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第30話 魔女っ子、火の神に挑む

「もう! 来るのが遅いよ、(パパ)様!」


 突然現れたメラルカに、ラティさんが泣き腫らして真っ赤になった顔を向けて、呼びかけた。その体がふわりと浮き上がり、筏を離れてメラルカの許へと引き寄せられていく。

 ラティさんは神の眷属だが、本人曰く、空を飛んだりすることはできねえそうだ。それなら、今あの人が宙に浮かんでるのは、金床の上でくいくいと手招きみてえな仕草をしてる親父さん、メラルカの魔法によるもんか。

 少し遅れて、海上でじたばたもがいてた暗殺者(アサシン)も、神の見えざる手によって引き上げられた。メラルカを挟んでラティさんの反対側に浮かび上がり、うなだれた頭やだらりと下がった手足から、海水をポタポタ滴らせてやがる。

 一方ラティさんは、まるで水中を泳ぐかのように手足をばたばたさせて、メラルカのそばへ近づいた。そして――親父さんの首っ玉に、勢いよく抱きついた。


(パパ)様の馬鹿! あたい、ずーっとずっと寂しくて、(パパ)様に会いたかったんだから!」

「ああ……ごめんよボクのラティ。フランたちのこと、キミに任せっぱなしでさ」


 火の神はラティさんの黒髪を愛しげに指で梳き、背中を優しくなでて、娘さんをなだめてる。


「ボクも時々キミの様子を見て、危険な目に遭ってるようならすぐ助けにいくつもりだったんだけどね。リュファトの馬鹿がしつこくボクを捜し回ってるものだから、あまりおおっぴらに姿を現すこともできなくてね。寂しい思いをさせて悪かったよ――本当にごめん」

「……(パパ)様、あたいのこと、心配だった?」

「当たり前じゃないか。これでもキミの生みの親だからね」


 俺たちの前じゃ気取った言動が目立つ炎の王だが、ラティさんにかける声は優しく真摯で、口先だけじゃねえ本物の愛情がこもってるように感じられる。俺たちにとっては何をたくらんでるのかわからねえ危険な神様でも、ラティさんにとっちゃいい親父さんなのかもな。

 もっとも、メラルカはラティさんよりちょいとばかり背が低いから、二人が並ぶと親子っていうより姉と弟みてえに見えるんだけどさ。

 まあ、それはさておき――当の二人はと言えば、


(パパ)様、あたいもう無理! この坊やたち、すっごく頑固なんだから。なんとか(パパ)様のしもべにできないかってがんばってみたけど、もうだめ、お手上げ!」

「ああ、ラティ……上から見てて思ったんだけどね、キミのやり方は生ぬるいよ。あれじゃ、いくら時間をかけたって、相手を自分の思い通りにするなんてできやしないさ」

「うぅ……(パパ)様ごめん。あたい、こんなことするの初めてだったし、どうしたらいいのかよくわからなくて、それで……」

「謝ることはないさ。元々キミには不向きな仕事だって、わかってたからね。こうしてボクが出向いてきた以上、あとは任せなよ。相手を自分に従わせるにはどうすればいいか……ボクが手本を見せてあげるからさ」


 と、そんなことを話し合ってたが、不意にメラルカがくるりとこっちを向いた。ラティさんをそっと自分の背後へ押しやり、俺たちに向けて口火を切る。


「さて、キミたち――どうしてボクがここへ来たのか、理由はわかってるよね?」


 優しい親父さんの表情が、一瞬で切り替わった。気まぐれで身勝手な、権力者のそれに。


「前回は断られたけど、今からでも遅くはないよ。ボクの下で働かないかい?」


 まずい、またあの話だぜ。

 俺は内心、焦った。コンスルミラでは、俺たちゃあの誘いを蹴って、メラルカと一戦交える羽目になったからな。今度も下手に断りゃ、あのときの二の舞になっちまうだろう。

 この場を切り抜ける、上手い方法はねえか。何か、いい考えは……。

 と、そのとき。



「答えは前回と同じく、お断りよ」



 不意に響いた、メラルカの勧誘をあっさり拒む声。

 確か、以前もこんな口調で、メラルカに喧嘩を売った奴がいなかったか。


「まったくもう! ラティといい、あなたといい、親子そろってしつこいんだから。そんなにあたしたちをしもべにしたいなら、力ずくでやってみなさいよ。もっとも……できるものなら、だけど?」

「サーラ……?」


 そう。コンスルミラでメラルカからの誘いを蹴ったときと同様、喧嘩腰で前へ進み出たのはサーラだ。鍔広のとんがり帽子をかぶり、上下一続き(ワンピース)の水着と見紛う革服の上に青黒い外套(マント)を羽織った魔女っ子は、その手に杖を構え、神を恐れる様子もなく堂々と言い放つ。


「勝負よ、メラルカ様。いいえ……火の神メラルカ!」

「な、何言ってるんだよ、サーラ!」


 以前、コンスルミラでこの神様と一戦交えたときも、俺たちゃまるで歯が立たなかったんだ。あのときは幸い、メラルカが早々に引き上げてくれたから命拾いしたが、今度もそうなるとは限らねえ。


「対抗する策もなしに、またこの神様と戦うなんざ、無謀じゃねえか!」


 俺がそう言うと、


「ごめんなさい。馬鹿なことしてるって自分でもわかってるけど、もう他に手がないの」


 硬く引き締まってたサーラの表情が、なぜだか切なげに揺れた。


「あたし、もうすぐ抑え切れなくなると思うから」

「……サーラ、お前……?」


 抑え切れなくなるって、そりゃ一体、どういう意味だよ。

 俺の頭に浮かんだ疑問に答えることなく、サーラはメラルカの方へと視線を戻す。


「ふうん……マイムサーラ、だっけ。ボクに二度も喧嘩を売るなんて、いい度胸じゃないか」


 サーラが見上げる先で、空飛ぶ金床の上に胡坐をかいてた火の神は、悠然と挑戦者の視線を受け止めた。傍らにラティさんを侍らせたまま、退屈しのぎにはちょうどいい――とでも言うように。


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