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第43話 がんばる人が、好きなんです

 後ろへ下がる前に、せめてもう一撃! そう欲を張ったばかりに、逃げるのが遅れた。あと一太刀加えりゃひょっとして、魔物が苦悶の声を上げるんじゃねえか。そんな甘い期待を抱いてたのかもしれねえ。


「メリック!」


 魔法の力に守られてるとはいえ、自分だって巨岩人(ウルリクムミ)の怪力に締め上げられて苦しいだろうに、魔女っ子が必死な顔して呼びかけてくる。


「もういいから! あたしに構わず、早く逃げて――!」


 一旦退かねえとさすがに危険か。サーラの声を聞いて焦りを覚えたときにゃ、手遅れだった。魔物はすでに拳を振り上げる動作から、打ち下ろす動作へ移ろうとしてる。

 その姿が、大鎌振りかざす死神のそれと二重写しになって見えたのは、俺の幻覚だろうか。


「まずい……!」


 これはもう、避けきれねえ。冗談抜きで、()られる。

 死を目前にして、恐怖で目の感覚がおかしくなってるのかもしれねえ。巨人の拳が、ひどくゆっくり、けど刻一刻と確実に、こっちへ迫ってくるように見えた。


「……っ!」


 無駄とは知りつつ、両腕を額の前で交差させ、身を守る姿勢をとる。そこへ容赦なく、岩塊そのものといっていい魔物の拳が降ってきた――!

 まさにそのときだった。俺の前に、青黒い人影がきらめく光の粒を振りまきながら滑り込み、高々と両手を掲げたのは。


「な……アステル?」


 しなやかな細身に、紺色の甲冑。流れる蜂蜜みてえな黄金色の髪。人影の正体は、星の神様だった。デュラムの手当てを終えて、こっちへ駆けつけてくれたらしい。


「早く……っ! 逃げてください!」


 アステルは肩越しに俺を見やってそう言うと、頭上に掲げた左右の掌で、巨岩人(ウルリクムミ)の拳を受け止める……って、ええっ?

 自分の目が、信じられねえ。だが今、地面に尻餅ついた俺の目と鼻の先で起こってることは、紛れもねえ現実だ。上からずしんと、叩きつけるように落下してきた特大の拳。それを、ほっそりした色白の少年が、大して大きくもねえ掌二つで、がっしりと受け止めてた。 

 地上の種族じゃ、到底受け止められっこねえ一撃だ。それは拳の大きさ(サイズ)や、アステルの両足が地面に深々とめり込んじまってるのを見りゃ、容易にわかる。

 その一撃を、受け止めちまうなんて。


「アステル、あんた……重くねえのか?」


 からからに乾いた口から出たのは、そんな間の抜けた問い。


「も、もちろん重いですよ。決まってるじゃ、ないですか……!」


 こんなときに、わかりきったことを聞かないでください――そう言わんばかりの必死な表情で、神は俺に再度、逃げるよう促してくる。


「……アステル。俺は――」


 ついさっき、大口叩いて強がったばかりだってのに、また神に助けられちまった。果たして俺は、幸運な奴なのか。それとも、神々にいちいちお()りをしてもらわなきゃ何もできない、情けねえ男なのか。

 いや、今は自分のことよりも――だ。


「あんた……なんで俺たちに、ここまでしてくれるんだ?」


 昨夜も同じ問いかけをした気がするが、改めてもう一度、問わずにゃいられなかった。

 自分たち神々に対して、従順じゃねえ俺たち――その中でも特に生意気で、うるさくきゃんきゃん吠える犬みてえな俺を、ここまで助けてくれる理由ってなんなんだ。


「あ、れ……? 昨日、言いません、でしたか? あは、はは。別に、大した理由じゃない、ですよ」


 ぎりぎり、ぎり。鎧の各部が擦れ合い、軋む不吉な音を立てながら、星の神様はぎこちなく首をねじって、こっちを向いた。食いしばってた歯と歯の間にわずかな隙間をつくり、のどの奥から苦しげな息と一緒に、言葉を絞り出す。


「……ぼく、がんばる人が、好きなんです。あなたみたいに、地上でがんばって、生きてる人が……」


 声が震えてる。俺が見たところ、演技なんかじゃなくて、本当に。いくら神でも、この馬鹿でかい魔物の拳を受け止めたままでいるのは、やっぱり大変みてえだ。


「それなのに、ぼく……普段、地上に住んでる人たちのためにできることって言えば、夜空に星をちりばめることくらいなんです。そうやって、夜空を眺める方にほっと一息ついてもらったり、旅する方々に方角を教えたり……農家の皆さんに、種まきや収穫の時期を知らせたり。神なんていってもぼく、そんな小さなことしかできないんです。本当はもっと、いろんなことをして、差し上げたいんですけど……」


 訥々と語りつつ、魔物の拳を一人で懸命に押し留めてるアステルの姿は、未来永劫、孤独に天空を支え続ける運命を背負った伝説の大巨人を思わせた。震えるその声からは、苦しさだけじゃなくて、悲しい、寂しい、あるいは悩ましい――そういった感情が、冷たい北風に肌を刺されたときみてえにひしひしと伝わってきて、聞いてるとどうにも切なく、痛ましい気持ちにさせられる。

 ……最後のあたりで口ごもったところを見ると、神にもいろいろと――本人が話してくれたこと以外にも――事情があるのかもしれねえ。地上の種族にささやかなことしかしてやれねえ、事情ってもんが。


「だから……せめてこうして、地上にいられる間くらい、今を精一杯、がんばって生きてる人たちのために、できることをしたいんです。いけません、か……?」

「……もういい。いいからしゃべるなって、アステル!」


 こいつは不老不死の神だ。どんなに痛い目に遭って苦しむことがあっても、死にはしねえ。だから、こんなふうに苦しそうにしてたって、心配や同情なんざする必要はまったくねえ……はずなんだが。

 そうとわかってても、この神様の悲痛な声を聞くのは辛かった。俺たち地上の種族と同様、悩みや苦しみに満ちた神の言葉を、それ以上聞いてられなくて、思わず待ったをかけちまう。


「俺はもう、大丈夫だ。あんたのおかげで、助かったから。だからもう……!」


 そんな重荷を、一人で背負わなくていいんだって。そう続けようとした、そのとき。


「下がっていろ、メリック」


 落ち着いた、それでいて力強い一声と共に前へ出てきたのは、妖精(エルフ)の美青年だった。


「デュラム? お前、怪我は……?」

「問題ない、まだ戦える。認めたくはないが、そちらの神の世話になったからな」


 どうやら、アステルに手当てしてもらって、どうにか持ち直してきたみてえだ。

 戦いの場に復帰してきた妖精(エルフ)の槍使いは、逆手に持った得物を後ろへ引いて、投擲の構えをとる。


「デュラム、奴にゃ刃は効かねえぞ! 足を傷つけりゃ、あいつが転ぶなり痛がるなりして、サーラを助け出す隙ができねえかと思ったんだが……あの野郎、何度斬りつけても全然手応えがねえ! さっきお前が言ってた通り、魔法じゃなきゃ通じないみてえだ!」


 俺がそう忠告すると、デュラムは槍を構えたまま、じろりと横目でこっちを見た。


「足を傷つければ、か。貴様にしては悪くない発想だが、冒険者ならもっと冷静に、狙うべきところを見極めるべきだろう」

「ね、狙うべきところってお前、あの怪物、全身岩でできてるんだぜ? どこを狙ったって、大した違いなんざ……」

「ガレッセオ! 並びにヒューリオスよ!」


 俺が最後まで言い終わらねえうちに、デュラムは呪文を唱え、森の神と風神に呼びかける。

 ってことは、あいつ……魔法を使うつもりかよ?

 不意に、反り返りの多い黒髪を風神の息吹になぶられたんで、慌てて両手で押さえる。妖精(エルフ)の呼びかけに神が応えたのか、急に風が強まってきやがった。周囲の砂が吹き散らされて濛々と舞い上がり、風に乗って渦を巻く。

 砂塵が描く螺旋の中心は、なんとデュラムの槍だ。あいつの魔法が風を呼び寄せ、槍にまとわりつかせてるのか。

 ……昔、本で読んだことがあるんだが、神を祀る神殿とか、王または皇帝が住む城や宮殿を築く小人(ドワーフ)の石工たちは、石に穴を開けるとき、弓の弦を巻きつけた鉄の錐を使うそうだ。なんでも、弓を素早く左へ右へと往復させることで、錐を独楽(こま)みてえに絶え間なく回転させ、硬い大理石にも風穴を開けちまうらしい。

 よく見りゃデュラムの槍は今、持ち主の掌の上でわずかに浮かび上がり、石をも穿つ錐さながら、凄まじい速さで回転してる。魔法で呼び寄せた風を、弓弦のように長柄に巻きつかせて。

 風を巻きつけ回転する槍を掌の上に浮かべ、妖精(エルフ)の美青年はその切っ先を岩の巨人に向ける。狙うは俺と同じく足……じゃなくて、もっと上。腰か胸か、あるいは肩か。それとも……?

 デュラムの奴が、右足を後ろへ引いて、上体をわずかに反らす。それから一気に前へと踏み込み、気合の入ったかけ声と同時に槍を――力一杯、ぶん投げた!


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