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第29話 サーラ、怒りのお説教!

「ところで――あなたはどうするの、ラティ?」


 俺とデュラムのやり取りを見てたサーラが「こほん!」と一つ咳払いして、ラティさんの方を見やった。


「あなたも戦うっていうなら、相手になるけど?」


 サーラの口調は穏やかだったが、静かな怒りが感じられた。


「う、うぅ……!」


 その雰囲気に気圧されたのか、ラティさんはたじたじだ。明らかに追い詰められた顔して、筏の端っこまで、じりじりと後ずさる。それでも口が達者なのは相変わらずで、


「な、なにさ、なにさ! いい気になってられるのも今のうちなんだから!」


 と、この期に及んでまだ強がってやがる。


「今に見てなよ、絶対(パパ)様に言いつけてやるんだから! そうなったらあんたたち、たたじゃすまないよ? 謝るなら今のうちさ、後で痛い目に遭ってから、後悔しても知らないんだから……」

「いい加減にしなさいよ、この我がまま娘!」


 凪の海にいきなり吹き渡り、水面に細波立てる突風にも似たサーラの一喝が、ラティさんを否応なく黙らせた。


「え……」

「メリックは優しいから何も言わないし、デュラム君もすまし顔して黙ってるけど、あたしはこの際はっきり言わせてもらうわ! さすがにもう、我慢の限界だもの!」

「え? えっ? えぇっ……?」


 普段はさっぱりしてて、怒ることなんざ滅多にねえ魔女っ子の、突然の激昂。これにゃ俺も驚いたし、デュラムも切れ長の目を見開いてる。

 俺とデュラムがあっけにとられてる間に、サーラは怒涛の勢いで説教を始める。


「自分でつくったわけでもない、あたしたちの筏にこっそり乗り込んできただけでも図々しいってのに、この子(メリック)に毎日林檎食べさせてもらって、雨が降ったら外套(マント)も貸してもらって。いざ島が見えてきて助かるってわかったら、途端に掌返して恩を仇で返す。それで自分の思い通りにならなかったら子供みたいに駄々こねて、メラルカ様に泣きつこうとするなんて。どこまで身勝手なのよ、あなたって!」


 いきなりサーラに叱られ、説教されて面食らったらしく、ラティさんは口をぱくぱく、目をぱちくりさせてる。サーラは今までこの踊り子さんにゃ――時々鋭い突っ込みを入れることはあったものの――おおむね優しく、柔らかく接してきてたからな。それが突然、火山みてえに怒りの炎を噴き上がらせたもんで、びっくりしてるんだろう。


「神様の眷属、メラルカ様の娘だからって、なんでも許されると思ったら大間違いなんだから。天上(あっち)じゃどうだか知らないけど、やっていいことと悪いことがあるのよ、地上(こっち)では! そんなこともわからないで我がまま勝手なことばっかりされちゃ、あたしたちは大迷惑なの。大事なことだから二回言うわ。そう、大・迷・惑! いい、わかった?」

「お、おいサーラ……」


 言ってることはもっともだと思うが、そこまで厳しく言わなくてもいいだろうに。それに、神の眷属に地上の道理を説いたところで、果たして通じるかどうか。

 そう思って、魔女っ子に声をかけたものの、


「メリックは黙ってて!」

「ひいぃっ!」


 途端に怒りの矛先を向けられて、びくっとすくみ上がっちまう俺。とほほ……情けねえ。

 そう言えばサーラの奴、半年前――〈樹海宮〉でもこんなふうに、厳しい口調で俺を諭してくれたことがあったっけ。あのときも思ったんだが、サーラって怒ると結構怖いんだな……。

 まあ、それはさておき。魔女っ子に怒られたラティさんがどうなったかというと、


「うぅ、う……」


 初めのうちこそ、きゅっと唇噛んで悔しそうにしてたものの、やがて目に涙が浮かんでくるのをこらえきれなくなったようだ。がっくり膝をつき、顔をくしゃくしゃと歪めて、泣き出しちまった。


「うわ、あ、あぁあぁ~~~ん!」

「ラティさん……」

「うわあぁ~~~ん! あぁあ~~~ん!」


 くず折れ、猫の前足みてえに丸めた手で涙をぬぐっては泣き、ぬぐっては泣く踊り子さんの姿は痛々しくて、正直見てるのが辛い。おかげでつい、顔を背けちまった。

 自分でも甘いとわかってても、人が泣いてるのを見るとやっぱり心がチクチクする。この人は俺から大事なもんを盗んだ泥棒猫だってのに、それでもかわいそうだって思っちまうぜ。

 もちろんサーラも、泣かせた相手をそのまま放っておくつもりはねえようだ。ラティさんがひとしきり泣いて、号泣がすすり泣きに変わったところで傍らにしゃがみ込み、いくらか声音を優しくして、話しかけた。


「……痛かったかしら? ここが」


 自分の胸にぽんと手を当てて、たずねる。

 体が――ではなくて、心が痛んだか。そういう意味でサーラが言ってるってことは伝わったようで、ラティさんはしゃくり上げながらも、こくこくとうなずいてる。


「その痛みがわかるなら、もう少し人の痛みもわかるようになりなさいよ。いろいろと親切にしてもらってたのに、あなたがその厚意を踏みにじったりしたら、相手の心がどんなに痛むか、傷つくかなんて、今なら想像がつくんじゃないかしら?」


 ラティさんは、べそかきながら「ごめんなさい、ごめんなさい……!」って、しきりに謝ってる。

 うわべだけの演技かもしれねえ。反省したように見せかけて、腹の底じゃまだ何かたくらんでるってこともあり得る。そんなふうに疑う気持ちも、心の片隅にあったけどさ。

 少しでも、響いてるといいんだけどな――サーラの言葉が、ラティさんの心に。

 二人をそばで見てて、胸の内でそう思った。

 と、そのとき。



「やあ――待たせたね。迎えにきたよ、ラティ」



 優しげだが、どこか危険な響きがするその声は、俺たちの真上――天空の高みから聞こえてきた。


「この声は……」


 間違いねえ、あいつだ。


「……! おい、なんだありゃ?」


 見上げた俺たちの目に映ったのは、黄昏の空に一つ、ぽつんと浮かぶ、舟みてえな形をした台。鍛冶屋が(ハンマー)を振るって金属(かね)を鍛えるときに使う作業台――金床かなとこだ。ただし、地上の鍛冶屋が使うそれより、ずいぶんでかい。大人の人間が二、三人、腰かけられるくらいの巨大な金床。それが今、すーっとこっちへ降りてきてやがる。その上に一つ、人影が見えるんだが、あれは……。


(パパ)様……?」


 ラティさんが、泣き腫らした目で空を見上げ、宙に浮かぶ金床の上で胡坐をかく人影を見て、つぶやく。


「なんてこった。最悪だぜ……!」


 自分の黒髪を右手でくしゃりとつかんで、歯噛みする俺。

 まさかよりにもよって、こんなときに現れるなんて。間が悪いにもほどがある。

 ラティさんの「(パパ)様」であり、俺たちが目下立ち向かおうとしてる強大な敵――火の神メラルカの登場だぜ。


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