第16話 空席はあと二つ
不穏なせりふを吐きながら、雷神ゴドロムが近づいてくる。
「――さて小僧、どうだったかのう。わしの力で、海賊どもが無様にあがいておる様を見せてやったが、感想はいかに?」
この数日間、やたらと俺たちの前に現れちゃ、何かにつけ絡んでくる神様だが、いつ向き合ってもその威圧感は半端じゃねえ。
「……」
俺が緊張のあまり、強張った面持ちで黙り込んでるのを見て、ゴドロムは得たりとばかりに口の端をつり上げた。
「我ら神々の前に、貴様ら地上の種族がいかに無力か、思い知ったであろう? ならば、我らが定める運命に抗うなどとほざき、虚勢を張るのはやめるがよい。貴様ら地上の種族は神々を畏れ敬い、運命に従ってこそ幸福になれるのだ」
「……っ! 勝手に決めねえでくれよ!」
この神様の怒りを買うのは、蜂の巣をつんつん突くようなもん。いや、寝てる竜を起こしちまうより危険だって、わかっちゃいたけどさ。それでも俺は、反発せずにゃいられなかった。
俺たち地上の種族は、どう生きりゃ幸せになれるのか。その答えは、俺たちが自分で考え、自分で見つけるべきことじゃねえのか。
神々は確かに、全知全能としか思えねえくらい強くて不老不死で、俺たちが知らねえこともたくさん知ってるようだ。けど、だからって、俺たちの生き方にまで口出しする権利があるのかよ。
それについちゃ、俺は断固反対、異議ありだぜ。
「相変わらず威勢がよいのう。だが、現に貴様らは運命の糸に絡めとられて、まったく身動きできぬ状態ではないか」
と、ゴドロムがすかさず切り返してきやがる。
「この船は、じきに沈む。昨夜、貴様が夢見た通りにのう。この運命から、貴様はいかに逃れようというのだ?」
「それは――」
「おい、フランメリック!」
向こうで姫さんが、俺たちを呼んでる。その周囲にいるのはコロポ船長だけで、他に人影はねえ。
「早く来いっ! 残るは私たちだけだぞっ!」
脱出用の小舟はすでに海上へと下ろされ、後は俺たちが乗り込むのを待つばかりのようだ。
そうとわかって、俺はちょいと安心した。さっきまであれだけ激しく争ってた乗客たちだが、どうにか全員、小舟に乗り込むことができたらしい。船乗りたちや、姫さん配下の戦士たちも同様みてえだ。
「残念だったな、ゴドロム様。俺たちゃみんなそろって、この船から脱出するんだ。そう易々と、神々の思い通りにゃならねえぜ」
俺は雷神の方を見て「へっ」と笑ってみせた。
「じゃあな、ゴドロム様。あんたは不老不死なんだから、この船が沈んでも溺れたりはしねえだろうけどさ。せいぜい風邪引かねえように、気をつけた方がいいぜ!」
そう言い切ってひらひら手を振ってみせたときの、爽快感といったら! 神様に対して無礼じゃねえかって思いも、ちらりと脳裏をよぎったけどさ。そんな考えは、すぐに頭の片隅へと追いやっちまった。
あの傍若無人な雷神様にゃ、コンスルミラで再会したときから、いろいろと嫌な思いをさせられてきたんだからな。たまには俺たちが、すかっとしたっていいだろう。
「……」
閉口したまま、何も言い返してこねえ雷神様に背を向け、俺は姫さんが待つ船端へと、いい気分で向かった。もちろん、デュラムとサーラも一緒だ。
「姫様、お急ぎください!」
「この船は、まもなく沈みます!」
先に小舟に乗り込んだフォレストラ王国の戦士たちが、まだこっちの甲板に残ってる姫さんを急かしてる。
「わかっているっ!」
姫さんはそう言いながら、船の縁に足をかけ、眼下の海面に浮かぶ小舟を見下ろしたところで――なぜだか急に、口をつぐんじまった。
「……? どうしたんだよ、姫さん?」
俺がそうたずねても、姫さんは動きを止めたまま答えねえ。翡翠の瞳だけを素早く動かし、何かを数えてる様子だ。
一、二、三、四――もう一度、一、二、三、四。
そんなに何度も、一体何を数えてるんだか。
姫さんの視線の先にあるもんを見てやろうと、俺も船端からひょこっと身を乗り出してみた。すると――。
「あ……!」
下を見て、すぐにわかった。姫さんが数えてたのは、小舟の空席の数だって。
「驚きの女神ラプサにかけて、なんてこった……!」
五艘用意された小舟のうち、四艘はもう満員で、最後の一艘だけが若干の空席を残してた。その数、一つ、二つ、三つ……四つ。今空いてる席はちょうど四つだ。姫さんとコロポ船長が乗り込めば、残りは二つになる。
「……フランメリック」
「姫さん……」
凍りついた顔したフォレストラの王女様と、ぴったり目が合っちまった。お互い無言だったが、多分考えたことは一緒だろう。
姫さんとコロポ船長を除けば、まだ甲板に残ってるのは俺とデュラムとサーラの三人。残る空席が二つなら、三人のうち一人は船に残らなきゃならねえ……!
「神々の思い通りにはならぬ――だと?」
暗雲さながら黒々とした影が、俺の足元に広がった。俺たち三人の後を悠然と追ってきた、雷神の影だ。
「――ふん、笑わせるでない。貴様ら地上の種族が運命から逃れるなど、到底無理な話よ」
「ゴドロム様、あんた……」
さっきは何も言い返してこねえと思ったら、こうなるってわかっやがったのかよ?
「そこな〈狼姫〉めが乗り込めば、空席はあと二つ。さあ、貴様ら三人の中で、誰がこの船に残るか決めるがよい。あるいは――どうあっても三人そろって助かりたいというのなら、このわしを生涯崇め奉ると誓うのだ。さすれば、助けてやらぬでもないぞ?」
稲妻の神は、ここぞとばかりに自分を崇拝するよう要求してくる。
「はん、何言ってるのさ! この坊やは、あんたの思うようになんてさせないんだから」
不意に割り込んできた、この声は……さっきからすっかり影が薄くなってたラティさんだ。暗殺者ナキシュを従え、小走りに俺たちの方へとやってくる。
「ねえ、坊や。あんた、こんなところで死にたくないだろうし、お仲間の二人を死なせたくもないだろ?」
火の神メラルカの娘さんは、気軽な口調で俺の心中を言い当ててみせると、俺が答えるのも待たずに、こう続ける。
「よかったら、あたいが助けてあげようか? 誰か一人といわずに、三人まとめてさ」
「え……?」
そりゃ本当か――と言いかけて、俺は口をつぐんだ。
この人のことだ。ただで助けてくれるなんて、甘い期待は禁物だろう。
果たして、ラティさんの提案は条件つきだった。
「あんたたち三人が父様のしもべになるっていうんなら、考えてあげてもいいんだけどね……どうする?」
「……っ! あんたって人は……!」
またその話かよ。こっちが危機に陥ってるのにつけ込んで、嫌な取り引きを持ちかけてきやがるぜ。
「おい、急げ! そこの王女様と船長――それに、あと二人は乗れるぞ!」
すでに小舟の中に自分の席を確保してる乗客の一人が、言わずもがなのことを言って、俺を焦らせる。いら立ちのあまり、思わず歯軋りしちまった。
いっそのこと、あいつを剣で脅して、舟から引きずり下ろしてやろうか。そうすりゃ空席が一つ増えて、めでたく問題解決だぜ――ってなるのに。
そんな邪な考えがもやもやと浮かんできて、俺は慌てて頭を振った。
太陽神リュファトにかけて、そんな外道な真似ができるかってんだ。
それじゃ……どうする?
……。
考えてみたが、答えは見つからねえ。
…………。
さらに考えてみたが、やっぱり駄目だ。
………………。
時間はただ、刻一刻と過ぎていく。
焦燥のあまり、耳が――いや、頭がおかしくなってきたのかもしれねえ。時間を司る神クレオルタの、冷たく乾いた足音が聞こえてきた。
無情にコツコツ、コツコツと。
ゴドロムの方を見りゃ、眉根を寄せてねめつけられ、
「さあ、選ぶがよい。三人のうち誰か一人が、この船に残るか。あるいはわしを生涯崇めると誓って、三人とも助かるか。二つに一つだ――さあ、どうする!」
と促される。ラティさんの方を見りゃ、
「しもべになりなよ、父様の♪」
って誘われる。期待に満ちた、きらきら輝く目を向けられて。
ちくしょう! どうすりゃいいんだ――どうすれば?
……………………。
考えても考えても、思考の迷宮から抜け出す道は見つからねえ。
ただ一つ、たった一つを除いては。
…………………………。
「……乗れよ!」
悩みに悩んだ挙句、俺は――覚悟を決めることにした。




