第19話 人生楽しんでるかぁ?
探索の途中、浸水のためか、船体がギシギシと嫌な音を立てて、右へ傾き始めた。
「おわっととと!」
よろめきながらも、どうにか均衡を保って踏みとどまる俺。
「……大丈夫か?」
「心配いらねえ、ちょいとよろけただけだって!」
背後から声をかけてくるデュラムにそう答えながら、俺は目の前の重厚な大扉に手をかけた。
「さてと……残るはこの部屋だけだな」
ここまで急ぎ足で見てきた船内にゃ、中を空にすりゃ水に浮く木箱や樽がいくつかあった。けど、木箱にしがみついて冷たい海を何日も漂流するなんてことは、できればしたくねえ。樽に入って、顔だけひょこっと出した状態で昼夜波間を漂うなんてのも、なんだかみっともねえし……他に選ぶ道が見つからねえときの、最後の手段ってことにしよう。
この大扉の先にある部屋で、他に何か、もっと脱出に役立ちそうなもんが見つかるといいんだが……。
「開けますよ、サーラさん?」
「ええ、デュラム君」
「メリック、貴様も手を貸せ」
「おう。それじゃ、二人で同時に……せーのッ!」
ギギギッ。四分の一ほど水に浸かった扉を押し開けりゃ、そこは積み荷の木箱がところ狭しと並ぶ船倉だった。もっとも、俺たちの目を惹いたのはそれらの木箱じゃなくて、
「わぁ~い絹だ~♪ 絹、絹~♪ ポラちゃん、ガルちゃん、見てこれ! 触るとすべすべしてて~、気持ちいいよ~♪」
「…………見なさいパシャ。こっちの箱にも絹がぎっしりだわ。私はこの色柄の方が、そちらより好みだけれど、あなたはどう?」
「へっ、ったく……パシャとポラ姐の絹好きは相変わらずなんだからよぉ。お、こっちの箱の中身は陶磁器かぁ。このしっとりとした艶、緑がかった淡い青。いい仕事してるぜぇ!」
と、木箱のふたを開けて、賑やかに騒いでる神々だった。
さっきから姿が見えねえと思ったら、こんなところにいたのかよ。
「……お? よぉ人間、人生楽しんでるかぁ?」
森の神ガレッセオが俺たちに気づいて、陽気に笑いかけてくる。
お互い沈没間近の船に乗ってるってのに、なんて質問してきやがるんだ、この神様は。
「楽しんでるどころか、俺たちゃ今、人生の崖っぷちに立ってるんだよ! ってか、あんたらここで、何してるんだ?」
「へっ。見りゃわかるだろぉ、そんなもん。この船の積み荷を拝見してるんだ。面白いもんはねえかってよぉ」
「火事場泥棒ならぬ、難破船泥棒ってわけね」
危機感の欠片もねえ返事を聞いて、サーラの奴が呆れ顔で言う。
「泥棒? いや、別に拝借しようってわけじゃねぇ、こうして見てるだけだぜぇ。お前ら地上の種族がつくる品にゃ、いろいろと面白いもんがあるからなぁ。どれだけ見てても飽きねえし、退屈しのぎにゃぴったりなんだよぉ」
「退屈しのぎ、か……」
やれやれ。こんなときでも呑気にしてられるなんて、神々ってのは本当にうらやましいぜ。
そんなことを考えてると、
「…………そこの人間。少しいいかしら?」
いつの間にかそばに来てた大地の女神トゥポラが、ちょんちょんと俺の肩を突いてきた。
振り向くと、目の前に女神様の端整だが無表情な顔があって、ぎょっとした。思わず二、三歩、勢いよく後ずさっちまう。
「げ、トゥポラ様! あんたいつの間に、こんな近くまで……?」
「…………様はいらないわ」
抑揚のねえ平坦な声で、ぼそりとつぶやく女神様。
「…………それより貴方たち、探しているのでしょう? ここから逃げるのに、役立ちそうなものを」
人間の創造主である大地母神は、俺たちがここへ来た目的もお見通しのようだ。
「…………それなら、あの木は使えないかしら?」
神代の昔、粘土をこねて最初の人間をつくり上げたという女神の手が、すっと持ち上がった。水で練った土塊に人の姿形を与え、命を授けた指が、船倉のある一点を指し示す。
トゥポラが指差したのは、船倉の奥に積まれた丸太だった。
「この香りは……レヴァン杉だな」
デュラムが歩み寄って、言う。
レヴァン杉ってのは、王侯貴族が宮殿の柱や城の梁、家具なんかに好んで用いる高級木材だ。確か、コンスルミラを治める巨漢の鬼人、ナボン太守の館にも、ふんだんに使われてたっけ。
「筏をつくるのに、ちょうどよさそうな大きさね」
そう言ったのは、サーラだ。
「筏? そっか……その手があったか!」
確かに、長さといい太さといい、三人乗りの筏をつくるにゃ、ちょうどいい感じの丸太だ。
問題は、そんなもんをつくるだけの時間が、俺たちに残されてるかってことだが。
「手伝うぜぇ、人間」
どうしようか迷ってると、森の神が気軽な調子で声をかけてきた。
「人手は多い方がいいだろぉ? 退屈しのぎに俺様が手ぇ貸してやるから、感謝しなぁ!」
「へ? 手を貸すって……筏をつくるのに、ってことか?」
ガレッセオの意外すぎる申し出を聞いて、自分の目が丸くなるのを感じた。
「他に何があるってんだぁ? いいからさっさと取りかかろうぜぇ!」
森の神様がこっちの返事も待たず丸太に手をかけると、水の女神様も乗り気のようで、うきうきした様子で俺のそばへ飛び跳ねてくる。
「ねえねえ、人間さん、お船つくるの~? 面白そうだから~、チャパシャもまぜて、まぜて~♪」
「…………パシャ。船ではなくて、筏よ」
「あん! ポラちゃん、そういう細かいことは気にしないの~!」
なんだか、神々が筏づくりを手伝ってくれるみてえなんだが、さてどうしたもんか。
俺個人としては、連中の助けを借りることに対しちゃ、ためらいがある。神々が定めた運命に抗うって決めておいて、困ったときは掌返すように神に頼るなんざ、身勝手ってもんだろう。それに俺たちゃ、ついさっき雷神様の前で、神々の助けは当てにせず、自分たちでなんとかするって豪語してきたわけだしな。できることなら、俺たち三人だけでやり遂げてえんだが。
ただ、今は神の手どころか猫の手も借りてえ状況なのは、紛れもねえ事実だ。意地を張って命を冥界へ落っことしちゃ元も子もねえし……どうするかな。
「……手伝ってもらいましょ、メリック」
迷ってる俺の背中を、サーラがぽんと後押しした。
「こっちから助けを求めたわけじゃなくて、あっちが手を貸してやるって言ってるんだから、別にいいじゃない♪ それに、借りはいつか返せばいいでしょ?」
「そりゃ、こっちに都合のいい理屈じゃねえかと思うんだが……」
「今は助かること、生き延びることだけを考えろ。他のことは、後回しでいい」
デュラムの奴も、サーラに賛成みてえだ。
「……そうだな。確かに、今は四の五の言ってられる場合じゃねえか」
正直なところ、胸の内にゃ、まだもやもやしたもんが残ってる。けど、今はこれ以上自分の気持ちにこだわって、デュラムとサーラを危険にさらすわけにゃいかねえ。ここは、あれこれ迷ってる場合じゃねえだろう。
この船が沈む前に、さっさと筏をつくって脱出するぜ。




