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第27話 雨

     ◆



 ……やれやれ。ボクのかわいいラティ――あの子ときたら、一体何をやってるんだろうね。

 フランたちのことは自分に任せてほしい、必ずボクのしもべにしてみせるなんて言うから、

しばらくあの子の好きにさせることにして、様子を見てたんだけどな。フランも、仲間の妖精(エルフ)と魔女も、全然ボクのしもべになりそうな気配がないじゃないか。

ああもう、ラティ! そんなふうに言葉で誘うだけじゃ駄目だよ。こういうときは、彼らが食べてるガレッセオの林檎を奪ったり、ナキシュに妖精(エルフ)か魔女を人質に取らせたりして、脅しをかけるのさ。そうすれば、フランたちもこっちの誘いを断れなくなるだろう?

 ……まあ、そんな汚い手を使うなんて、ラティには無理かな。ボクと違って、根は優しい子だからね。少なくとも、今のあの子は。

 けど、このままラティに任せておいても、いつになったらフランたちをこっちへ引き込めるか、わかったものじゃない。

 こうなったら、そろそろもう一度、出向いてみようかな。

 ……このボクが、自らね。



     ◆



「『昼過ぎから日が沈むまでの間も、剣術の鍛錬をして過ごした』っと……ふう」


 昨日の日記を書き終えたところで、俺は小さく溜め息ついて、羽根筆(ペン)を置いた。

 漂流生活、十三日目。洋墨(インク)が残り少ないから、日記をつけるのはひとまずここまでにしよう。続きを書くとすりゃ、陸に上がって、市場(バザール)で新しい洋墨(インク)を買ってからになるだろうな。

 それはさておき、突然だが――今日はナキシュの奴に、こっちから話しかけてみようと思うんだ。

 なにしろあの暗殺者(アサシン)ときたら、俺たちと一緒に漂流するようになってからずっと、何も食べねえのはもちろん、一言も喋らねえし、ほとんど身動きもしねえんだぜ? 筏の端っこに座り込んだまま、自分の殻に閉じこもってやがる。表情をころころ変えるラティさんとは正反対で、不思議な奴だ。

 不思議と言えば……こいつが常につけてて顔の上半分を隠してる、謎の仮面もそうだ。蜘蛛をかたどったもんらしい鉛色の面は、まるで本物の蜘蛛が顔面に張りつき、爪がついた八本の足を頭の後ろやうなじに食い込ませてるようで、奇っ怪極まりねえ。一体なんでまた、あんな仮面をつけてるんだか。

 そんな謎だらけの相手だが、それでも一応、同じ筏で漂流してる仲だからな。少しは意思の疎通を図っておいた方がいいだろうし、この際思い切って声をかけてみるぜ。


「なあ、あんた、ちょっといいか?」


 相手は両手に鉤爪つけた暗殺者(アサシン)だ。慎重に近づき、数歩手前でかがみ込んで、言葉をかける。腰をちょいとばかり浮かせてるのは、いざってときの用心。万が一、奴が仕掛けてきたときに、素早く飛び退けるように――ってわけだ。

 だが、そんな用心が無駄に思えちまうくらい、相手は無反応だった。俺が「そんな端っこにいちゃ、海に落っこちるぜ? もう少しこっちへ来たらどうだよ?」とか「腹は減ってねえのかよ? 林檎でよけりゃ、一口どうだい?」とかって誘ってみても、うつむいたまま身じろき一つしねえ。


「ふん。坊や、ナキシュと話がしたいのかい? 無理、無理! そいつは誰とも口を利かないのさ。あたいだって、一度も声を聞いたことがないんだから」


 傍らで様子を見てたラティさんが、小馬鹿にしたように言う。

 それでも俺があきらめず、もう一歩近づいてみようとしたら、


「よせメリック、相手は不意打ちが得意な暗殺者(アサシン)だ。それ以上、迂闊に近づくな」


 デュラムの奴に、そう引き留められた。おまけにサーラにも、


「もう、軽率なんだから。下手に刺激して、ここであの鉤爪振り回されでもしたら、どうするのよ?」


 と咎められ、むき出しの脇腹を肘で軽く突かれちまう。


「う……そりゃまあ、そうだけどさ」

「わかったら、あいつにはもう近づかないこと。いい、メリック?」

「へ、へいへい……」


 曖昧にうなずいてみせると、デュラムとサーラに二人してずいっと詰め寄られ、


「いいな?」

「いいわね?」


 と、声をそろえて真顔で念押しされた。

 デュラムもサーラも、ナキシュのことは得体が知れねえぶん、わかりやすいラティさんよりよっぽど警戒してるようだ。

 それについちゃ、俺も正しい判断だとは思うんだが……それでも、あの暗殺者(アサシン)のことはどうしても気になっちまうぜ。

 友達(ダチ)になりてえとか、そういうわけじゃねえんだけどさ。なんとかして、話くらいできねえかな。

 そんなことを考えてるうちに――ぽつり、ぽつり。天から降ってきた冷たい水の滴が、俺の肩を叩く。


「げ……雨かよ!」


 小雨は瞬く間に大雨となり、俺たちの髪を、肌を濡らす。幸い風は弱くて、嵐になりそうな気配はねえが、このまま雨に打たれてちゃ体が冷えちまう。

 俺はもちろん、デュラムとサーラも外套(マント)を頭からかぶって、冷たい驟雨(しゅうう)をしのいだ。

 ……ふと、ラティさんとナキシュの方へ目をやると、二人とも雨に打たれるまま、座り込んでるじゃねえか。

 そう言えば、あの二人は外套(マント)の類を持ってなかったっけ。


「なあ、そこのお二人さん。よかったら、あんたらもこっちへ来て、入ったらどうだよ?」


 外套(マント)をひらひらさせつつ、そう誘ってみる。


「ちょいとはみ出すかもしれねえが、一人か二人なら、どうにか入れるぜ?」


 すると、暗殺者(アサシン)は相変わらずの無反応だったが、メラルカの娘さんはきっと眦をつり上げ、


「ふん、ふんだ! あんたに情けをかけられるくらいなら、ずっとびしょ濡れでいた方が千倍ましなんだから!」


 と、強がりを言いつつ、舌を突き出してみせる。

 ったく。そこまで意地張ることもねえだろうに、この人は。


「そんな格好でずっと雨に濡れてちゃ、風邪引くぜ?」

「ふん、大きなお世話! あたいとナキシュのことは、放っておいてほしいんだから!」


 大きな琥珀(アンバー)の瞳をこっちへ向けて「いーっだ!」と、顔をしかめてみせるラティさん。けど、その直後に「へぷしっ!」とかわいいくしゃみをして、慌てて口許を手で隠すのがご愛敬だ。

 林檎を勧めたときも思ったんだが、素直じゃねえ分、かえってわかりやすい人だぜ。

 仕方がねえから、俺は「よっ」と腰を上げ、ラティさんの方へてくてく歩いていった。


「貸してやるから、そっちの相方と一緒に使いなって」


 簡潔にそう言って、自分の外套(マント)を羽織らせる。


「……っ! な、なんのつもりさ、あんた!」


 と、ラティさんは驚いた様子だったが、


淑女(レディ)をびしょ濡れにしたまま放っておくなんざ、できるわけないじゃねえか」


 俺はそう言い捨てて、さっさと元の場所へ戻った。


「ふ……ふん! なにさそれ、格好つけてるつもり? あたいはそういう、いい人ぶった奴が大っ嫌いなんだから! ねえ、ちょいと坊や、聞いてるのかい!」


 ラティさんがまた鵞鳥みてえにやかましく騒いでるが、いちいち相手をしてちゃ疲れるだけだしな。耳をふさいで、聞こえねえふりをしちまおう。

 ……こういうのは、厚意の押しつけっていうのかもしれねえけどさ。それでもやっぱり、俺にゃ放っておくなんざできねえよ。


「……まったくもう、お人好しなんだから」


 サーラが隣にやってきて、すとんと腰を下ろした。ラティさんをちらりと見てから、なぜかむーっと不満げな顔して、こっちを見つめてくる。それからふっと、呆れたような笑みを口許に浮かべると、


「まあ、いいわ。ほら、入りなさいよ」


 自分の外套(マント)を右手で広げ、俺を背中から抱き込むように中へ入れ……って、ええっ?


「い、いやいいって! 俺は別に、このままで――」


 女の子と一緒の外套(マント)にくるまるなんざ、恥ずかしくてできねえよ!

 あたふたしながら腰を浮かせ、離れようとしたものの、


「なーに遠慮してるのよ、弟分のくせに」

「いや、遠慮ってか、こういうのは普通、男が女の子にしてやるもんでだな! 逆に女の子にされるってのは、男としてどうかって話で……」

「いいから、ほら。言う通りにしなさいって」


 と、世話焼きな魔女っ子にすいっと腰を寄せられ、あえなく押し切られちまう。

 うぅ……どうも俺、こういうときのサーラにゃ弱くていけねえぜ。

 結局、そのまま魔女っ子と肩を寄せ合い、雨が上がるまで同じ外套(マント)を羽織って過ごすことになっちまった。

 もちろん、嫌だったわけじゃねえ。サーラのおかげで体を冷やさずに済んでありがたかったし……嬉しかったけどさ。肩と腰がちょいと触れ合う程度とはいえ、女の子と体をくっつけるってのは、やっぱり恥ずかしくて、胸がどきどきしちまうぜ。

 サーラは別に、なんとも思ってねえんだろうか。「弟分」が相手じゃ、触れ合っても、その……何も感じねえのかよ。

 そう言えば、デュラムの奴が何か言いたげな、どことなく悔しそうな顔してこっちを見てた気がするんだが、俺の思い過ごしだろうか?


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