第33話 炎はボクの意のまま、思いのまま
「というわけで――早速その子を診てあげようじゃないか」
俺が胸の内で怒りの炎を燃え立たせてることに、気づいてるのか、いねえのか。火の神メラルカは気軽な口調でそう言うと、俺が抱きかかえてる魔女っ子に向かって手招きをする。
「おいで、ボクのマイムサーラ」
それまで両手に感じてたサーラの重みが、ふっとなくなった。魔女っ子の体がふわりと宙に浮いて、俺の手を離れたんだ。
「あ……おい、サーラ!」
慌てて手を伸ばし、引き留めようとしたが、間に合わなかった。ぐったりとして意識がねえ様子の魔女っ子は、仰向きのまま、両手をだらりと下げた状態で、宙を滑るように移動する。得体の知れねえ神様――メラルカの許へと引き寄せられていく。
ほどなくサーラは、神の手に抱き留められた。
「……ッ!」
サーラが、とられちまった。他の……男に。
胸にぐさりと突き刺さるもんを感じて、空になった両手を呆然と見つめる俺。
喪失感と敗北感が同時に湧き上がり、胸をきつく締めつけてくる。
しかも――それに追い討ちをかけるように、火の神はとんでもねえことを言い出しやがった。
「うん……そうだね。服が邪魔かな」
そんなことをつぶやいたメラルカが、おもむろに右手を掲げ――パチン。軽く指を鳴らした途端、魔女っ子の身を包む外套が、水着風の革服が、燃え出した。めらめらと、勢いよく炎を上げて。
「……! て、てめえッ!」
サーラを「診てあげよう」なんて親切ぶって言いながら、何をやってやがるんだ、あの野郎は。あれじゃサーラが、焼け死んじまう!
いても立ってもいられず、俺は火の神に食ってかかった。奴の手中からサーラを奪い返そうと、手を伸ばす。
そんな俺をメラルカは、炎上中のサーラを抱えたまま、さも鬱陶しげに一瞥した。
「うるさいよ、フラン。大人しく、指をくわえて見てるといい――キミは弱いんだからさ」
次の瞬間――シュボッ! メラルカ自身はその場から一歩も動いてねえってのに、奴の目ににらまれた途端、俺の行く手にでっかい、炎の花が咲いた。
「……ッ! 嘘だろ……?」
突然燃え上がった紅の蓮が、俺の顔面めがけて灼熱の花粉を噴きつけてくる。とっさに両腕で顔を守ったが、紅蓮の炎は容赦なく俺の腕を焙る。
革の籠手を焦がして肌に伝わってくる、凄まじいまでの熱。思わず身をのけ反らせた俺は、そのまま体の均衡を崩して無様にひっくり返り、背中を強か打ちすえちまう。
「メリック!」
見かねた様子のデュラムが、背後から両脇の下に手を差し入れ、抱き起こしてくれた。けど、今の俺にゃ、そんな救いの手さえわずらわしく思えちまう。
「だああっ、放せって!」
急がねえと、サーラが、サーラが――!
「落ち着けメリック、冷静になれ」
手足をばたつかせて暴れる俺を、デュラムは後ろからきつく抱き締め、大人しくさせようと必死だ。
「落ち着いてなんかいられるかよ! ってかお前、俺を助け起こしてる暇があったら、サーラを助けろって!」
癇癪起こした子供みてえな、八つ当たりじみた物言い。焦燥に駆られるあまり、助けてもらっておいて、ついそんな口調になっちまったんだ。
「サーラさんは無事だ、あれを見ろ」
そう言われて、やっと気づいた。メラルカの呼び出しに応じて燃え立った炎が、サーラの身を焦がすことなく、服だけを燃やしてることに。
「心配いらないよ。この子の肌には、火傷一つ負わせないからさ」
と、メラルカ。
「できるのかよ? そんなこと……」
「できるさ。ボクは火の神だからね。炎はボクの意のまま、思いのまま――ほら、この通り」
そう請け合うメラルカの前で、サーラの外套と水着風の革服が、焼けてぼろりと崩れ落ちた。その下から現れたのは、確かに火傷一つねえ、魔女っ子の裸身……って、ええっ?
「……! あ、あんたッ! サーラに何しやがる!」
「何って、見ての通り服を燃やして、取り払ってるじゃないか」
何を今さら、とでも言うように、火の神はあっけらかんと言う。
「体を隅々まで調べないと、どうして苦しみ出したのか、原因がわからないだろう?」
もっともらしいことを言いやがるが、口許が下卑た形に歪んでるところを見ると、それとは別の、もっと不純な動機があるように思えてならねえ。
俺が歯噛みしつつも手をこまねいてる間に、サーラは身にまとってたもんがすべて焼け落ち、一糸まとわねえ生まれたままの姿にされちまう。
「きれいな体をしてるね、この子は」
ぐったりと伸びた魔女っ子の裸体から、火の神がそっと手を離した。支えを失っても、宙に浮かんだままのサーラ。その胸に、メラルカは右手の人差し指を、すうっと近づける。
「特にこの胸、そそられるね――キミもそう思わないかい? フラン……」
あとほんの少しで指先が、ほどよく盛り上がった胸の頂に触れる。そんな絶妙な位置で手を止めて――ちらり。火の神は挑発するように、こっちへ流し目をくれた。まっすぐ伸ばしてた人差し指をくい、くいっと折り曲げて、爪で何かを引っかくような仕草をしてみせる。
「……ッ! この、野郎……!」
「よせ、メリック」
込み上げる激情を抑えきれず、剣の柄に手をかける。それを右手で制して、デュラムが俺に耳打ちした。
「私も先程は冷静さを欠いたが、今は違う。挑発に乗らずに、よく考えてみろ。こちらには今、神と戦う術がないだろう。少なくとも、今はまだ――」
落ち着いた口調で事実を指摘する、妖精の美青年。けど、その左手は槍の柄を強く握り締め、わなわなと震えてた。
それを見て、ハッとなる。
……そうか。怒りを感じてるのは俺だけじゃねえ。こいつだって、気持ちは同じなんだ。
そう思うと、熱くなってた頭が、いくらか冷えた。
「……そう、だな」
神に立ち向かうにゃ、自分の無力さを嘆いたり、悔しがったりしてても仕方ねえ。ましてや怒りに任せて剣を振り回したって、奇跡を起こす神の力――魔法で返り討ちにされるのは目に見えてる。
だったら、どうするか。
神をよく見て、その性格や得意なこと、苦手なこと、戦い方を知って、対決するときの策を考えなきゃ駄目だろう。
それにはまず、落ち着くこと――頭を冷やすことから、始めねえと。




