第一話 プロローグ エリ・エリ・レマ・サバクタニ
『契約をしよう』
その声は、遠くどこかから語り掛ける様な、それでいて耳元でささやきかけるような距離感の無さで、本郷・要の脳内に響いた。
『私の眼となり、耳となれ。その代わりに君に命を授けよう』
温く、冷え始めた血溜まりに沈む要にそう言った声の主は、それは文字通りに神のようなことを言ったが、要がその声に返したのは、否の答えであった。
『……何?何故だ?仮にも神からの助けだぞ?それを断ってまで死にたいのかね?奇特な人間だな』
だが、そんな神からの言葉に返されたのは、再びの否の返事だった。
『……何?足りない?何がだ?この上、財宝までも欲しいのか?何?違う?』
怪訝な声で要の言葉を聞いたその神は、真意を探る様に要になおも話しかけた。
そして、
『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………何?」
神は、要の返答に絶句する。
『ク……。フっははははははははははははは!!!よもや、その状態で神を殺す力を欲するか!!救いの手を差し出した神を前にして、その神を殺すと宣言するとは大仰な事だな!ましてや、その様な無様な姿で神殺しを望むなど、滑稽すぎて憐れみしかわかんわ!』
そして、笑いの涙で瞬きするほどの、あるいは呆れ返るほど長い時間をかけての間を取って吹き出すと、
『だが、その強欲さも苛烈さも、嫌いではない」
そう言った。
その言葉が響くとともに、不意に世界が捩れて歪み、要の前に巨大な何かが現れ出た。
「だが残念だな人間。私は、お前のことは嫌いではないが、お前の望むものを与える力は存在してない。その代わりに、道を示してやろう。お前が望むものを手に入れる為の道筋を。そして、お前の望みを叶える為の目標を」
それは、今までのひずんだ距離のする声ではなかったが、それでも尚、何処か遠くから響いてくるようような空間が把握できない響きを放つ言葉だった。
そして、それは要に向かって、言う。
「改めて契約しよう。私の名前は、ヴォルグナ=ガス。大いなる渦たるルー=クトゥにおける秘密の司書であり、知識の門番。そして、尽きぬ魔術の杯である。我が名とその力において、貴様には万物の智を授けよう。その代償として、貴様は我が眼となり、耳となり、そして、命に代えても我が娘を探し出せ」