第14話 巨鳥の一声
俺がそう決意を固めた、ちょうどそのとき。
「いい加減にしないかっ、お前たち!」
いつまでたっても争い続けてる乗客たちにしびれを切らしたのか、姫さんがついに武力介入に打って出た。なんと連中の真っただ中、そびえる帆柱めがけて、矢を放ったんだ。
乗客たちがめいめい騒ぎ立てて争う中――スパァン! 鞭の響きにも似た快音立てて帆柱に突き立ち、矢羽根を震わせる姫さんの矢。それを見て、殺気立ってた乗客たちもさすがに度肝を抜かれたようだ。それまで揉み合ってた船乗りたちや、姫さん配下の戦士たちから、五、六歩ばかり後ずさる。
その隙を逃さず、姫さんは立て続けに弓弦を引き鳴らす。
「「「お、おおおおおッ?」」」
シュドドドドッ! 一本一本の間に一息挟む間もなく放たれた十数本の矢が、驚愕する乗客たちの足元に次々と突き立つ。俺が二、三度瞬きする間にずらりと横一列に並び立ち、連中を足止めする低い柵が出来上がった。
以前〈樹海宮〉で一戦交えたとき、俺が危うく針鼠にされそうになった、姫さん得意の弓術だ。
突然、目の前で披露された姫さんの神業――まさに魔法のような入神の技を見て、乗客たちは目を見開き、呆気にとられて立ちすくむばかり。そんな連中の前に進み出て、フォレストラの王女様は堂々と胸を張った。
「静まれ、皆の者っ! 森の静寂を愛する神ガレッセオにかけて、まずは落ち着くのだっ!」
はっきりとよく響く、透き通った声。それは、ほとんど暴徒となりかけてた乗客たちの頭を冷やすにゃ充分な、巨鳥の一声だった。
「今は争っている場合ではないっ! 皆、助かりたければ気を静め、船長の指示に従えっ!」
自分じゃなくて、コロポ船長に従うよう促したのも、上手いやり方なんじゃねえかな。この船に乗ってから小耳に挟んだ噂によると、あの船長さんは南のラテリア半島で東方渡りの品を商う交易都市ヴェネスの生まれで、フォレストラ王国の出身じゃねえ。それなら、大国フォレストラに反感を持ってる異国の乗客たちも、船長が言うことだったら仕方ねえかって納得させやすいだろう。
実際、小人の船長が姫さんの傍らに立って、乗客たちに並んで列をつくるよう指示すると、連中は渋々といった様子ながら、一人、また一人と従い出した。それまでごちゃごちゃと群れてたのが、きちんと一列に並んで一人ずつ、脱出用の小舟に乗り込んでいく。
それを見て、俺は正直ほっとした。
こんな場面は、昨夜見た夢にはなかったからさ。これならこの先も、夢の通りにゃならずに済むんじゃねえかって、そんな希望が湧いてきたんだ。
ふと姫さんの方を見ると、ばちっと目が合っちまった。
――どうだ、フランメリック?
翡翠の瞳が、何かを期待するようにきらきら光って、そんな心の声を伝えてくる。
――私もなかなか、やるものだろうっ?
俺もそれに応えて、ぐっと親指立てた拳を、力強く前に突き出してみせた。
魔法と見紛う弓さばきも相変わらず鮮やかだったが、あんなふうに大勢をまとめ、従わせるなんざ、俺にゃとても真似できねえ。
――ああ。すごいじゃねえか、姫さん。
お世辞なんかじゃなくて本心から、そんな賞賛の言葉を送りたかった。
デュラムの奴が、俺に「あれを見ろ!」って呼びかけてきたのは、そのときのことだ。
「ん? なんだよ、デュラム……?」
妖精の美青年が指差した、東の海上へ目を向けてみると――ちょうどシャー・シュフィック率いる海賊たちと、大海蛇ヘッガ・ワガンの戦いが始まったところだった。
「……! あの連中、本気で戦うつもりなのかよ、あの化け物と……?」
荒れ狂う嵐の中、大海蛇のすぐ近くまで迫った海賊船〈海神への復讐号〉。その甲板にすえられた投石機が撃ち出す石弾や〈チャナタイの魔弾〉、船上の海賊たちが弓につがえて放つ矢が、次々と海の大蛇に命中する。
なにしろ、ヘッガ・ワガンはあの図体だからな。ある程度近づけば、攻撃を命中させるのは容易だろう。
だが、海上に鎌首もたげた大海蛇は、黒真珠の瞳で海賊船をじっと見すえたまま、微動だにしねえ。いくら石弾が当たっても、〈魔弾〉の炎に焼かれても、あるいは矢の雨を浴びても、まるで痛痒を感じてねえようだ。
と、そのとき。俺たちのそばでしばらく黙ってた雷神が、急に口火を切った。
「ときに、小僧。あの海賊どもが今どうしておるか、間近で見てみたくはないか?」
俺の返事を待たずに、ぬうっとこっちへ手を伸ばしてくる。
「な……いきなり何しようってんだよ?」
俺が身をすくめて後ずさると、雷神曰く、
「心配はいらぬ。貴様ら地上の種族が、我ら神々の前ではいかにちっぽけで非力な存在であるか、見せてやろうというのよ」
とのこと。そのまま太い指先で、俺の額にちょんと触れてきやがった。
「……っ!」
つ、冷てえ! サーラに魔法で怪我を治してもらうときに感じる、あのひやっとした感覚。そいつが額から頭の芯を通り、一気に首筋、背筋へと突き抜ける。
「お……俺に何したんだよ、あんた!」
「海賊どもの方を見てみるがよい。あやつらをもっと間近に見たいと、念じながらのう」
「もっと、間近に……?」
ものは試しだ。言われるままに、海賊たちの船を見つめてみると――。
「うわっ!」
一体どうなってやがる? 視界の中で、遠く離れた海上に浮かぶ海賊船が、ぐんぐん間近に迫ってきた。
「な、なんだこりゃ?」
噂によると、東のアビアラ半島じゃ、占星術師たちが魔法の筒――船乗りたちが使う遠眼鏡よりずっと遠く、天空の彼方まで見通すことができるという不思議な代物――をのぞき込み、星の神ロフェミスが夜空にちりばめる金剛石を、一粒一粒観測してるらしい。
今俺は、まるでその筒を――魔法の遠眼鏡をのぞいてるような気分だ。投げ槍どころか矢も届かねえくらい遠くにあるはずの海賊船が、何十倍にも拡大され、あたかも目の前にあるかのように、はっきりと見えてるぜ。
「ちょっと、ゴドロム様! あなた、メリックに何したのよ?」
「案ずるでない、魔女よ。この小僧には我ら神々の千里眼――はるか遠くを見渡す力を授けてやっただけよ。我らにとっては他愛もない魔法に過ぎぬが、貴様ら地上の住人どもにとってはまさに驚異と神秘の領域に属する力であろう? 感謝するがよい」
サーラが噛みつくような口調でたずね、ゴドロムが得意げに語るのが聞こえる。どうやら雷親父、もとい雷神様が、俺に魔法の視力を授けてくれたようだ。
別に、こっちが望んだわけでもねえのに、お節介な神様だぜ。
とはいえ、せっかく便利な魔法が使えるんだから、遠慮する手はねえだろう。この際、海賊たちの様子をじっくり拝んでやろうじゃねえか。




