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第21話 なんでこっちへ来るんだよ……?

「ふう! よっし――完成だぜ!」


 額の汗を手の甲でぬぐって立ち上がると、俺はたった今完成したばかりの筏を見下ろした。

 冒険者として生きるようになって三年と半年経つが、自分たちで筏をつくるなんざ、今回が初めてだ。丸太と横木、縄だけを使った単純なつくりなんだが、木材を運ぶのはもちろん、縄が解けねえようしっかり縛るのも思ったより骨が折れる作業で、すっかり疲れちまったぜ。

 それについちゃ、サーラの奴も同感のようで、


「あたしもう駄目、くたくた。全部脱いで、水浴びしたいんだけど」


 うつろな目でそう言って、俺の傍らにぺたんと座り込んじまってる。

 そのぐったりした様子を見て、


「大丈夫ですか? サーラさん」


 と、気遣わしげに声をかけてるデュラムも、さすがにお疲れと見えるぜ。声にいつもの張りがねえ。

 神々の手を借りても、俺たちゃこの有様なんだ。三人だけじゃ、完成させるのは無理だったかもな……。


「なあ、トゥポラ様にチャパシャ様、それに、ガレッセオ様」


 筏を挟んで俺たち三人と向き合ってる神々に、そう声をかけた。


「まあ、その……なんだ。手伝ってくれて、ありがとな」


 連中を正面から見すえるのは気恥ずかしくて、微妙に視線を外して礼を言う。

 正直な話、気分は複雑だ。このところ、神々が定めた運命に立ち向かうなんて大口叩いてる俺なのに、結局天上の権力者たちの世話になっちまった。

 だから胸の内は、助けてもらって嬉しい、ありがてえって気持ちが半分。もう半分は自分の非力さ、不甲斐なさが歯痒い、それで素直に喜べねえって気持ちだ。

 とはいえここは、きちんと礼を言っておくべきだろう。それが礼儀ってもんだと、思うからさ。

 そんな俺の内心を知ってか知らずしてか、


「気にするなってぇ。俺たちゃただ面白そうだから、退屈しのぎに手ぇ貸しただけなんだからよぉ」


 と、森の神様の反応はいたって恬淡としたもんだ。


「それよりお前ら、とっとと筏を海に浮かべて、ここからおさらばした方がいいぜぇ?」


 そう促すガレッセオの傍らで、トゥポラもうなずいて、こんな忠告をくれる。


「…………この船も、もう長くは持たないわ。早く逃げなさい――冥王(ヴァハル)の許へ逝きたくないのなら」


 大地の女神様の言う通り、俺たちが乗ってる〈波乗り小人号〉は、浸水が進んで右に傾いてきてる。ギギギギッと、嫌な音を立てながら。


 今はまだどうにか立ってられるが、これ以上傾きが急になりゃ、それもできなくなるだろう。


「ああ……この様子じゃ、完全に沈むのも時間の問題だな」


 しかも、現在俺たちに迫ってる危機(ピンチ)は、船が沈みつつあるってことだけじゃねえようだ。

 それを教えてくれたのは、いつも無邪気な水の女神様だった。


「ねえねえ、ガルちゃん、ポラちゃん、人間さんたちも~! 見て見て、あれ! あのお船と海蛇さん、さっきからだんだんこっちに近づいてきてるよ~♪」

「へ……?」


 そう言われて海の方を見てみりゃ――なんてこった! さっきまで大海蛇ヘッガ・ワガンと戦ってたはずの海賊船〈海神への復讐号〉が、こっちに舳先を向けて全速前進してきてやがる。そしてその後を、海の大蛇が大口開けて追ってきてるじゃねえか!

 俺たちが筏をつくってる間に、何があったってんだ。さっきまで海上に鎌首もたげて海賊船を見下ろすばかりだった大海蛇は、今じゃその長大な体をのたくらせ、先を行く海賊船に追いつこうと、猛り狂ってやがる。もっとも、あのとんでもねえ図体で海上を素早く移動するのはさすがに無理なようで、海賊船との間にゃ、矢がどうにか届くくらいの距離が開いてたが。


「な、なんでこっちへ来るんだよ……?」


 海賊船も大海蛇も、余所へ行ってくれりゃいいのに。そんな俺の願望なんざ知る由もなく、海賊船は再びこっちへ迫ってくる。

 その舳先に立って、俺たちに大声で、こんなせりふを投げかけてくる奴がいた。


「よう、また会ったなお姫サマ。元気にしてたか――って、おい。あのお姫サマはどこだ?」


 海賊の頭領、シャー・シュフィックだ。


「姫さんなら、とっくに脱出したぜ」


 俺がそう言葉を返すと、海賊はじろりと、片方しかねえ目でこっちを見た。


「……おめェ、さっきお姫サマのそばで戦ってた坊主だな。そうか……あのお姫サマは逃げたのか。それじゃ、おめェらはなんで逃げずに残ってやがるんだ? 見たところ、そっちの船は今にも沈みだってのによォ」

「……」


 こっちが黙ってると、シュフィックは何やら一人で合点がいった様子で、


「ははァん。さてはおめェら、あのお姫サマに見捨てられでもしたか?」


 と、的外れな推測を口にした。俺が「そんなんじゃねえよ」って否定すると、


「そうなのか? まァ、オレにとっちゃどうでもいいことだが。ところで……」


 と、それ以上は詮索せずに、さっさと別の話を始める。


「悪いんだがおめェら、囮になってくれねェか? オレたちがあの海蛇野郎から逃げるためによォ」

「囮……だって?」


 嫌な予感しかしねえ。デュラムの奴も、サーラも危険を察知したようで、それぞれ槍と杖を握り直して身構えてる。

 俺たちの予感は……案の定、的中しちまった。


「今回は充分な準備をして、あいつがいつ現れても戦えるようにしてたつもりなんだが、あの海蛇野郎と戦うにはまだ力不足みてェでな。見ての通り、今は船を反転させて奴から逃げてる。そこでだ……おめェらには囮になって、俺たちが逃げ去る時間を稼いでもらいてェんだ」


 とんでもなく勝手なことを言いやがる海賊の親分、シャー・シュフィック。その左右に子分たちが、何やら白い煙の立ち上る壺を手に手に持って集まってくる。

 また〈チャナタイの魔弾〉かよ。そう思ったが、今度の壺は〈魔弾〉より小さく、表面には突起がついてねえ。それを一体どうするつもりかと見てりゃ、一人一人が手にした壺を大きく振りかぶり――俺たちを狙って、一斉にぶん投げてきやがった!


「げっ……!」

「メリック!」


 デュラムの奴が一声叫んで前へ進み出ると、俺を背後に押しやった。手持ちの槍をぐるんと一回転させ、飛んできた壺を一つ二つ、空中で叩き割る。次の瞬間、ぱっと周囲に飛び散ったのは砕けた壺の破片と、中に入ってた真っ赤に燃える炭。それと、炭火の熱でどろりと溶けた琥珀色の「何か」だった。

 ちょいと苦味のある甘い香りが、ふわっとあたりに広がり、俺たちの鼻をくすぐってくる。


「……? なんだよ、この香り……?」


 粗暴な海賊たちにゃ不似合いな、上品な芳香だ。


「これは……乳香だわ」


 鼻をすんすん鳴らしてたサーラの奴が、すぐに香りの正体を言い当てた。


「神殿で、神様のために焚かれる香料ね」


 それを聞いて、俺はさっき海賊たちと戦ってた際に、ゴドロムが言ってたことを思い出した。



 ――毎日その日の朝に摘んだ花を供え、芳しい乳香を焚くのを忘れぬように。ちなみに乳香とは、古来より我ら神々を祀る神聖な儀式に用いられてきた香料でのう。わしは乳香の香りが好きなのだ。今もわしの神殿では、若く美しい純潔の巫女たちが毎朝欠かすことなく……。



 あの雷神様、確かそんなことを言ってたはずだ。


「東のアビアラ半島に生える、珍しい木の樹液が固まったものよ。同じ重さの黄金と取り引きされる時代もあったくらい珍重されてるの。魔法の薬をつくる材料にもなるわ」

「連中、一体なんでまた、そんな貴重なもんを投げ込んできやがるんだよ?」


 その理由は、すぐにわかった。シャー・シュフィックの奴が、自分から話してくれたんだ。


「昔、このあたりの船乗りたちは航海中、海の王と恐れられるあの大海蛇――ヘッガ・ワガンの怒りを鎮めるために、船上でいけにえを捧げる儀式を行ってたそうだ。そのとき、必ず焚かれたのが乳香だ。あの海蛇野郎、今もそいつの香りを嗅ぎつけると、必ず寄ってきやがるんだ。自分に捧げられた、いけにえを口にできると思ってよォ」

「そいつぁつまり……この船にいつまでも乗ってちゃ、あの大海蛇にいけにえと勘違いされるってことか?」


 乳香の香りが立ち込める甲板(デッキ)に立つ俺の問いかけに、海賊の領袖は唇の端をつり上げ、うなずいてみせた。


「そら見な――もう嗅ぎつけたみてェだぜ」


 シャー・シュフィックの言う通り、海賊船を追いかけてきた大海蛇は、俺たちが乗る交易船〈波乗り小人号〉の近くまで来たところで、急に速度(スピード)を落とし……黒真珠(ブラックパール)の瞳でこっちを見やった。

 くん、くん、くん。

 潮の香りにまじって、炭火で焚かれた乳香の甘ったるい匂いがするのを嗅ぎとったらしく、しきりに鼻孔を動かしてる。そして――。



 ぐわっと大口開けて、一声、絶叫しやがった!



「……っ!」


 耳をふさがずにゃいられねえ、大絶叫。それは、いけにえを見つけたことに対する、歓喜の表現だったのか。大海蛇は、その矛先めいた鼻面をこっちへ向けて、猛然と襲いかかってきた。


「まずい……!」

「じゃあなおめェら、囮は任せたぜ」


 そう言って、海賊のお頭は俺たちから離れていく。


「あ、ちょっと待てよ!」

「怨むなら神を怨みな――おめェらがこんな目に遭うよう運命を定めた、神々をな」


 頭上でひらひらと手を振り、無情にも遠ざかる海賊たちの背中。


「ちくしょう……なんてこった!」


 残された俺たちの前に今、とんでもねえ災厄が迫ってきてる。大海蛇ヘッガ・ワガンの、大帆(ガレー)船も呑み込めそうな大口が、すぐ目の前に……!


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