第48話 はったり
それっきり、黙ってうつむいちまった星の神様にゃ目もくれず、シャー・シュフィックは俺たちの方へと向き直った。
「さて――話を戻して、だな。おめェらをどう料理するかだが――」
「それについちゃ、俺の方から提案があるんだが」
と、不意にシュフィックの言葉をさえぎったのは他でもねえ、俺だ。
アステルとシュフィックの話を聞いてるうちに、閃いたんだ。この場を切り抜ける方法が。
上手くいくかどうかは、あっちの出方次第。分の悪い賭けみてえなもんだが、他にいい手が浮かばねえ以上、やってみる価値はあると思うんだ。
「……なんだと?」
俺からの突然の申し出を聞いて、シュフィックは怪訝そうに片眉をつり上げたし、子分たちもざわざわと色めき立った。
「小僧、てめェ! わかってンのか、今の状況」
「てめェらの方から提案なんざ、できると思ってンのかよ!」
それに対して俺は、あくまで落ち着いてるように見せかけ、こう言い返す。
「わかってねえのはあんたらの方だと思うぜ。俺たちの背後に誰がついてるのか、よく考えてみなって」
余裕ぶって腕を組み、おまけに呆れたように溜め息までついてみせる。芝居だってばれねえよう、できるだけ自然な感じで。
「そっちの大将は知ってるようだし、あんたら子分の中にも薄々気づいてる奴がいるみてえだけどさ。さっきその親分が話してた通り、俺たちと一緒にいるこの坊ちゃん、本当に神様なんだぜ?」
「神様」って言葉に力を入れ、右手の親指立てて、アステルの方へ向ける。よく言えば気さくに、悪く言えば無遠慮に、神を指差してみせたんだ。
シャー・シュフィックは「それがどうした?」と言わんばかりの無表情だったが、子分たちは目に見えて驚愕した。さっき話してた若手と年嵩の子分も、驚いた顔してこっちを見てる。「やっぱり本当なのか」とでも言うように。
……よっしゃ、出だしは上々。このまま続けるぜ。
「そう、神様! しかも、道ばたの祠で祀られてるような、下っ端の神じゃねえぜ。偉大なる神々の王、太陽神リュファトと月の女神セフィーヌの息子――星の神ロフェミス。海の漢なら、その名を知らないわけねえよな?」
ついさっき、アステル自身も言ってたことだが、夜空に星をちりばめるロフェミスは、海を行く船乗りたちに方角を教えてくれる航海の守護神として、広く崇拝されてる。つまり、海賊たちにとっても馴染みの深い神様ってわけだ。
その神様に、俺はつかつかと歩み寄り――さも親しげに、肩に手を回してみせた。ぎゅっと指に力を込めて、神をこっちへ引き寄せる。
「いろいろあってさ。俺たちゃ今、仲いいんだよ、この神様と。まあ、言ってみりゃ……友達みてえなもんだな」
「え……フランメリック、さん……?」
「な? そうだろ、アステル」
目を丸くしてこっちを見るアステルに、俺は気安く笑いかけた。それから、シュフィックや子分たちにゃ聞こえねえよう声を落とし、
「……すまねえ。そういうことにしておいてくれねえか?」
星の神の耳元で、そっとささやく。
「ぼくが……友達? フランメリックさんの……?」
神の怒りを買うかもしれねえって、内心じゃ不安だった。アステルは俺たちに好意を持ってくれてる神様の一人だが、地上の種族にここまで馴れ馴れしくされたんじゃ、気を悪くしないとも限らねえからな。
けど、そんな心配は、どうやら取り越し苦労だったようで。星の神様は、初めこそ驚いてたものの、やがてその顔にゃ柔らかい、理解の表情が浮かんできた。
「……はい。わかりました。そういうことでしたら、その……喜んで」
なぜだか気恥ずかしそうに、鼻のあたりをほんのり赤らめながら、こくりとうなずく。
どうやら、俺が壮大なはったりを利かせて、シュフィックと駆け引きしようとしてることに、気づいてくれたみてえだ。
そう、駆け引き。今の状況から考えりゃ、この場はどうあがいても腕ずくで切り抜けるのは無理だろう。それなら、残された道は一つだ。頭を使った話し合いで、決着をつけるしかねえ。
正直、上手くいく自信があるかと言えば、全然ねえ! 剣術馬鹿の俺にゃ、相手を言いくるめる話術の心得なんざまるでねえし、それでなくても俺はすぐ舌が絡まったり、言葉がのどにつかえたりするからな。
それでも……この場は俺がやらなきゃ、駄目なんだ。
傍らに立つデュラムとサーラを横目でちらりと見て、腹をくくった。
妖精の美青年は巨岩人との戦いで力を消耗してて、立ってるのもやっとな様子だ。魔女っ子も、魔法をむやみに使えねえ今の状態じゃ、無理はさせられねえ。このところ、自分もがんばらねえとって意気込んじゃ失敗し、その都度仲間や神々に助けられてる俺だけどさ。今度こそ、上手くやってみせる。あの海賊たちと、話をつけてみせるぜ。
そのためにまずやらなきゃならねえのは、連中に信じ込ませることだ。俺たちが神々に気に入られてて、その加護を受けてるって話を。
「アステルだけじゃねえ。俺たちゃ、いろんな神様と顔なじみなんだぜ。リュファトにセフィーヌ、トゥポラにチャパシャ、ガレッセオ。ゴドロム、ウォーロ、ヒューリオス。それに……ああそうだ、ザバダにも会ったことがあるな」
ザバダ。七つの海と幾千幾万の波を統べる大海の主。神々の中でも軍神ウォーロ、雷神ゴドロムと肩を並べるほどの強大な力を持つとされる、最強の一角。そして、目の前に立つ海賊の大将にとっちゃ、憎むべき仇敵。その名を聞いて、海賊たちの顔に畏怖の表情が浮かぶ。〈人喰い鮫〉と恐れられる首領の顔色も、かすかに変わった。
「……おめェら。海の神と、会ったのか」
探りを入れるように、シュフィックが聞いてくる。凍りついた青い瞳の奥底で、興味と関心、好奇の光がちらちらと瞬き、見え隠れしてやがる。
「どんな野郎だった。教え……いや、言ってみな」
しめたぜ。鮫が餌に、食いついた。
「へっ。その様子じゃあんた、直接会ったことはなさそうだな、あの海の神様と。いいぜ――話してやっても。けど、それにゃそっちの態度を改めてもらわねえと困るぜ。いくらなんでも、そんな喧嘩腰じゃな……」
今や話の主導権を握ってるのは俺の方。そんなふうに見えるよう、優越感たっぷりの口調で、もったいぶってみせる。
太陽神リュファトにかけて、普段は絶対やらねえ、嫌な話し方だ。
「大将、だまされちゃいけねェ!」
シュフィックの子分の一人――小太りの中年男が、横槍を入れてきた。
「そっちの女の子みてェな顔した坊やがロフェミス神で、親分と知り合いだって話はともかく、こっちの子供がいろんな神サマと顔なじみだなんて法螺に決まってらァ! この小僧、どうせはったりかましてるだけですぜ!」
ぎくり。胸の太鼓が一際高鳴り、周囲に聞こえたんじゃねえかと、内心焦る。「はったりかましてる」ってのは、まさに仰る通りだからな。俺は背中にどっと冷や汗かいたものの、表向きはあくまで平気な、涼しい顔して振る舞った。
……ったく、平静を装うのも楽じゃねえぜ。こうなりゃ、あっちを信用させるために一つ、大道芸でも披露するか。
そう考えた俺は、右手に剣を持ったまま、偶然近くにあった岩の方へと歩き出した。




