第46話 また会ったな、おめェら
岩の巨人は崩れ去ったが、まだ安心はできねえ。シャー・シュフィック一味の海賊船〈海神への復讐号〉は、巨岩人を倒した後も船足を緩めず、海岸近くまで迫ってきた。
「よう。誰かと思えば、おめェらか」
ここから先は浅くて船が乗り上げる――ってところの一歩手前まで来て、船上からこっちへ声をかけてきたのは海賊たちの御大将、シャー・シュフィックその人だ。
「てっきり大海蛇の餌食になったか、乗ってた船ごと海の藻屑と消えたか、そのどっちかだと思ってたんだがな。まさか生きてるたァ思わなかったぜ」
船縁に右足をかけ、腕組みして俺たちを見下ろす海賊の親分。
「おう、おめェら何ぼーっとしてやがる? 小舟の用意だ、もたもたするんじゃねェ! あいつらを捕まえるんだ。陸の奴らにも、とっとと合図を送りな」
「へ、へいお頭!」
「合点承知!」
やっぱりというべきか、海賊たちは別に善意から巨岩人を倒してくれたわけじゃねえようだ。親分に命じられ、手下たちが上陸の準備にかかる。小舟が三艘海に降ろされ、屈強な男たちが櫂を握った。
「そーら漕ぐぞ、せぇーのッ!」
ドォン、ドォン! 拍子をとる太鼓の響きに合わせ、櫂を引いては押し出し、押しては引き戻す、そのかけ声も勇ましく、海賊たちが漕ぎ寄せてくる。
「「「エイホゥ、ヤァホゥ、エイエイホゥ!」」」
「「「ヤァホゥ、エイホゥ、ヤァヤァホゥ!」」」
「……ちくしょう。なんだって、こんなときに」
巨岩人と戦った後で、こっちはくたくただ。この後、続けてあの連中を相手にするなんざ、できっこねえ。
この場はやっぱり、逃げるしかねえ――と思ったんだが。
「ひゃっはァーッ! 逃がさねェぜーッと!」
そうは問屋が卸さねえとばかりに、野卑な声が聞こえてきた。海賊たちが漕ぎ寄せてくる海の方から、じゃなくて反対側――右手にそそり立つ崖の上からだ。
声がした方を見りゃ、なんと! いつの間にか断崖の上に、人影がいくつも並んでやがる。
頭に絞り染めの手巾を巻き、弓に矢をつがえてこっちを狙う男たち。どうやら奴らもシャー・シュフィックの一味みてえだ。
「やい、てめェらは完全に包囲されているッ! おとなしく武器を捨てて降伏しやがれッ!」
「ま、降伏しても死ぬけどな。もちろん、抵抗しても死ぬけどよ」
「つーまーり、どっちにしたって死ぬってこった」
「そういうことだぜ、ひゃっはっはァ!」
「……海賊が、なんで陸の上に?」
なんて疑問の答えを探してる余裕はねえ。海上からは海賊たちが小舟で迫り、崖の上からも射手が弓引いて狙ってるなんて。海と陸の両方から、完全に挟み撃ちされてる格好じゃねえか。こりゃ本当に、絶対絶命の状況だ。唯一の救いは、奴らの親分にゃ俺たちをすぐに殺そうとか、そういうつもりはなさそうだってこと……だろうか。
「阿呆。誰が殺せなんて言った? 捕まえろって言ったんだよ、オレは」
血気にはやる手下たちを軽く叱りつけ、海賊の首領は小舟から浅瀬にざぶんと飛び降りた。そのままざぶざぶと、脚を濡らして大股で歩いてくる。
「お、親分! ちょっと待ってくだせェよ!」
「やいおめェら、親分を一人で行かせンじゃねェ。早く行け、もたもたすンな!」
お頭の後を追って、子分たちも慌てて小舟から降り、次々と陸に上がってきた。
海から来るのは二十人、崖の上にいるのは十人余りってところか。多勢に無勢でこっちから仕掛けるわけにもいかず、俺たちはなす術もなく取り囲まれちまう。
手下たちに四方をぐるりと囲む壁をつくらせておいて、シュフィックは単身、俺たちの方へ近づいてきた。腰に差した得物――二振りの舶刀にゃ触れようともせず、自分の庭を散歩でもするかのような、軽い足取りで。
「――はん。また会ったな、おめェら」
この海賊船長とはすでに先日会ってるわけだが、こうして間近で顔を合わせるのは初めてだ。近くで見ると、やっぱり海の漢らしい凄みというか貫禄があって、気圧されそうになっちまう。
向こうが無造作に距離を詰めてくるのを見て、俺は思わず後ずさりしそうになったが、ぐっとこらえて踏み止まった。
……踏ん張れ、俺。一つ一つ、自分にできることをやるんだろ?
ともすりゃ弱気になりがちな、自分の心に言い聞かせる。
「――俺たちを、どうするつもりだよ?」
ごくりと唾を飲み込み、のどの奥から絞り出したのは、そんな問いだ。この海岸へ来た理由とか、巨岩人を攻撃したわけとか、なんで崖の上に仲間がいるのかとか、他にもいろいろ聞きてえことは山ほどあったが、まずは一番大事なことから、率直にたずねてみた。
「さァて――どうしたもんか」
シャー・シュフィックは右手の親指、人差し指を顎に添え、考え込む素振りを見せながら、俺たちの反応をうかがうようにこっちを見た。
「海に放り込んで、鮫の餌にする。一人一人別々の奴隷商人に高値で売り飛ばす。三人で殺し合わせて、最後まで生き残った一人だけを生かしてやるのもいい。ああ、そうだ――おめェらフォレストラのお姫サマと親しそうにしてたな。あのお姫サマに使いをやって、身代金をたんまり脅し取ってやるのも悪くねえか。いろいろ選ぶ道がありすぎて迷っちまうぜ。なァ、そうだろ野郎ども?」
周囲でどっと、賛意を示す笑いの渦が巻き起こる。自分たちがくつがえりようのねえ優位にあって、俺たちを生かすも殺すも思いのままだって確信してる連中らしい、下卑た笑いだ。
だが、そのとき。
「――その中の、どれもあなたに選ばせたりしませんよ、シュフィックさん」
今まで黙ってたアステルが、すっと俺たちの前へ進み出た。
「あ、おいアステル、あんた……!」
「ああン? なんだァてめェ、すっこんで――」
シュフィックの子分の一人、奴らの中じゃ若手の男が、そう詰め寄ろうとしたものの、
「馬鹿野郎! 新入りが出しゃばるンじゃねェ!」
「ほぐわッ?」
隣にいた年嵩の子分――いかにも熟練の船乗り、古参の海賊って感じの爺さんに、いきなり張り倒された。
「な、何するンすか、とっつぁん! 痛えじゃねェっすか!」
「いいから、あの坊ちゃんにゃ手ェ出すな! あいつァ親分の――そう、古い知り合いだ」
「へ? あの子供がっすかァ?」
「ただの子供じゃねェ。おめェは初対面だろうが、俺はあの坊ちゃんと昔何度か会ったことがある。最後に会ったのは、ありゃァ確か二十年くらい前――親分と一緒に〈星降り岬〉に上陸したときだ。静かな夜で、頭上にゃ怖いくれェにきれいな星空が広がってた。あンときも今と寸分違わず同じ面してやがったぜ、あの坊ちゃん」
「に、二十年前から面が変わってねェって、そんな馬鹿な。それじゃまるで不老不死じゃねェっすか。神話や伝説じゃあるまいし、ンなことあるわけ……ほぶッ!」
「おめェは新入りだから信じらンねェだろうがな。親分の船で長く働いてると、時々ああいう不思議な奴と出くわすんだよ。年をとらねェ奴、剣で斬ろうが突こうが死なねェ奴。この前、フォレストラの王女サマが乗ってた船を襲ったときも、何人かいただろ? ほら、俺たちが束になってもまるで歯が立たねェ、化け物みてェに強い奴がよ。親分の話じゃ、連中の正体ってのは他でもねェ、神サマなんだとさ」
「か、神サマだってェ? そりゃとっつぁん、俺も親分がいろいろとわけありの人で、年齢も見た目通りじゃねェって噂は聞いてるっすよ? それに、この前戦ったヘッガ・ワガン――神の眷属だって言われる大海蛇を、ずっと追いかけてるってことも知ってるっす。けど、あんな子供が神サマだなんて、いくらなんでも信じらンねェっすよ……!」
二人の子分がそんな話をしてるのを気にも留めず、シャー・シュフィックは星の神様と向き合った。




