第45話 俺は〈護りの剣術王〉!?
「いたたた……フランメリックさん、お仲間の二人も、無事ですか?」
ついさっきまで、巨人の拳と大地の板挟みになってたアステルが、肩を押さえて、よろめきながら歩いてくる。
「アステル! そりゃこっちのせりふだって。あんたこそ、ふらふらじゃねえか!」
「あは、はは……さすがにちょっと、疲れました。明日は肩凝りがひどくて、辛いでしょうね……あいたたた!」
あんな馬鹿でかい魔物の拳を、ずっと一人で支えてたってのに、肩が凝る程度ですむのかよ。もう、驚きを通り越して、呆れちまうんだが。
「いたた……ぼくのことより皆さん、この場は逃げた方がいいと思いますよ」
「ん……やっぱり、そうだよな」
悔しいが、あの魔物――巨岩人は強い。アステルに力を貸してもらえば話は別だろうが、俺たち三人で倒すのは相当骨が折れそうだ。なんとかならねえかと、できる限りのことはやってみたが、やっぱり力が足りねえ。
「デュラム! さっきの魔法をかけた槍、もう一度投げることはできねえか?」
妖精の美青年にそうたずねてみるも、
「無茶を言うな。あれは私の切り札だ。そう何度も……っ! できるものでは、ない……」
と、かぶりを振られちまう。
「そう何度も」って言った直後に、デュラムの奴、顔をしかめて右腕を押さえやがった。こめかみに汗を流して歯を食いしばってるところを見ると、痛みをこらえてるようだ。
「デュラム? お前、その腕……!」
左手でぐっと押さえ込んだ右腕に、めきめきと赤黒い筋が浮き上がってきてる。あれは血の通り道――胸から全身へ血をめぐらせる管じゃねえか。
「おい、大丈夫かよ!」
「なんでもない……じきに治まる。気にするな……」
「いや、気にするって! おいサーラ、デュラムを診てやってくれよ、頼む!」
デュラムの表情は辛そうだ。こりゃ放っちゃおけねえと、魔女っ子に助けを求めた。
「落ち着きなさいメリック。大丈夫だから、慌てないで。あなたの荷袋に痛み止めの薬、入ってたでしょ? あれをちょうだい――早く!」
傷や病を癒す技術に詳しい魔法使いの美少女は、俺みてえに慌てることなく、小声で素早く指示を出してくる。
「お、おう……わかったぜ!」
こんなとき、しっかり者のサーラがそばにいてくれてよかったって心底思う。呪いのせいで大きな魔法は使えねえが、こういう事態にも落ち着いて適切に対処できるってのは、やっぱり心強いぜ。
言われた通り、荷袋から飲み薬が入った硝子の小瓶を取り出しながら、それにしても……と考えた。魔法ってのは、神々から力を借りて奇跡を起こす技術なんだよな。ってことは――俺たち地上の種族が強大な神の力を使えば、サーラみてえに呪いをかけられた身じゃなくても、体への負担とか反動とか、良くない影響があるんじゃねえか。デュラムが今、辛そうにしてるのも、そういう悪い影響が現れてきたってことなんだろうか?
とにかく、これ以上デュラムに無理はさせられねえ。そうなりゃ、残された道は一つだろう。俺の剣はまるで通じねえし、サーラは呪いのせいで魔法の使用を控えなきゃならねえわけだし、こりゃもう、三人――アステルを加えりゃ四人――そろって、脱兎のごとく逃げるしかねえぜ。
冒険者にとって逃げるは恥だが、生き延びるにゃそれしかねえ。
サーラがデュラムに薬を飲ませるのを見守りながら、俺が唇噛んで決意を固めた、そのとき。巨岩人の右肩に突然炎がふくれ上がり、轟音を立てて弾ける。魔物の巨体が、ぐらりと大きく揺らいだ。
「……? あの炎……沖合から飛んできたみたいね。あの異様な燃え方、確かこの前……」
「おいデュラム、サーラ! 見ろよ、あれ!」
「うぅ、フランメリックさん……ぼくだけ名前、呼んでくれないんですね。寂しいです……」
「え? ああ……すまねえアステル。あんたもほら、あれを見なって!」
そう言って俺が指差したのは、沖合に浮かぶ船。今まで巨岩人と戦うので手一杯だったんで、海へ目を向ける余裕なんざなかったが、ふと見りゃ、でっかい帆船が一隻、こっちへ近づいてきてるじゃねえか。
天を突き上げる槍のように、船上に高々とそびえ立つ主帆柱。その頂にはためくのは、真っ黒な布地に白い髑髏――嗤うしゃれこうべを描いた海賊旗だ。
「あれは、まさか……シャー・シュフィックの船、か?」
薬を飲んで、いくらか痛みが和らいできた様子のデュラムが、うめくように言った。
どうやら、そのまさかみてえだ。あの胸の前で鉤爪生えた両手を交差させる、王冠かぶった骸骨の船首像! 先日俺たちを襲ってきた海賊船〈海神への復讐号〉だ。
ボンボン、ボボンと、火がついた壺をいくつも甲板の投石機から撃ち出しながら、海賊船はこっちへ迫ってくる。
飛んできた壺は岩の巨人に命中すると、弾けるような奇妙な燃え方をする炎の花を、ぱっと咲き誇らせた。
「げっ、あれは……〈チャタナイの魔弾〉!」
「〈チャナタイの魔弾〉よ、忘れん坊!」
「いけねえ、そうだった……」
こほん! 先日、俺たちが乗る〈波乗り小人号〉を海賊たちが襲撃してきた際、連中が使ってた武器だ。東方の錬金術師がつくり出した、爆ぜる炎を発する魔法の壺。その威力は絶大で、二度三度と炎を浴びる度、巨岩人の体を形づくる岩が砕け飛び、破片がこっちまで飛んでくる――それも一つや二つじゃなくて、何十と!
「危ねえッ!」
中にゃ拳大の、あるいはそれ以上に大きな破片もたくさんあるからな。デュラムとサーラの前に出て、剣を振るった。飛んでくる岩の砕片を打ち払い、叩き落としながら、背後の二人を下がらせ、俺自身もじりじりと後ずさる。
……ちくしょう。こんなことくらいしかできねえのが情けなくて、悔しくて、不覚にも涙が出ちまう。それでも塩辛い悔し涙を噛み締め、破片が飛んでこねえ安全なところへ下がるまで、ひたすら剣を振り続けた。自己憐憫に浸ってる場合じゃねえぞって、自分に言い聞かせながら。
そんな中で一つだけ、嬉しいことがあった。アステルの奴がそばへ来て、俺たちが後退する手助けをしてくれたんだ。
「ぼくもお手伝いします、フランメリックさん」
女の子みてえな顔した星の神様は、雨霰と降り注ぐ巨岩人の破片をパン、パンと素手で叩き落として、俺が剣を振らなきゃならねえ回数を減らしてくれた。こっちが頼んだわけでもねえのに、自ら進んで。
破片は一度にいくつも、ばらばらと飛んでくる。だから、俺の剣一振りじゃさばききれねえ分をアステルが打ち払ってくれるのは、大いに助かる。助かるんだけど、な……。
「フランメリックさんって、防いだり守ったりするのがお上手なんですね。以前〈樹海宮〉で母さんと戦ったときも、母さんの大鎌を上手くさばいてたでしょう? あ! 先日ガレッセオさんとチャパシャさんから聞いたんですけど、海賊に襲われたとき、向こうが射かけてきた矢を全部剣で斬り払ったそうですね! すごいです。そんなこと、誰にでもできることじゃないですよ。あの……フランメリックさんのこと、〈護りの剣術王〉って呼んでもいいですか?」
「だああああっ! すまねえがアステル、気が散るから話しかけねえでくれよ! こっちは今、忙しいんだからさ!」
当たっても大して痛くねえ欠片にまじって、当たりどころが悪けりゃ命取りにもなりそうな破片が次から次へと降ってくるんだ。それを払い除けるのは、神ならおしゃべりしながら素手でもできることなんだろうが、俺にとっちゃ命懸けの行いだ。
……ってか、なんだよ〈護りの剣術王〉って!
どうもアステルは俺のことを買いかぶってるらしい。今だって、子供の頃から憧れてた伝説の英雄にでも会えて喜んでるかのように、邪気のねえ、きらきらした目でこっちを見てるし。
俺は英雄なんかにゃ程遠い、剣術馬鹿なのに。むしろアステルの方こそ、伝説どころか神話の中からするりと抜け出してきたような存在だってのに、おかしな奴だぜ。
……もちろん、手伝ってくれるのは、ありがてえんだけどさ。
「あんたもつくづく物好きな神様だよな、アステル。俺たちなんざ助けたって、大したもんは出てこねえぜ?」
俺が剣を振りながら横目を向けると、夜の王子は心外そうに、
「別に、お礼がほしくてやってるわけじゃないですよ。ぼくはただ……自分がやりたいことをやってるだけです」
と、ちょいとばかりむくれた顔になる。
「そうなのか? それなら、嬉しいけどさ……うおっと!」
飛んでくる破片が多いときは、いちいち剣を振り上げ、振り下ろしてたんじゃ防ぎきれねえ。白刃を車輪みてえにぐるんぐるんと回転させて、三つか四つ、あるいは五つまとめて弾き返す。旋回する鉄の刃が破片と幾度もぶつかり合い、その都度バチン、バチンと火花が散った。
「メリック……? 貴様それは、私の――」
「へっ。以前〈樹海宮〉の地下で姫さんに矢を射かけられたとき、お前がこうやって槍をぶん回して、守ってくれたことがあっただろ?」
背後でデュラムの奴が驚いてるのがわかったんで、ちょいと振り返って、笑ってみせた。
「俺にも似たようなことができねえかって、夜中にこっそり特訓してたんだよ。筏で漂流生活してるときもさ。やっぱり日頃からの積み重ねってのは、大事だよな」
そうだ。どんなに自分の力のなさを感じても、もう凹んだりしねえ。自分にできることを、こつこつとやっていこう。そうやって積み上げたもんが、いつかきっと、神々が座す高みまで――あの天空の都まで、届くと信じて。
そうするって、決めたんだからさ。
アステルと肩を並べ、二人の仲間を守って後退するうちに、ようやく破片が届かねえところまで来た。
向こうじゃ依然、海賊船から次々と放たれる〈チャナタイの魔弾〉が、岩の巨人に当たって炸裂してる。
とうとう〈魔弾〉の一つが、魔物の頭を直撃した。炎が爆ぜて、怪物の頭にひびを入れる。そこへ、とどめとばかりにもう一撃……!
どうやらそれが、決め手となったようだ。巨岩人の頭が四つに割れて、全身にびくんと震えが走る。巨人の四肢がぎこちない動きを完全に止め――次の瞬間にゃ、ぼろぼろと崩れ出した。
巨人の崩壊は速かった。まるで首飾りの紐がちぎれて、串珠がちらばるかのように十本の指がばらけ、指を失った手もぼろりと崩れ去る。腕が肩ごと外れて、足元に落下した。その足も見る間にひび割れ、膝が折れ、腰が砕けて巨体が傾ぐ。
どう、とくず折れてからは、まさにあっという間だった。あれだけ堅牢だった岩の魔物は、今や浜辺に倒れ伏し、海風に吹きさらされて、見る間に原形を失っていく。最後にゃ欠片一つ残さず、砂煙となって消え失せた。
それが、俺たちを苦しめた岩の魔物、巨岩人の最期だった。




