスルミラでサンドレオ帝国のレオストロ皇子と戦って、あの負け知らずの〈獅子皇子〉に一泡吹かせたそうじゃねェか。まだ十八かそこらの坊主だってのに、大したもんだぜ。



 誰が『メル坊』なのかってことは、ちょいと考えりゃすぐに見当がついた。俺のことをそこまで知ってて、しかもそんな子供(ガキ)っぽい愛称で呼ばれそうな奴となりゃ、思い当たるのはあの神様しかいねえ。

 そう――燃え盛る炎のような赤毛と赤い瞳を持つ少年の姿をした、火の神メラルカだ。

 水の女神チャパシャは森の神ガレッセオのことを「ガルちゃん」って呼んでたし、メラルカも知り合いから「メル坊」とか呼ばれてもおかしくねえだろう。

 そして、ここからは俺の推測だが――シュフィックがメラルカのことを知ってるなら、両者の間にゃ今も繋がりがあって、火の神がこの海賊船長に何か伝えようとしてるってことも充分考えられる。そう思って一か八か、シュフィックにたずねてみたんだ。俺たちがメラルカから預かった言葉を伝えなくちゃならねえ「ある男」ってのは、あんたのことじゃねえのかって。

 果たして海賊の大将は、どう答えるか。

 シュフィックはしばらく、何事か考え込んでるようだったが、やがてゆっくりとうなずいた。


「……ああ。多分、その『ある男』ってのはオレのことだ。メル坊とは、そっちのアステルと同じくらい長いつき合いでな。奴からは近々、使いが来るんじゃねえかと思ってたが、まさかおめェがそうとはな」

「やっぱり、あんただったのかよ……!」


 自分の読みが当たったとわかって、俺は心の中で快哉を叫んだ。

 今になって判明したぜ。メラルカが名前を伏せてた「ある男」の正体が。


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