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第23話 縁があったら、また会いましょう

 浸水の知らせがあってから、ろうそく二本――いや三本が燃え尽きるくらいの時間は経っただろうか。雷神ゴドロムが大海蛇ヘッガ・ワガンを撃退してからほどなく、とうとう〈波乗り小人号〉は、その巨体を大きく右へ傾け、転覆した。

 そこから先は、まさにあっという間。ずんぐりした船体がごぼごぼとのどを鳴らして海水を呑み込み、その重みで海中へ沈んでいくまで、大した時間はかからなかった。

 俺たちゃもちろん、船が転覆する前に脱出して助かった。完成した筏を、神々の手も借りて持ち上げ、船端まで運んでから、


「「「「せーのッ!」」」」


 って一声を合図に、勢いつけて海へ放り込む。そして、船からそっちへ、助走をつけて飛び移ったんだ。

 先陣切って筏へ乗り移ったのはデュラム。あいつが後に続いてきたサーラを抱き止めるのを見てから、俺も船縁を蹴って、跳躍(ジャンプ)


「よっし、乗り移り成功……って、うおとととッ!」


 筏の縁にどうにか飛び乗ったんだが、ちょいとばかり勢いが足りなかったせいか、それとも筏が波に揺られたせいか――ぐらりとのけ反り、海に落ちかける俺。

 ヘッガ・ワガンが退散したからなのか、嵐は大分弱まってきてるが、それでも空は依然荒れ模様だし、海もまだ完全に静まったわけじゃねえ。今落っこちりゃ、たちまち荒波に呑まれて、暗い水底へ引きずり込まれるだろう。


「ああもう! そうなるんじゃないかと思ってたら、やっぱりなんだから!」

「貴様という男は……手間をかけさせるなと、何度言ったらわかるのだ?」


 幸い、声をそろえて毒づく二人の仲間に、両手を左右同時につかまれ、命拾いした。


「……毎度すまねえ、デュラム、サーラ」


 俺がそうわびるのがいつものことなら、


「まったくもう、世話焼かせるんだから」

「忘れるなと言ったところで、どうせ無駄だろうが……次も助けるとは限らんぞ」


 と、二人に呆れられるのも、もうすっかりおなじみのこと。

 俺もそろそろ、どうにかして直さないといけねえな――この間抜けなところをさ。


「よぅ人間、お仲間二人に愛されまくりじゃねえかぁ! 見せつけてくれやがって、憎いねぇ、ったくよぉ!」

「人間さ~ん! 助かってよかったね~♪」


 と、背後で楽しげな声がした。この船旅にずっとついて来やがった、あるいはずっとついて来てくれた、神々の声だ。

 連中は、筏の後ろに並んで立ってた。筏からちょいと離れた、海の上に。

 あたりは一面、青黒い水が荒々しく逆巻き、波が白い鬣を振り乱す大海原だ。けど、連中が立ってる場所だけは、水面はさざ波一つ立てず、冷たい水飛沫が神の足を濡らすこともねえ。

 これを不思議と呼ばずに、なんと呼べばいいんだか。


「……! お、おいあんたら、どこに立ってるんだよ!」


 と、驚いて呼びかける俺。


「…………海の上だけれど、それが何か?」

「いや、そりゃわかるけどさ! 俺が聞きてえのは、そういうことじゃなくてだな……」

「へっ、そんなに驚くこたぁねぇだろぉ? 俺様もパシャもポラ姐も、ゴドロムだって神なんだぜぇ? 魔法で水の上に立つくらいの芸当、できて当然じゃねぇかぁ」

「そ、そうなのかよ?」

「そうなんだぜぇ、へっへぇ!」


 鼻の下を人差し指でぬぐい、得意顔のガレッセオ。その隣でチャパシャが、


「そうなんだよ~、えへへ~♪」


 と、森の神様の真似をして、ぱあっと無邪気な笑顔を輝かせる。

 神々ってのは、つくづく俺たち地上の種族の常識が通じねえ連中だぜ……ったく。


「ところでさ……あんたらはこれから、どうするつもりなんだ?」


 連中の和やかな、緊張感皆無(ゼロ)の雰囲気につられて、俺は軽い気持ちでたずねた。


「よかったらこの先も、俺たちと――」


 一緒に行かねえか。そんなことを言いかけて、はっと口をつぐむ。

 何を言おうとしてやがるんだ、俺は。この連中は神々だ。気の向くままに俺たち地上の種族を苦しめ、助け、悩ませ、救う、天上の権力者たちじゃねえか。今、俺たちがこんな目に遭ってるのだって、こいつらが気まぐれに定めた運命のせいかもしれねえのに。

 それなのに、どうしてだろう。この連中のことを、そんなに憎いとか恨めしいとかって感じねえのは。むしろ、もっと一緒にいてほしい、連中のことをもっとよく知りてえって思うのは、どうしてなんだ……?

 自問しながら、俺は答えを求め、こいつらと過ごしたこの数日間を、脳裏に思い起こした。

 ……どうにもこうにも、あんまり悪い奴らにゃ見えねえんだよな、この神々は。

 もちろん、敵に回せば恐ろしい存在にゃ違いねえけどさ。コンスルミラを船出してから今日まで、この天上のお偉方が俺たちに害をなしたことはほとんどねえ。やたらと憎まれ口を叩く雷神様でさえ、こっちに手を出してきたのは昨夜の一度きりだ。

 むしろ連中にゃ、この筏をつくるのにずいぶん力を貸してもらった。ゴドロムにも、俺たちが大海蛇の餌食になりかけてたところを助けてもらった。この連中の助けがなけりゃ、今頃俺たちゃ海の藻屑だ。悔しいが、それは間違いねえ。

 ……結局、神々ってのは、どういう奴らなんだよ? 神話や伝説の中で語られる無慈悲な姿と、目の前の気さくでお気楽で、時に滑稽、時に親切にも思えちまう姿。一体どっちが神々の本当の姿なのか、俺にゃわからねえ……。


「……へっ。悪いが、俺様たちはここまでだぜぇ。お前らと一緒に行けるのはよぉ」


 あれこれ考えてるうちに、ガレッセオが口を開いた。心なしか寂しげに見える笑みを浮かべ、左右に首を振りながら。


「ちょいとばかり、地上に長居しすぎちまったからよぉ。お前らとは、ひとまずここでお別れだぜぇ」

「え~っ? ガルちゃん、帰っちゃうの~?」

「何言ってやがる、お前も帰るんだよぉパシャ、俺様やポラ姐と一緒になぁ」

「ええ~っ、やだよ~! チャパシャ、まだ帰りたくな~い! 人間さんたちともっと一緒にいた~い! 地上でもっと美味しいもの食べて、面白いものもいっぱい見て、もっとたくさん遊びたいよ~!」

「…………聞き分けなさい、パシャ。こんなところで、我がままを言うものではないわ」

「うわぁ~ん、やだやだ~! ポラちゃん、チャパシャやだよ~!」


 わんわん泣き出し、駄々をこねるチャパシャを、トゥポラが無表情のまま抱き上げ、なだめてる。

 この様子じゃ、どうやら神々とは、ここでお別れみてえだな。


「短い間だけどさ――あんたらといて楽しかったぜ、ガレッセオ様」


 俺が軽く右手を挙げてみせると、森の神はにやりと口の端をつり上げ、悪ぶった笑みを浮かべる。


「へっ、ガルって呼んでくれていいのによぉ。まぁ、俺様もそこそこ楽しかったぜぇ」

「…………そこの人間、妖精(エルフ)と魔女も。縁があったら、また会いましょう」

「うわ~ん、人間さ~ん! チャパシャやだよ~、もっと地上にいたいよ~!」

「へっ……じゃあな、トゥポラ様、チャパシャ様。それに……ゴドロム、様」


 めそめそ泣きじゃくる水の女神と、それをあやす大地母神。二人の女神様に別れを告げた後、その背後で苦い顔して腕を組んでる雷神に、俺は声をかけた。


「なんだ、小僧」

「さっきは助かったぜ。一応、礼を言わせてくれ」


 この稲妻の神様にゃ、何度も嫌な思いをさせられたが、危ういところを助けられたのは事実だからな。

 神々を崇める気にゃ、どうしたってなれねえけどさ。感謝の気持ちは、伝えておきたかった。


「なんのことだ? わしは貴様に、礼を言われる筋合いなどないわ」


 予想してたことだが、やっぱり雷神の反応はそっけねえ。腕組みしたままそっぽを向いて、横目でバチッと、電光じみた視線を飛ばしてくる。


「……もったいねえな。あんたももう少し素直になりゃ、地上の種族に慕われるかもしれねえのに――見かけによらず、いい神様だってさ」

「……っ! くだらぬことを抜かすでない!」


 一瞬目を見開き、驚いた顔をした後、真っ赤になって怒鳴るゴドロム。


「貴様らの顔など、二度と見たくはないわ! わしがまた稲妻を振り上げぬうちに、どこへとなり失せるがよい!」


 ……へへっ。わかりやすい神様だぜ、ったく。


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