第36話 星の神様は腰が低い
積み上がった流木を舞台に、炎がパチパチ手拍子打って、軽快に腰をくねらせ、踊ってる。
焚き火のまわりで、食欲そそる匂いを立てて焼けてるのは、海神ザバダの恵み――脂が滴るばかりに乗った海魚だ。こんがり香ばしく焼き上がったところで、熱々のうちにかぶりつきゃ、魚の旨味が口の中いっぱいに広がった。
「あー、生きててよかったぜ!」
思わず歓声を上げちまう。
夢中になってがつがつ食べてると、
「お味はいかがですか? フランメリックさん」
そう声をかけてきたのは、焚き火のそばで魚の焼け具合を見てた、甲冑の少年だ。
「ああ――最高だぜ!」
親指を立てて、破顔してみせる俺。
「ってか、俺なんかに気を遣わなくていいから、あんたも食べろよ、ロフェ……じゃなかった、アステル」
「え……いいんですか? ぼくもご一緒させていただいて」
「当然だろ、あんたが獲ってきてくれた魚なんだからさ。ほら、焚き火の番は俺がやるから、遠慮せずに食べなって」
「あ、はい……じゃあ、お言葉に甘えて一匹だけ、いただきます」
「……あんた、相変わらず腰が低いんだな。神様なのにさ」
夜の闇に溶け込む青黒い鎧が不似合いに思える、この優しげな美少年はアステル。見た目は貴族の坊ちゃんか、昔話に出てくる白馬の王子様って感じだが、その正体は俺たちが半年前、シルヴァルトの森で出会った神々の一人、星の神ロフェミスだ。神々の王、太陽神リュファトとその妻、月の女神セフィーヌの間に生まれた三番目の息子で、お袋さんと同じく夜を司る。神話や伝説じゃ、地上の種族に好意を持つ神として語られることが多くて、実際俺たちも半年前はいろいろと世話になった。先日コンスルミラで他の神々と再会したときにゃ、この神様は姿が見えなかったが、まさかこんなところでまた会うなんてな……。
デュラムの暴走が原因で起こった騒動から、一本と半分のろうそくが燃えるくらいの時間が過ぎた、現在。俺たちは浜辺で焚き火を囲み、東の空に昇ったばかりの月を眺めながら、晩飯を味わってる。
赤々と燃える焚き火は、デュラムが拾い集めてきた流木を積み上げ、俺が火を起こしたもんだが、魚を獲ってきたのはアステルだ。信じ難いことに、この神様……甲冑をつけたまま海に潜って、手づかみで魚を捕まえてきたんだ。しかも何度も、何匹も。
俺たち地上の種族が鎧を着て海に飛び込んだりすりゃ、ぶくぶく沈んだきり浮かび上がってこれねえのは目に見えてるんだがな。やっぱり、神々を俺たちの常識に当てはめて考えようとしちゃ、駄目みてえだ。
そんなびっくりさせられることもあったわけだが、まあそれはさておき――こうして陸の上で、火を通した飯を食べるのも久しぶりだ。筏に乗って漂流してる間、口にするもんと言えば朝昼晩とも、森の神様にもらった魔法の林檎だけだったからな。もちろん、どれだけ食べてもなくならねえあの林檎のおかげで、餓え死にせずに済んだのはありがてえけどさ。ラティさんが我がまま言ってたように、俺も毎日林檎ばかりじゃさすがに辛かった。
だから、こうして温かい飯を食べられるのは本当に嬉しい。口先だけじゃなくて、生きててよかったって心底思う。冥界の大河を渡った先に広がる死者の国――冥王が治める灰色の王国じゃ、この喜びは絶対味わえねえだろうし。
その思いは、どうやら二人の仲間も同じみてえだ。
デュラムから借りた外套にくるまったサーラは、ただ今小さな口を必死に動かし、焼きたての大魚の身をほおばってる真っ最中。その食欲旺盛な様子を見てると、この魔女っ子が呪詛をかけられてるだなんて信じられねえぜ。
一方デュラムは、俺やサーラのようにがっついたりはしてねえが、やっぱり久方ぶりに林檎以外の飯にありつけたのは嬉しいようで、普段より幾分表情が柔らかい。まあ、俺がこうして見てることに気づいたら、たちまち普段のすまし顔に戻って「何を見ている?」ってたずねてきそうだけどさ。
「……何を見ている? 貴様」
ほら! 思った通りだぜ。
「なんでもねえよ、デュラム」
焚き火に流木を二、三本くべながら、俺は笑った。
「ただ、いつものお前に戻ってよかったって、思ってただけだぜ」
「……ふん」
普段より心持ち強めに鼻を鳴らして、そっぽを向く妖精の美青年。
ご乱心、もとい暴走して俺を追いかけ回してたデュラムは、間に割って入ってきたアステルに魔法をかけられ、ついさっきまで眠り込んでた。目が覚めたところで、自分が何をしたのか思い出したときの、こいつの落ち込み様といったら――俺もどう声をかけてやりゃいいのか、全然わからなかったくらいだ。この冷静な妖精が膝を抱えてずーんと沈んでるところなんざ、初めて見たぜ。
「……私としたことが不覚にも、我を忘れて貴様に迷惑をかけたようだ。不本意だが、謝罪はしておこう――すまん」
そっぽを向いたまま、デュラムがぼそりとつぶやいたのは、自尊心の高い妖精らしくねえ、わびの言葉だ。けど、その後じろりとこっちを見て「あくまでも、不本意ながらだぞ?」って言い足すあたりは、やっぱり素直じゃねえこいつらしいぜ。
「いや……俺もあのときは、お前に誤解されても仕方ねえことをしてたからさ。お互い様ってことで、気にするなって」
なにしろ、筏に乗っての漂流生活が二週間近く続いたからな。あれだけ波に揺られてりゃ、デュラムもちょいとおかしくなって、らしくねえことをやらかしたりもするだろう。だから、やっちまったことは仕方ねえって、気持ちを切り替えるのが一番じゃねえかな。
というわけで焚き火から、よく焼けた魚を二匹取って、
「ほら、お前の分。これ食べて、元気出せって!」
と、一匹をデュラムに勧める。いわゆる仲直りの印ってやつだ。
妖精の美青年は、俺が右手で差し出した一匹と、左手に持ってるもう一匹を交互に見た後、俺と目を合わせた。そして――。
「ふん……仕方がない、受け取ってやろう」
そんなせりふを、一見迷惑そうな――けど、よく見りゃどこか照れてるような表情で口にしながら、右手の焼き魚をもらってくれる。
……へっ。こいつもあの雷神様と同様、もう少し素直なら、もっと人に好かれるだろうに。もったいねえぜ。
口許を隠して笑いをこらえてるサーラに、肩をすくめて苦笑してみせた後、俺は残った左手の焼き魚にかじりついた。




