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第15話 神々の千里眼

 魔法の視力で見る〈海神への復讐号〉は、さっき間近で見たときにも劣らず、堂々たる威容の大船だった。

 よっぽど波風に強いつくりなのか、この嵐の中でも転覆しそうな気配がねえ。前後左右から荒波と暴風に揺さぶられ、普通の船だったらいつ引っくり返ってもおかしくねえ状況なのに、しっかり均衡(バランス)を保って海上に浮かんでやがる。

 船上じゃ海賊たちが、自分たちの頭上高く鎌首もたげた大海蛇に、果敢に攻撃を仕掛けてた。

 弓に矢をつがえて放つ奴。槍や、大魚を獲るのに使う銛を投げつける奴。投石機を操作して、石弾や〈チャナタイの魔弾〉を撃ち出す奴。そういった一人一人の姿ばかりか必死な表情まで、まるで連中が目の前にいるかのように、はっきりと見えた。

 海の怪物に槍や銛、石弾や〈魔弾〉が次々と命中する。だが、大海蛇は小揺るぎもしねえ。雨霰と射かけられる矢も玉虫色の鱗に弾かれ、ばらばらと海に落ちるばかりだ。


「お頭ァ、やっぱり駄目です! 効いてる様子がねえですぜェ!」


 雷神(ゴドロム)は、俺に魔法の視力だけじゃなく、聴力も授けてくれたらしい。耳を澄ましてみると、大海蛇と戦う海賊たちの声が、次第にはっきりと聞こえてきた。


「海の(おとこ)が泣き言なんざぬかすんじゃねェ! 攻撃の手を緩めるんじゃねェぞ、おめェら!」


 海賊たちを叱咤する怒鳴り声。これは、奴らの親分の声じゃねえか?

 声の主を探して、あちこちへ視線を向けてみりゃ……ああ、いたぜ! 帆柱(マスト)のそばに、背の高い黒髪の男が一人。海賊たちの首領――シャー・シュフィックだ。

 他の海賊たちが焦った顔して浮き足立ってるのに対して、大将の表情は揺るぎねえ。二本の足でしっかりと甲板(デッキ)を踏み締め、投石機を操作してる。

 シュフィックの投石機が、目前にそそり立つ海の大蛇めがけて〈魔弾〉を投げ上げた。放たれた〈魔弾〉が、風を切って宙を飛ぶ。大海蛇の首筋――のどからちょいと右へそれたあたり――に命中すると、瞬く間に炎がふくれ上がって、鱗を数枚吹き飛ばす。

 だが、それでもヘッガ・ワガンにゃ痛みを感じてる様子はねえ。黒真珠(ブラックパール)の瞳がぐるりと回り、眼下の船上に立つ海賊の親分を、軽蔑するように見下ろすだけだ。


「ちィッ……!」


 シュフィックが忌々しげに顔を歪め、舌打ちする。

 と、そのとき。



「もうよかろう、小僧」



 傍らで野太い声がしたかと思うと、また頭がひやっとした。


「……っ!」


 突然、背筋から額にかけて、ずきんと痛みが駆け抜けた。魔法の視力で拡大(ズーム)されて見えてた〈海神への復讐号〉が、たちまち遠ざかっていく。入れ替わるように、俺たちが乗ってる〈波乗り小人号〉の甲板(デッキ)と、気遣わしげにこっちを見つめる二人の仲間、デュラムとサーラの姿が視界に戻ってきた。まるで、紐を引っ張るだけで背景ががらりと変わる、芝居小屋の舞台装置みてえだ。


「メリック、大丈夫?」


 魔女っ子が、藍玉(ラピスラズリ)の瞳を真ん丸にして、ずいっと顔を近づけてくる。大海蛇と海賊船の方を指差し、気遣わしげな口調で、こう続ける。


「あなた、目をこんなふうに見開いたまま、あっちをじーっと見つめて突っ立ってるんだもの。あたしが呼んでも答えてくれないし、肩を揺すっても反応がないし。ゴドロム様は『案ずるでない』って言ってたけど、それでもあたし……!」


 サーラの奴、話してるうちに気持ちがたかぶってきたんだろうか。最後のあたりは、口調が若干興奮気味だった。


「……すまねえ。心配かけちまったみてえだな」


 俺としたことが、大海蛇と海賊たちの戦いを見守るのに夢中で、時の神クレオルタが歩みを進めるのも忘れちまってたらしい。


「ゴドロム神から話は聞いた。神の力を借りて、あちらの様子を探っていたのだろう?」


 遠く離れた海賊船にちらりと目を向け、デュラムが言う。妖精(エルフ)は生まれつき、魔法のように優れた視力と聴力を持つ種族だからな。俺が何を見て、何を聞いてたのか、わかってるのかもしれねえ。


妖精(エルフ)でもなければ魔法使いでもないただの人間が、いきなり神の力を使ったりすれば心身に相応の負担がかかるはずだ。無理せず、しばらく休んでいろ」


 無愛想にそう言いながら、妖精(エルフ)の美青年は俺の腕をつかんだ。


「え? あ、おいデュラム……」

「いいから来い」


 そのままぐいぐい引っ張られ、近くにあった積み荷の木箱に座らせられた。ったく、強引な奴だぜ。

 けど、今はデュラムの気遣いがありがたかった。実際、頭がずきずき痛くて、軽いめまいもしてたからさ。どうやら、魔法を使うと心身に負担がかかるってのは本当みてえだ。


「じっとしてなさい、メリック」


 世話焼きな魔女っ子が、ずいっと身を乗り出してきて、俺の額に杖を押し当てた。


「今、楽にしてあげるから」


 例によって杖の先端が青く輝き、頭がひんやりする。頭痛とめまいが、すうっと消え去った。


「ん……ありがとな、サーラ」

「どういたしまして! まったくもう……本当に世話が焼けるんだから、あなたって!」


 サーラは腰に手を当て、俺にふくれっ面をしてみせたが、本気で怒ってるわけじゃなさそうだ。俺がもう一度「すまねえ」って謝ると、


「ま、別にいいけど」


 そう言って、あっさり表情を緩めてくれる。

 よかった。サーラの奴、さっきはちょいとばかり興奮してたが、いつものさっぱりした魔女っ子に戻ったみてえだ。

 そのときだった。遠雷の響きを思わせる、不穏な声が俺たちの耳朶を打ったのは。


「……本当に仲がよいのう、貴様ら」


 俺たちにちょっかいを出すのが大好きな神様――ゴドロムの声だ。


「だが貴様ら、この先どこまで仲睦まじくしておられるか、見物だのう」


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