第17話 あたしたち、仲間でしょ?
「なんだと?」
「メリック? あなたいきなり、何言って……」
「さっさと二人で乗れって言ってんだ! ほら、早くしろって!」
剣に手をかけ、半ば脅すように、二人の仲間を急き立てる。
デュラムとサーラを乗せて、自分は残る。それが、俺の決断だ。
もちろん、俺だって死にたくねえ――死にたくなんかねえよ! 神々の中で一際冷酷な存在として語られる死者の神――陰鬱な素顔を青銅の仮面で隠した冥界の王の臣下になんざ、誰が喜んでなろうとするかってんだ。
けど……だけど! あの二人のうち、どっちか一人を選んで、もう一人をここに置き去りにするなんざ、どうしたって俺にはできねえ。ましてや、誰が残るか二人と争って決めるなんざ、できるはずがねえ。
ついさっき、決めたんだ。仲間を犠牲にして自分だけ助かろうなんて、絶対に考えねえって。
そこまでして生き延びて、それからの人生、俺にどう生きろってんだ。
そんなことをするくらいなら、俺は――!
「小僧、貴様……死ぬつもりか? 馬鹿な真似はよせ!」
俺の言動に、ゴドロムは瞠目して驚いた様子を見せたし、ラティさんも目に見えて動揺した。うわずった声で、再度誘いをかけてくる。
「何考えてるのさ、坊や! いいからこの場は、父様のしもべになるって誓っておきなよ! そうすれば、命は助かるんだよ!」
それに対して、俺はきっぱり、
「お断りだぜ」
って言い切った。
神の奴隷になったりなんざ、絶対にしねえんだからな。
「そういうわけだから――さあデュラム、サーラ、お前たちゃ早く舟に乗れよ! どうした、さっさと乗れって!」
「メリック……」
息巻く俺を見て、サーラは呆気にとられた顔をしてる。デュラムの奴も、驚きの表情を隠し切れてねえ。
多分二人にゃ、俺の決意は伝わっただろう。それならここは、俺の意を汲んで動いてくれるんじゃねえかな。
デュラムもサーラも、そりゃもちろん死にたくねえに決まってるしさ。ちょっとはためらうかもしれねえが、二人で小舟に乗って、生き延びてくれるだろう。
……それでいい。この二人が助かるなら、俺はそれで――。
ところがだ。
サーラが、不意にふうっと、気が抜けたように溜め息ついて、肩をすくめた。眼下の小舟を冷めた目で見下ろして、こんなことを言い出しやがる。
「あーあ。なによあの小舟、ぎゅうぎゅう詰めじゃない。あれじゃあたしたち、三人とも乗れそうにないわね。そうでしょ、デュラム君?」
同意を求められて、デュラムは束の間とまどいの表情を見せたものの、すぐにサーラの考えを理解したようだ。腕を組み、調子を合わせるように、ゆっくりとうなずいてみせる。
「……確かに。あんな狭苦しい小舟に乗るくらいなら、むしろ木箱か樽にでもしがみついて、波間を漂う方がましでしょう、サーラさん」
「サーラ? デュラムも……なに馬鹿なこと言ってやがるんだ!」
今度は俺が驚く番だった。
「いいから早く乗れよ! まだ席は二つ空いてるんだから、ほら!」
「冗談言わないで。あんな窮屈な席に座るなんて、あたしはまっぴらご免、頼まれたって願い下げだわ」
「この嵐だからな。あの貧弱な小舟ではすぐに転覆して、海に投げ出されるのがおちだろう」
「デュラム、サーラ……」
じゃあ、二人とも残るってのかよ――俺と一緒に、この船に?
サーラが俺のそばに歩み寄り、すっとほっぺたに触れてきた。
「……っ!」
途端に胸が高鳴り、鼻のあたりがかあっと熱くなる。
動揺しまくりの俺を見て、魔女っ子はくすりと笑い、言葉の糸を紡いだ。
「なんでも一人で考えて、格好つけないで。前にも言ったけど……あたしたち、仲間でしょ? あなた一人置いていくなんて、ありえないんだから」
「あの小舟に乗るだけが助かる道とは限らん。他に方法がないか、さっさと手分けして探しにかかるぞ」
「他の方法って……見つからなきゃ、どうするんだよ?」
そんなもんが、果たして都合よく見つかるかどうか。
「そのときは、三人で冥界の川を渡って、あっちの世界を冒険すればいいじゃない♪」
と、屈託なく笑ってみせるサーラ。
その笑顔を見て、俺は――不覚にも、まぶたが熱くなるのを感じちまった。
「すまねえ……ちょいと目に、汗が入っちまって」
目尻に溢れてきた塩辛いもんを二人に見られねえよう、顔を背けて、手の甲で目をぬぐった。何度も、何度も。
天空の都から地上を見下ろす神々は「くだらない」って鼻で笑うかもしれねえけどさ。やっぱり俺にとって、この二人ほどかけがえのないもんは他にねえ。
「……悪い、姫さん。もういいぜ、舟を出してくれてさ」
俺は姫さんの方へと向き直り、頭の後ろをがしがしとかいた。フォレストラの王女様を不安にさせねえよう、精一杯の笑顔をつくる。
「俺たちゃ、自分の命は自分でなんとかするからさ。そっちの方は、あんたに任せるぜ」
「お前……まさか死ぬ気かっ? 駄目だ! 神々にかけて、そんなことは許さんぞっ!」
姫さんはこっちへ身を乗り出し、息巻いた。
「私が残るから、小舟にはコロポと、お前たち三人で乗れっ!」
「……! フェイナ様……」
姫さんのそばに黙って控えてたコロポ船長が、髭に覆われた顔に、驚きの色を浮かべる。
「それこそ駄目だぜ、姫さん」
自己犠牲の役を買って出ようとする姫さんを、俺は左右の掌で押し留めた。けど、姫さんは「しかし……!」と、思いつめた表情で食い下がる。
「お前たちをこの船に乗せたのは私だっ! その私が、お前たちをここへ置き去りにして自分だけ逃げるなど、神々が許さんっ! それに、私自身も……!」
「姫さん……」
本当に、真面目で責任感の強い人だぜ。
「だ、大丈夫だっ! 私には、森の神の加護があるからなっ! この身一つで、近くの島まで泳いでたどり着いてみせるっ! だからっ……!」
「そりゃまあ、その格好なら泳ぎやすそうではあるけどさ」
どう見ても水着にしか見えねえ姫さんの革鎧を見て、ぼそりとつぶやく俺。
「なりませぬぞ、フェイナ様」
と、そこで話に加わってきたのは、コロポ船長だ。
「御身が残られるなど、断じてなりませぬ。どうあってもそちらの冒険者殿と仲間のお二人を小舟に乗せたいと仰せであれば、某がこの場に残りましょう」
「コロポ? お前まで何を言い出すのだっ!」
今度は姫さんが驚きの声を上げる。
「海に生き、海に死するは船乗りの本懐。沈みゆく己の船と運命を共にするは、海の漢の本望にございます。なればこそ、この場は某が――」
「だ、駄目だっ! いいからコロポ、お前は早く小舟に乗れっ! 森の神ガレッセオにかけて、命令だっ!」
「海神ザバダにかけて、従えませぬ。某はフォレストラの民にあらず、またフェイナ様にもしものことがあれば、大恩ある御身の父君に顔向けできませぬゆえ」
「くっ、強情な奴めっ……!」
「あー、そこまでだぜ、お二人さん」
姫さんは我の強い人だし、コロポ船長も見るからに頑固親父って感じの御仁だからな。このまま見てちゃ、二人が言い合いを続けてるうちに船が沈んじまいそうなんで、間に割って入ることにした。
「姫さん、あんたはフォレストラの王女様なんだからさ。国や民のためにも、こんなところに残っちゃいけねえ。それにコロポ船長、あんたもこの船の長なら、乗客たちが陸に上がるまでちゃんと守ってやらなきゃ駄目じゃねえか――姫さんと二人でさ」
「冒険者殿。しかし貴殿は、フェイナ様の……」
「メリックだぜ、船長。俺はフランメラルドの息子フランメリックだ」
俺のことを「冒険者殿」なんて呼ぶコロポ船長の堅苦しさに苦笑しつつ、軽い口調で名乗る。それから、すっと表情を引き締めて、
「姫さんを支えてやってくれ――頼むぜ」
海の漢に、そう頼み込んだ。
姫さんは強い人だが、この先、小舟に乗り換えた〈波乗り小人号〉の乗客全員の命をたった一人で背負うなんてのは、やっぱり重荷に違いねえからさ。誰か頼りになる奴がそばにいて、支えになってやるべきだろう。
この船長なら、その役を引き受けてくれるんじゃねえか。なんとなくそんな気がするんだが……どうだ?
コロポ船長はしばらく目を伏せ、考え込む様子を見せた後、
「……承知いたした」
思った通り、意を決したように眉を上げ、こっちを見すえて、大きくうなずいてくれた。
「決まりだな。俺たちはこの船に残って、姫さんはコロポ船長と一緒に小舟に乗る――それでいいだろ?」
「……フランメリック」
姫さんが、じわりと涙目になる。
「短い間だったけどさ。一緒に船旅できて、楽しかった。お互い生きてたら、また会おうぜ」
「お、お前という奴はっ……! 救いようのない馬鹿だ、大馬鹿だぞっ!」
くしゃくしゃと泣き顔になってまくし立てる姫さんに、俺は「へっ」と笑って、人差し指で鼻の下をぬぐってみせた。
大馬鹿か。そいつは自分が一番、よくわかってるつもりだぜ。




