第37話 ウェーゲ海の島、レクタ島
「ところで――皆さんは、どうしてこんなところへ?」
俺たちが晩飯を食べ終わってほどなく、アステルがたずねてきた。
「話せば長くなるんだが――うわっと!」
事情を打ち明けようとした俺の脇腹を、魔女っ子がなぜだか指先でちょんちょん突きやがる。
「おい、何するんだよサーラ、ちょッ……やめろって、ふあぁ!」
脇腹を攻められて身もだえし、変な声を出しちまう俺。
「あたしに説明させてくれないかしら? あなたが話してたら、あちこち脇道へそれて、夜が明けちゃいそうだもの」
「はあ、はあ。うぅ……確かに」
こういう説明は、サーラの方がわかりやすく、順序立ててできそうだ。
「それじゃ、頼むぜサーラ」
「ええ、任せて」
サーラはアステルに、俺たちがコンスルミラの港を出てからここへたどり着くまでの経緯を、簡潔にまとめて話した。シャー・シュフィック率いる海賊たちや大海蛇ヘッガ・ワガンに襲われたこと。海賊との戦いで船が破損して沈み始めたもんで、俺たちについてきてた神々の助けを借りて、筏をつくったこと。船が沈没した後、筏で十日余りも波間を漂う羽目になったこと。そして、漂流の果てに島を見つけたはいいが、そこへ火の神メラルカが現れ、戦ったこと――。
「その後あたしたち、どうもメラルカ様の魔法で、この海岸まで飛ばされてきたみたいなの。ここがどこかもわからなくて困ってたんだけど、そこへあなたが現れて――」
サーラが話してる間、夜空に星をちりばめる神は、焚き火のそばにちょこんと両膝ついて腰を下ろし、左右の膝に行儀よく両手を置いて、俺たちの冒険譚に耳を傾けてくれた。途中で口を挟んだりせず、最後まで聞いたうえで、
「そうだったんですか。それは……大変でしたね」
焚き火を見つめ、沈んだ声で、そうつぶやく。それから、気を取り直したように明るい声を出し、
「ぼくなんかがこんなことを言ったって、慰めにもならないかもしれませんけど……こうして生きてる皆さんと、またお会いできて嬉しいです」
と、俺たちを気遣いつつ、再会を喜んでくれる。
「ちなみにここは、ウェーゲ海に浮かぶ島々の中で一番大きな島、レクタ島ですよ。正確にはその片隅の、あまり人の往来がない海岸ですけど」
「……? その名前、どっかで聞いたことがあるような……」
そうだ、思い出したぜ。俺たちが乗ってた船――〈波乗り小人号〉が、海賊の襲撃を受ける前に近くを通った島! 船の甲板で俺が姫さんと話してたときに、名前を教えてもらった島の一つじゃねえか。
「確かウルフェイナ王女が、太陽神を祀る神殿があると言っていた島だな」
「ああ……そう言えば姫さん、そんなことも言ってたっけ。その神殿の神託はよく当たるって評判だとかなんとか」
どうやらデュラムも、姫さんが話してたことを、しっかり覚えてたみてえだ。
……ふう、やれやれ。実のところ、俺たちゃ火の神の力でどこへ飛ばされたのか――ひょっとして、今まで行ったこともなけりゃ噂を聞いたこともねえ、はるか遠方の地へぶっ飛ばされたんじゃねえかって、不安だったんだよな。けど、アステルに教えてもらって、ひとまずほっとしたぜ。目の前に広がる海はついさっきまで筏で漂流してたウェーゲ海、ここは先日船旅の途中に見たレクタ島だって、わかったからさ。
「……だが、ここがどこかわかったところで、これからどうする?」
「そりゃデュラム、決まってるじゃねえか。メラルカが言ってた、サーラの呪詛を……」
なんとかする方法を見つけるんだよ――って言いかけたところで、俺ははっと口をつぐんだ。「呪詛」って言葉を聞いたサーラが、気まずい顔してうつむいたからだ。
そう言えば、俺はまだサーラに、メラルカが話してたことが本当なのか確かめてねえ。本人に確認もせず、勝手に話を進めちゃいけねえだろう。
けど……どうやって話を切り出せばいい? 繊細な年頃の淑女にずけずけと「お前、呪いをかけられてるのか?」なんて、たずねていいんだろうか。それはなんだか、ものすごく無礼な気がするんだが。
「あのさ、サーラ。その、言いにくいことなんだが……」
「それ以上言わなくていいわ、メリック。呪詛のことなら、本当の話だから」
幸い、というべきか。俺が口ごもってる間に、サーラがあっさり自分から打ち明けてくれた。
「デュラム君から聞いたんだけど、メラルカ様はあたしが呪いをかけられてるって言ってたんでしょ? 残念だけど、その通りなの。あなたにもデュラム君にも、黙っててごめんなさい」
「お、おい……なんでお前が謝るんだよ? いいからほら、顔を上げてくれって!」
サーラがぺこりと頭を下げるのを、慌てて両手で制する俺。慌てたのは、サーラが体を前へ倒した拍子に、外套の隙間からちらりと胸元がのぞいたせい――ってわけじゃ、決してねえ。た、太陽神リュファトにかけて、本当だ!
「お、お前は体を張ってメラルカと戦ってくれたんだし、何も悪くねえよ! 謝らなきゃいけねえのは、むしろこっちだぜ。無理させて、すまねえ……」
雑念を片隅へ押しやり、すっきりした胸の内で、最後の言葉をもう一度繰り返した。
かく言う俺も、半年前まで自分の過去を秘密にしてたからな。元は南方の小国イグニッサの王子で、親父を亡くした後のお家騒動に背を向け、国を出たって過去を。
だから、サーラが呪いのことを隠してたからって俺は責めねえし、デュラムにもそんな気はさらさらなさそうだ。第一、今はそれよりもだな――。
「ところでお前、体の具合は大丈夫なのかよ?」
そうだ。それが一番、大事なことじゃねえか。
「うん……今は平気。普通に過ごす分には、全然問題ないわ。けど……」
「魔法を使いすぎれば呪いが強まるのでしょう、サーラさん」
と、妖精の美青年が腕組みをして、口を挟む。
そう言えばこいつも――今まで使うところを見たのは一度だけだが――魔法の心得があるんだっけ。
「ええ。今までは、できるだけ水浴びするようにして呪詛を抑えてたんだけど、それじゃもう限界みたい。癒しの魔法くらいなら大丈夫だけど、大きな魔法を何度も使えば、あんなふうになるのを覚悟しなきゃいけないと思うわ」
「やっぱり、そうか……」
メラルカと戦ってる最中に、魔女っ子が苦しみ出したときの光景を思い浮かべ、俺はぐっと眉根を寄せた。
正直、困ったぜ。サーラの魔法は今のところ、俺たちが火の神を退ける唯一の手段だ。俺の剣も、デュラムの槍もまったく通用しねえメラルカだが、この魔女っ子が放つ魔法の水だけは、いくらか通じるみてえだからな。それが使えねえとなりゃ、この先またメラルカが現れたとき、抗う術がねえ。けど、だからってサーラに、これ以上無理はさせられねえし……。
サーラにゃあんな苦痛は、二度と味わってほしくねえんだ。すべての神々にかけて、本当に。
「メラルカは、お前を助けるのに自分が力を貸してもいいって、言ってたけどな」
火の神に今後も対抗できるようにするには、当の火の神に力を借りなきゃならねえなんて、皮肉な話だぜ。ただ、他にサーラを助ける手立てとなると、今は何も思いつかねえわけで……。
「それもデュラム君から聞いてるわ。でも、その条件として、おかしな伝言を頼まれてるんでしょ?」
「ああ。あの神様、これから自分の力で、俺たちをある場所へ送り込むから、そこである男にこう伝えてくれって言ってたぜ。約束の期限はもうすぐだ、そろそろ例のものを渡してほしい――って」
「『ある場所』というのは、このレクタ島なのだろう? では『ある男』というのは、一体誰だ?」
「約束の期限とか、例のものっていうのも、なんのことなのか気になるわね……」
俺とデュラム、サーラの視線は、自然とこの場にいる四人目に集まる。
「あの……皆さんさっきから、なんの話をされてるんですか?」
俺たちの話をすぐそばで聞いてたアステルは、突然俺たちからじーっと見つめられ、居心地悪そうに身じろぎした。
「えっと、その……皆さん? ぼくの顔に、何かついてます?」
「あ、すまねえ……! あんただけ仲間外れにしちまって」
すっかり不安そうな困り顔になっちまったアステルを見て、俺は遅まきながら無礼に気づき、わびを言う。
ついさっき、俺たちがここへいたるまでの経緯をこの神様に説明したとき、サーラは自分にかけられた呪詛や、メラルカが持ちかけてきた取り引きについちゃ語らなかったからな。神様だって、事情を知らなきゃ困惑するだろう。
……この様子だと、メラルカが言ってた「ある男」ってのはアステルだった、なんてことはなさそうだな。
「なあ、サーラ」
俺から星の神様に、話してもいいか。魔女っ子に、そう目で問いかける。
「あたしは別に、構わないわ」
サーラがそう答えるのを聞いて、俺はうなずき、神の方へと向き直った。
「アステル。実は――」
「何か、事情があるみたいですね」
この場の雰囲気から、冗談抜きの真剣な話だって、察してくれたようだ。親父さんに似て、普段は温厚な美少年が、表情をすっと引き締め、居住まいを正す。
「ぼくでよければ、聞かせてください。何か、力になれるかもしれませんから」




