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第44話 一石二鳥

 渦巻く風をまとった槍が、巨岩人(ウルリクムミ)めがけて一直線に飛ぶ。錐みてえに回転する槍先が狙うのは、足でもなけりゃ腰、胸、肩のいずれでもなく――。


「み、右手……?」


 そう。サーラを捕らえてる左手……じゃなくて、アステルが体を張って受け止めてる右手。その甲を、デュラムは狙ったようだ。

 ガリガリガリッ! 回転する槍の切っ先が、命中するなり削る、削る。細かい岩屑を派手に飛び散らせ、岩粉を煙みてえに舞い立たせて、巨人の手の甲を深々と掘削していく。あの様子じゃ、魔物の手に風穴が開くのも時間の問題だろう。


「すげえ……!」


 思わず感嘆の声を上げちまう俺。けど、その一方で、デュラムらしくねえ――とも思った。こいつは冷たそうな見かけによらず仲間思いな奴だし、しかもサーラに惚れてるみてえだからな。右手を狙ったのは、意外だぜ。


「デュラム、お前……なんて言うかその、なんだ。この場合、まずは左手を狙うべきじゃねえのかよ?」


 もちろん、アステルを助ける必要はないなんて、薄情なことを言ってるわけじゃねえ。俺にとっちゃ、巨岩人(ウルリクムミ)に潰されそうになってたところを救ってくれた命の恩人なんだから、むしろ助けてやってほしいって、心底思う。

 ただ、不死なる神のアステルと、俺やデュラムと同じ地上の種族であるサーラ、どっちを先に助けるべきかと言えば、ここはやっぱり、急がねえと命が危ない後者ってことになるんじゃねえか。

 そんな意見を控えめに言うと、すぐに意外な答えが返ってきた。


「――心外だな。貴様、私がサーラさんではなく、ロフェミス神を助けるために槍を投げたと思っているのか?」

「え……違うのかよ?」

「左手に投げれば、サーラさんに当たってしまうかもしれないだろう。下手をすれば、それでサーラさんが命を落とさないとも限らん。その点、ロフェミス神は不死だからな。万が一私の槍が当たっても、死ぬことはない」

「そ、そりゃまあ、そうだけどさ」

「ではメリック、今度は私からたずねるが――」


 と、デュラム。


「もし、貴様が魔物との戦いで左手の甲を傷つけられたら、そのときはどうする?」


 妖精(エルフ)の美青年は腕を組み、試すような目で、じっと俺を見つめてくる。


「どうするって……そりゃお前、こうやってもう一方の手で、傷を強く押さえてだな……」


 どの程度の傷かにもよるが、深手ならまずはそうやって、血が流れ出るのを止めようとするんじゃねえかな。

 話しながら、実際に右手で左手の甲を押さえてみせようとしたところで、はっとなった。


「ああ……そういうことか!」


 読めたぜ、デュラムの本当の狙いが。

 今は魔物と戦ってる最中だから、俺の右手は剣を握ってて、他のことにゃ使えねえ。それと同様、巨岩人(ウルリクムミ)も現在、魔女っ子をつかんでて、左手がふさがってる状態だ。デュラムの槍に穴を開けられてる右手を押さえようとすりゃ、当然サーラを手放さなきゃならねえだろう。

 デュラムの奴……そこまで計算したうえで、あえて左手を狙ったのかよ。

 サーラを救って、おまけにアステルも助ける。まさに一石二鳥じゃねえか。


「ふん、ようやく気づいたか」


 腕組みしたまま、鼻を鳴らすデュラム。


「気づいたなら、さっさと行け。サーラさんを助けるために、私は自分にできることをした。貴様にも、剣を振り回すだけでなく、他にできることがあるだろう?」

「……! ああ……わかったぜ!」


 すまし屋の妖精(エルフ)に諭されちまったのは、なんだか悔しい気もするが、今はそんなことを気にしてちゃ駄目だ。さっきアステルに話したように、自分にできることをやるぜ。


「サーラ!」


 巨岩人(ウルリクムミ)につかまれてるサーラの真下へ行って、両手を広げる。その直後――巨人の拳を絶賛掘削中だった妖精(エルフ)の槍が、ついに拳の向こう側へと突き抜けた。魔物の固く握り締めた右手を、見事なまでに貫通しちまったんだ。

 槍は、そのまま宙に大きく弧を描き、デュラムの手許に戻ってくる。

 一方、俺が何度剣で斬っても苦痛の声を上げなかった巨岩人(ウルリクムミ)だが、魔法がかかった槍に拳を貫かれた痛みにゃ、さすがに耐えかねたようだ。岩でできた全身を激しく震わせ、長々と咆哮する。そして、アステルの肩に重くのしかかってた拳――右手を勢いよく引き上げる。同時に、左手でつかんでたサーラを、ぱっと手放した。


「えっ……ちょ、ちょっと何よ、急に……きゃああッ!」


 突然宙に放り出されて驚いたサーラが、悲鳴を上げる。あの高さから地面に落っこちりゃ、大怪我は必至だ。そうならねえよう、真下に来て待ち構えてた俺が両手で――受け止める(キャッチ)


「どわっと!」


 勢いを殺し損ねて、どすんと尻餅をつきはしたものの、仰向けの状態で落ちてきたサーラの背中を、どうにか抱き留めることができた。


「っててて……!」

「サーラさん、ご無事で? 怪我はありませんか」


 デュラムが駆け寄ってきて、サーラの安否を気遣う。


「え、ええ……おかげさまで。ありがと、デュラム君。それに……メリックも」


 サーラの向日葵みてえな笑顔につられて、俺も思わず顔をほころばせそうになり……やめた。魔法を使って見事巨岩人(ウルリクムミ)に痛手を負わせたデュラムと、無様に尻餅ついてる今の自分を、頭の中で比べちまったからだ。


「……いや。礼ならデュラムにだけ言えばいいって」


 暗く沈んだ表情をサーラに見せたくなくて、ぷいっと顔を背ける。


「俺は……大したことはできなかったからさ」


 そうだ。俺にゃあの魔物を倒すことも、サーラを助け出すこともできなかった。落ちてきた魔女っ子を受け止められたのがせめてもの救いだが、それくらいのことしかできない自分が、どうしようもなく情けねえ。

 それなのに――そんな役に立たねえ俺にも、サーラは優しくしてくれた。


「なーに謙遜してるのよ。あなただって、がんばってたじゃない。あいつの足にこう、何度も剣を振るって、あたしを助けようとしてくれてたでしょ? 今だって、あなたがこうして受け止めてくれなきゃ、多分あたし、そのまま地面に叩きつけられて冥界行きになってたわ」

「サーラ。けど、俺は――」


 世の中、どれだけのことができたかって結果がすべて。どんなにがんばったかとか、経緯はどうでもいい――なんて考えも、この世にゃあるわけで。そういう物差しで計りゃ、いくら剣を振るっても巨岩人(ウルリクムミ)に大した深手を負わせられなかった俺は、役立たず決定ってことになるんじゃねえか。

 俺がまだ立ち直ってねえのを見てとったのか、サーラは自分の足で地面に立つと、藍玉(アクアマリン)の瞳でじっと俺の目をのぞき込んできた。その真摯な眼差しに射貫かれて、俺はぐっと言葉を詰まらせちまう。


「――今、あたしを助けてくれたのは、神様でも英雄でもなくて、デュラム君とあなた。そうでしょ? 自分には大したことはできないなんて、そんなこと言わないで。あなたは自分以外の誰かのために、必死になれる人なんだから――」


 口先だけとは思えねえ真剣さで、語り続けるサーラ。


「そりゃね、あたしたち地上の種族ってのは弱いんだから、なんでもできるわけじゃないわ。むしろ、できないことの方がずっと多いんじゃないかしら。けど、だからって凹んでちゃ駄目。あたしたちにできることを、どんな小さなことでもいいから見つけて、こつこつやるの。地上を見下ろす気まぐれな神様たちに、あたしたちはこういうことができる、こんなこともできるんだからって、一つ一つ示していくのよ。神様と戦うって、案外そういう地道なことなんじゃないかしら」


 サーラの話には、賢者が論じる哲学って学問みてえなところがあって、単純な剣術馬鹿にゃわかりづらい。ただ一つだけ、俺にもわかるのは――呪いが強まってきてる身で、しかもついさっきまで、いつ巨岩人(ウルリクムミ)に握り潰されてもおかしくねえ状況だったってのに、この魔女っ子は全然絶望してねえってことだ。神々が定める運命の過酷さや、自分たちの地上の種族の弱さを嘆くことなく、ただ今をひた向きに生きようとしてる。

 それに引き替え、俺は――。



 ――私の息子が、そんなみっともない顔をするな。



 不意に脳裏に蘇ったのは、今となっちゃ懐かしい、親父の声。



 ――背筋を伸ばして、胸を張れ。男らしく、堂々と生きていけ。



 三年と半年前のあの日。燃える城の中で、親父が俺にかけた、別れ際の言葉だ。


「……すまねえ、サーラ」


 思えばこのところ、心が沈んでばかりな気がする。目下最も厄介な敵である火の神メラルカはもちろん、シャー・シュフィック率いる海賊たち、大海蛇ヘッガ・ワガンや今相手をしてる巨岩人(ウルリクムミ)、乗ってた船の沈没と、それに続く漂流生活。そして、サーラにかけられた呪い。行く手に立ちはだかる様々な脅威や乗り越えるべき障害、解決しなきゃならねえ問題を前に、自分の無力を思い知らされることが多かったからな。顔を上げなきゃならねえって思いながらも、ついついうつむいちまうようになってたのかもしれねえ。

 けど今、サーラに諭され、親父の言葉を思い出して、気づいたことがある。それは――落ち込んで溜め息なんかついてたって、なんにもならねえってことだ。

 この先、何かある度にいちいち自分の無力を嘆いたりしねえで、とにかく俺にできることを一つずつやっていこう。今はそれしかねえって、思うことにしてさ。

 と、そのとき。デュラムの槍に突き穿たれた左手を、右手で押さえて苦しみ悶えてた巨岩人(ウルリクムミ)が、全身に怒気をみなぎらせて咆哮した。


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